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「やだ、何アレ」

「え?どうかした?」

「ほら、みてよあそこー。カラスがすごい集まってるー」

ビル郡が立ち並ぶ都心の一角―・・時刻は夕暮れ時。

「うっわー、ホントじゃん。きっしょーぃ。みてよあっちにも」

人が行きかうスクランブル交差点。

女達が指差し騒ぐほうに周囲にいた人々もつられ目をやる。

オレンジ色の光を反射させまぶしく輝くビルの合間を無数に飛び交う烏の群れ群れ群れ・・・

都心に現れる烏の数は年々増加しているとはいえ、それにしてもこれは異常だ。

「なになに〜?”テンペンチイ”の前触れってやつ〜?」

「きゃははっ何ソレ?うけるー」

「気味が悪いな・・・」

「ビルが真っ黒だぜ、気色悪い」

その異常な光景に行きかう人々は口々に嫌悪を示した。

その人込みの中で白いパーカーを羽織った青年はバツが悪そうに頭をかいた。

「おいおいおい・・・・・いくらなんでもコレはやりすぎだろーよ」

サングラスの下の目が困り果てたように垂れ下がる。

「全く・・・年甲斐も無く落ち着きがない奴だな。」

神無がいたら盛大に突っ込まれそうな言葉を吐きながら青年はその”異様”の中心にある一つ

のビルへと足を向けた。



                            *



ギャー・・ギャー・・

ところかまわず烏の声が鳴り響く。

ビル郡の中でも一際高いビル―・・その屋上(到底人が出入りできるような屋上ではなく、ビルの

天辺とでもいったほうが正しいか)に龍雪はいた。

あいかわらずその身を黒で統一している彼の姿は烏たちに混ざって見えなくなってしまいそうだが

不思議とその”黒”は溶け込むことなくそこでその存在を主張していた。

「おい龍雪」

「何だ?」

冷禅が背後から声をかけても驚くそぶりも見せず、振り返りもせず―・・”作業”を続行している。

「お前な・・こりゃいくらなんでもやりすぎだ。下の人間どもから注目浴びすぎだぞ」

「五月蝿い」

即座に返ってきたその一言にむっと眉をひそめる。

「ちっ・・・たく、少しは落ち着けよ龍雪。お前さんらしくもない、焦ってどうする?」

「落ち着け・・・・だと?」

ようやく手を止めこちらを振り返ったものの、龍雪の顔はいつもの”冷静沈着”の仮面が剥がれ落

ち誰が見ても焦燥が明らかにわかるほど歪んでいた。

「―・・ではお前は落ち着いていられるのか!?焦らずに何とする?姫様が連れ去られ三月・・・

三月だぞ!!未だに姫様の行方は知れず、これで落ち着けといえるのかお前はっ」

「だからこそ落ち着けといっている!!」

冷禅の声が変わる。

勢いよく龍雪を殴りつけると、その胸倉をつかみ崩れ落ちようとする彼の体を無理やりに繋ぎとめ

た。

「何たる様か!!貴様は姫様が一の従者であろうっ!?姫様がおられない今我ら三将は貴様の

判断によって動く。だがいつまでも冷静さを欠いた貴様の下では思う存分に動くことあいならぬの

だ!」

つかんでいたその体を突き放すと、冷禅はくるりと背を向ける。

「我等とて一刻も早く姫様を取り戻したい。だが焦っては事も思うように運ばなくなる―・・そういった

のは貴様だぞ龍雪」

そう言い残すと冷禅はその場を去っていってしまった。

立ちあがろうともせずに龍雪はしばらくその場で唇をかみ締める。

「”落ち着け”なんて―・・彼に言われたらおしまいだよね」

クスクスと笑い声が聞こえてくる。

「葉月王」

いつの間に現れたのかさらに高い場所に葉月がちょこんと腰掛けている。

「でもね、龍雪。それほどまでに今の君は痛々しいよ。まるで千年前の繰り返しだ。」

「・・・・・・・・・・・・」

押し黙る龍雪に肩をすくめると葉月はそこから飛び降りた。

「−・・っと。まぁ今ので目をさめてくれていること祈るよ。じゃないと次にとんでくるのは神無の平手

だからね。ちなみに威力はさっきの10倍。怒らせると怖いよ、彼女は」

「・・・・・・・・知っている」

小さな声で答えた龍雪に葉月はふふっと笑いをこぼすと「そう、それはよかった」といって来た時

と同様あっという間に姿を消した。

残っているのは主たちの動向を静かに見守っていた烏の群れと龍雪一人。

「あぁ・・・・わかっているさ」

龍雪が立ち上がると一斉に烏の群れが飛び立った。

騒音とも呼べる鳴き声と羽ばたきの音。

幾重にも幾重にも黒が混じり―・・やがて夕日が沈みかける頃、そこには”何も”いなくなった。