あてがわれた座敷の真ん中。
律儀にも、敷かれていた布団をたたみ部屋の隅に移動させた後、龍雪は座敷の中央に座し
ひたすらに瞑想を続けていた。
人ではないその身は休息のための睡眠を必要としない。
"眠る"という行為は月の世では永遠にも近い生を生きるうえでの退屈をしのぐための"娯楽"
の一つでしかなかった。
・・・だがいまだ"眠り"を習慣とする主は、やはり"完全"ではないのだろう。
その心は"人であった"という概念に囚われ続けている。
心の迷いや弱さはその力をとても不安定にする。
以前と同様―・・いやそれにも増して凛とした"王"である威厳を見せながら時折垣間見せる
"保我鎖月"の顔に私は正直戸惑いを隠せない。
はっきりいってあの"人格"は不必要だ。
だからこそ―・・だからこそ姫様を見つけた当初、あの人格を壊し、真なる覚醒を促すために
も、幾重にも結界を張り巡らせことを進めてきたというのに・・
(あの娘―・・否、あの男のせいでっ・・・)
思い返しただけで腹立たしいことだ。
手ずから織り込んだ結界は、たった一人の少女の血によっていとも簡単に穢されてしまった。
それもこれもあの男のせい。そう―・・"十夜"といったか。
一度はあの少女の身体から―・・そして二度目は直接対峙したあの人間。
まごうことなく、この男こそが我が術を破りし者なのだと確信した。
そしてあの人間の気配―・・忘れるはずもない忘れることなどできるものか。
かつての憎き"奴”と同じ気配を宿していたあの男―・・子孫が生き残っていたのだろうか?
・・・いや、そんなことはもはやどうでもいい。
再び我らの邪魔をするならば、姫様に仇なすというのならば・・・
「今度こそ塵芥の一欠けらも残さぬまでに屠ってくれよう」
ユラ―・・と、部屋に灯っていた火が揺らめいた。
「・・・・・姫様?」
鎖月の部屋から僅かに気の乱れを感じた。
腰を浮かし立ち上がりかけた龍雪だったが、顔をしかめると再びもとの姿勢に戻った。
『龍雪―・・止めなさい』
昨夜の光景が目裏によみがえる。
聞き分けのないのも、頑固なところも・・・そこだけは今も昔も変わりない。
様子を見に行きたいところではあるが、朝からまた機嫌を損ねて里を出立するのをごねられ
でもしたら、それでこそたまったものではない。
物事を首尾よく進めていくためには多少のことにも目をつぶらなければいけないか―・・幸い、
揺らいだその気配は里からは出てはいないようだ。気晴らしの散歩といったところか・・
それにこの里自体、神域に近いモノがある。
認めるのはしゃくだが私たちが直接手を施した山城の屋敷よりも安全ではあるだろう。
そしてその傍には二つの小さな気配―・・おそらくはあの双子たち。
幼子が一緒ならばいくらあの方でも無理はなさらないだろうし、姫様自身も前回の一件で重々
承知しているはず。
決して一人で里の外に出たりなど無謀な行為にはしろうなどと考えないはずだ・・
龍雪は再び目を閉じ、深い瞑想の中へと意識を投下していった。
*
だが龍雪はこのことを深く後悔する。
何故そこで我をとうしてでも後を追わなかったのか。
きっと・・・そう馬鹿馬鹿しいことだが、怒りを買うのが怖かったのだろう。
機嫌を損ねて鎖月との間にまた溝を作るのが怖かったのか。子供のようだ。
そう、まるで母親に見捨てられてしまうのを恐れる幼子のような・・・・・
二人の幼子たちが足を泥だらけにしてなきじゃくりながら帰ってきたとき、ふとそんな言い訳
じみた考えが心のそこから泡のように浮かび上がってきたのだった。
「龍雪!!おい龍雪!!聞いているのか!!」
幼子たちの必死の訴えに周りが騒然としている。
三将の誰かが私の肩を揺さぶっている。
あぁ・・・聞いているさ・・・そんなに揺らすな。考えられなくなるだろう。
だが思いは言葉にならず。
ただ苦い、苦い思いだけが胸のうちに宿った。
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第四章了