湯浴みの後、小菊が用意した服に袖を通した。
真新しいもので着心地は良いのだが(このさい洋服ではないのは別として)何故か普通の
着物ではなく神社で巫女が着る様な装束だった。
何故かと小菊に問うても
「申し訳ありませんが存じ上げません。宗主様よりのご命令でして・・」
と答えるだけだった。
何かしらの意図があるのか、それとも
「・・・・・・・・・・もしかしてあの男の趣味じゃないでしょうね?」
世間一般のごく少数ではそういった趣味趣向を持つ輩もきくというが・・
「え?」
「ううん、なんでもないのよ。それより小菊、鋏はあるかしら?」
小菊は、はい、と小走りで鋏をとりにいった。
「何に使われるのですか?」
「髪を切ろうかと思って」
背中の半ばまでしかなかったはずの髪はいまや足元を越し引きずれるほどに長い−・・
はっきり言って邪魔だ。
「小菊、背中あたりまできってくれない?」
といってその前に座るとあからさまに少女は動揺していた。
「そっそんな!鎖月様の御髪に鋏をいれるだなんて罰が当たります!!」
「”御髪”だなんて今時の子は使わないわよ?おもしろいわね小菊は。大丈夫よ、私の
髪をきったぐらいで罰なんて当たらないわ」
オドオドと躊躇う小菊にさぁ!と迫ると観念したのか手にした鋏を髪に−・・
「やっ・・・やっぱり無理です!!」
「もうっ小菊ったら」
しかし半なき状態の小菊にこれ以上迫るのは得策ではないだろう。
「わかったわ、無理いってごめんなさい。だから泣かないで?」
「もっ・・・申し訳・・」
「いいのよ」
よしよしとその頭をなでてやりながら(どことなく小菊は文野たちを思い出させる)さて、
どうしたものかと考える。
自分できってしまうか−・・不揃いにはなるだろうけど引きずるよりはましか。
だけど−・・と鎖月はそこで考えを打ち切ると一つ盛大にため息をついた。
(しょうがないわよね・・)
「―・・あなたがきって頂戴」
襖の向こう−・・さっきから様子を伺うようにその場に突っ立っている男にむかって言葉
を投げつけた。
「気づかれていましたか」
「気づかれてないとでも思ったの?悪趣味よあなた」
現れたのは十夜だ。今日は濃紺のスーツを着ている。
「宗主様!?」
彼の登場に小菊は慌ててひれ伏し、鎖月は露骨に眉をしかめた。
「めの・・・小菊、後は私がやるからお前は下がっていなさい」
「はっはい!失礼いたします」
「小菊、後で一緒にお茶しましょうね」
「はい!」
小菊が下がったのを見届けてから十夜は鎖月の後ろに腰を降ろすと鋏を手にした。
「目を治したばかりか名までお与えになるとは、お優しいですね」
手でそっと黒髪を梳いていく。
「これだけ美しいのに勿体無い。あれが躊躇うのも無理はないでしょう」
「それで、何か用?」
わざわざ自分で切るという選択肢をなしにしてやってまで室内に招き入れてやったのだ
要件は早く済ませてもらいたい。
「いいえ、ただあなたの顔を見にきただけですよ」
ザクッ−・・と鋏がいれられていく。
「あら、人が寝ている間に飽きるほど見尽くしたのではないの?それでもまだ飽き足ら
ないと・・・強欲なこと」
「いとしく思えるものに飽きなど来る筈もありません」
ザクッ−・・ザクッザクッ−・・
「・・・・・・あなた暇なの?」
「いえ、そういうわけでは」
鎖月の問いかけに十夜は微かに苦笑して返した。
「これでも何かと忙しい身なんですよ?−・・前髪も切られますか?」
「えぇ」
鎖月の前に移動した十夜はそっとその一房を手にとった。
「顔を少し上げてください、目を瞑らないと髪が入りますよ?」
いわれるがままに鎖月は目を閉じる。
シャキッー・・シャキッ−・・
頬を髪が滑り落ちていく。
ふと、前にもこんなことがあったなと感じ、あぁあれは龍雪に再開して間もない頃だと思い
だした。
まだ一年もたたないというのに、遙か昔の出来事のように思えてしょうがない。
「何か楽しいことでもありましたか?」
「いいえ、何故?」
「微笑んでいらっしゃる」
「別に・・ただの思い出し笑いよ」
「聞いても?」
「いやよ」
シャキッー・・
「終わりました」
「そう」
立ち上がり衣服についた髪をはらうと十夜と距離を置くようにして座りなおした。
「随分と嫌われたものですね、私も」
「あら今更気がついたの?存外鈍いのね」
鎖月のいやみにへこたれるわけもなく
「恋は盲目といいますから」
と返す十夜に隠すそぶりも見せずに鼻で笑う。
(よくもまぁいけしゃあしゃあと・・・・あきれてものも言えないわ)
「それで?」
いつまでもこの男とこんなくだらないことを続けるつもりはない、早いところすませて
小菊とゆっくりお茶を飲もう、と心に決めた鎖月は先を促した。
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