ふる・・と冷気を感じ目を開けるといつの間にか布団の中にいた。
白の寝巻きが一枚、身を包んでいるだけだ−・・あの男に着替えさせられたのかと思うと別の
意味で寒気がする。
顔の前に手をかざしてみる。新しい私の−・・"体"
(いえ、少し違うわね・・元に戻ったのよ・・人の子の器から天人の肉体へと・・)
以前と比べれば多少大きさこそ違えど見た目に大きな変化はない。しかし確かに違うのだ、
質の違い・・・慣れ親しんだ懐かしい感覚。
あれほど全身を苛んでいた痛みはもうない。
さて、どうしようか−・・と考えあぐねていると障子の向こう側から小さな声がした。
「お目覚めでございましょうか?」
子供の声だ。「えぇ」と返事をしてやれば「失礼いたします」とそっと襖が開かれる。
年の数は十にもみたないだろう、幼女といっても差し支えないほどの子供が一人座っている。
「姫神様のお世話をおおせつかりました女童(めのわらわ)にございます。湯浴みの仕度が
整いましたのでどうぞそちらに」
促され鎖月は立ち上がる。
「あなた・・・・・・・目が見えないの?」
少女は異相だった。
おかっぱ頭に薄桃の着物、そしてその目を覆い隠すように巻かれた白い布。
「はい、生まれた時より光は見ません」
少女の後ろをついていく。杖も何も持っていないのにその足取りは確かだ。
「あなた名前は?」
「ありません」
「ない?」
「はい。。この屋敷で育てられる童は十を過ぎないと名をいただけないのです。それまでは皆
女童、男童(おのわらわ)と」
「親はいないの?」
「はい、私たち童は孤児ですから。それを本家の方々が引き取ってくださりここで育ててくださ
るのです−・・こちらです」
段差もものともしないその足取りに鎖月は興味をそそられる。
「凄いのね。目が見えないとは思えないわ」
「生身の目で見ることをやめたこの瞳は別のものをみますから」
「別のモノ?・・・あぁ成る程、神眼なのね」
「神眼とは恐れ多きことでございます。私のはただの心眼。光を見ないこの瞳は周りの気を
見るだけなのですから」
「それでも凄いわ。―・・じゃああなたの目からみて私はどう見えるのかしら?」
するとそれまであまり感情を表にださなかった少女の顔が少し困ったように口をつぐみ、やが
てぽつりぽつりと話し始めた。
「何といったらよいのでしょうか・・・・とても・・とても白い光で包まれているように見えます。
今までであった方の中で一番きれいな”気”です」
「あら、嬉しい」
少女の素直な言葉に鎖月は顔を綻ばせると少女の見えぬ眼を覗き込むようにかがむ。
「ねぇ、心眼も素敵だけど肉眼でモノを見たいと思ったことはない?」
「いえ、そのようなことは・・」
「本当に?」
念を押すように今一度尋ねてみると少女はためらいがちに「少しだけ・・」と付け足した。
「本物の色や光を見てみたいと思ったことはあります・・」
「そう、じゃあ”きれい”っていってくれえたお礼してあげるわ」
「え?」
戸惑う少女の目隠しを取ると閉ざされたままの両の瞼に唇をそっとおしあてていく。
”口”をつたって少女中へと力が流れ込んでいく。
「・・・・・ゆっくりと開けてごらんなさい」
鎖月の言葉に促されふるふるとまつげが揺れ小さな瞳が開かれる。
初めて生身の瞳に光を入れたせいかしばらく瞼を閉じたり開けたりとせわしなく動いていたが
やがて慣れてくるにつれその動作も緩慢になっていく。
そんな愛らしい姿に鎖月はくすりと笑う。
「いかがかしら?」
「すごい・・・・・すごいです!!」
先ほどまでどこか人形のように乏しかった表情とはうってかわって少女の顔には驚愕と感嘆
と喜びがまざりあい豊かな表情をさらしていた。
「こんなっこんなに世界が色であふれているなんて!!すごい!!それになんてキレイな−・・
あっ」
と、頬を上気させ興奮していた少女はしまったといわんばかりに口元をおさえ、恥じるように俯い
た。
「もっ・・・申し訳ございません!!私・・」
「いいのよ。それにあなた笑っているほうが素敵だわ。―・・そうだ、いい事を思いついたの。
名前がないなら私があなたに贈ってもいいかしら?」
「え・・」
「いつまでも”あなた”じゃ呼びにくいんですもの。いや?」
「そんな!滅相もありません!!」
もげてしまうのではないかというほどに勢いよく小さな頭を横に振る。
「よかった。―・・そう・・そうね・・・・菊・・・そうだわ小菊にしましょう。」
野に咲く可憐な小菊。
「こぎく・・・?私の・・名前」
小菊という名を与えられた少女はその名前をかみ締めるように何度もその名を繰り返した。
「えぇ、そうよ、あなたは小菊。私の名前は月の鎖とかいて鎖月よ。」
「鎖月様・・とても綺麗な音の名前ですね」
「ありがとう。これからよろしくね小菊」
「はい!!」
初めて得た光と名前に少女ははちきれんばかりの笑みを浮かべたのだった。
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