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耳元で"音"がした。
「つきよさま、つきよさま」
幼い声。
「つきよさま、つきよさま」
同じ声が二つ重なって不思議な"音"にしている。
何かの楽器のようだと、鎖月は思った。
瞼を開く。
うっすらと日が差し込んできている・・寒空に隠れていた太陽がようやく顔を出したところ
なのだろう。
「おはよう、文野、四巫女」
「「おはようございます!!」」
鎖月が目覚めたことが嬉しいのか幼い双子はきゃっきゃっとはしゃいでいる。
「二人とも早起きね。どうしたの?」
「あのねー、あのねー」
「つきよさま、きょうでばいばいなんだって。ぼくたちまだたくさんおはなししたいの」
「だからきたの。つきよさまあそびましょー」
恐れを知らない子供たちは無邪気に鎖月にじゃれついてくる。
こんなところを龍雪がみたら何というだろう。
鎖月は今、自分が考えたことにむっと眉をひそめた。
(朝からあの小姑のことを思い出すなんて・・全く)
昨夜のこともあってか鎖月はあまり機嫌が宜しくない。―・・勿論、彼限定で、だが。
「つきよさま・・?」
「えっ?あっ・・あぁ、ごめんなさい。そうね、私もあなたたちともっとお話がしたいわ。」
二人の顔がぱぁっと輝く。
「でもここだとあまり騒げないわね。」
それこそあの小姑が不機嫌な顔でやって来て邪魔をするに違いない。
「だいじょーぶです!!」
「ちかくにね、きれいなかわがあるのよ。あたしとふみや、よくあそこであそぶの。いき
ましょつきよさま!」
「ぼくたちがあんないしてあげる!」
(近くなら・・大丈夫よね)
「えぇ、いいわよ。案内して頂戴な。あぁその前に、二人とも靴をもっていらっしゃいな。
そっとね」
「?」
「だって玄関からでていったらすぐにばれてしまうわ。そっと出て行かなきゃ。ね?」
子供たちにも負けぬ楽しげな笑みで鎖月はクスクスと笑う。
それはまるでこれから悪戯を仕掛けるような・・・・そんな笑みだった。
*
小川が流れていた。
朝もやの中、澄んだ水が流れていく。
触れればひやりと冷たいその水の中に手を浸し、すくい、さらさらと流れの中に戻していく。
(気持ちいい・・)
鎖月は立ち上がるとほとりで遊ぶ双子の手をとり先へと進む。
里のはずれ―・・里を囲むようにそびえ立つ山々の麓にその小川は流れていた。
"月夜姫"の力によって屋敷からこの場所へと"飛んで"きた三人は、紅葉に色づいた木々の
色鮮やかな葉がはらはらと落ちてくるその間を小川沿いに歩いていた。
幼い二人からはあどけない返事しか返ってこないものの鎖月はいろんなことを話した。
双子はそれを嬉々として聞く。山林に愛らしい声が響いていく。
鎖月はふと立ち止まると脇道に咲いていた白い花をおもむろに摘みとるとそれを童女の髪に
そっと挿した。
「その黒髪によく映えること―・・この小さき花はまるで四巫女のようね」
「かわいい?」
「えぇ、とっても。かわいいわよ」
「つきよさま~!!!」
呼ぶ声に顔を上げればいつの間にかそばを離れた文野が、少し山肌を上った山林の中に
立って元気よくこちらに手をふっていた。
「文野!!あまりそばを離れては駄目よ!」
「まっかなおはながたくさんできれいなの!!はやくきて~!!」
興奮冷めやらぬ様子で手招きする幼子に苦笑すると鎖月は四巫女を抱き上げた。
「全く、困った弟ね。元気なのはいいことだけどやんちゃがすぎるとお母様たちを悩ませる
わよ。さぁいきましょう」
するすると山道を登った鎖月は、突然目の前に現れた花畑に目を瞠る。
「まぁ―・・」
一面に赤い絨毯が敷き詰められているようだ。
咲き乱れる遅咲きの曼珠沙華の花。
「きれー!!」
腕の中で四巫女がパチパチと手をたたきはしゃぐ。
「そうね、とても綺麗。真っ赤で―・・」
赤―・・それは夕日の色、炎の色・・・・・・・・・・・・・そして血の色
あたり一面に広がる。赤。
なだらかに。ゆっくりと。じわじわと。 流れ、滴り、広がり―・・この手にぬめるようにつく
生暖かい
「ん・・・っ」
脳裏に一瞬だけ浮かび上がる光景に鎖月は,眉根を寄せた。
背筋に悪寒が走る。
とても・・・怖い。そう私は今恐怖している。この”色”に。
美しいけれど、怖い色。とても、そう、とても残酷な・・
「つきよさま?」
くぃっと裾を引っ張られた。
「あっ・・・」
文野が不安げな顔でこちらをみている。
「ごめんなさい文野。―・・とても綺麗ね。よく見つけてくれたわね。素敵なプレゼントよ、
ありがとう」
身をかがませその頭をなでると文野は顔をくしゃくしゃにして笑った。
「あのね!もっともっとお花が咲いているところあるの!!こっち―!!」
鎖月に褒められたことがよっぽど嬉しかったのか意気揚々と文野は花畑の向こう側へと
駆け出していってしまった。
「まって文野!!―・・もぅ本当に・・」
「こまったこ?」
「ん?そうね。ふふ・・そう本当に困った子」
「こまったこー!!」
曼珠沙華の花畑を突き進む。
暫く進むと山肌に大人が一人通れるような横穴がぽっかりとあいていた。
―・・つきよさまぁ・・
その中―・・おそらくはこの穴の向こう側から文野の声が聞こえてくる。
中に入ると一気に体感温度が下がった。
「さむーい」
「そうね。もうすぐ冬ですもの。夏だったら絶好の場所でしょうに・・」
"ひんやり"と表現するには寒すぎる穴の中を進むと薄暗い先にポツンと明かりが見えた。
思ったよりも距離はないようだ。
穴を出るとサッ―・・と差し込む日の光が眩しかった。思わず目をつぶる。
「文野?どこにいるの?そろそろ戻りましょう、龍雪たちにバレてしまうわ。あれのお説教は
いつも長いんだから―・・」
目がようやく慣れてくる。
あたりは先程の花畑よりも密集し面積を増やした曼珠沙華の大群。
一面の赤―・・紅、緋、朱、あか、アカ・・・・
そしてその中にポツン、ポツン―・・と場違いだがそのアカによく映える黒。
「文野―・・!?」
泣きじゃくる幼子は口をふさがれ聞こえるのはくぐもった嗚咽ばかりだ。
異様な状況に鎖月はさっとあたりを見渡す。
頭から足の先まで全身を黒一色で覆い尽くした男たちが五人。そのうちの一人が文野を
羽交い絞めにし、こちらと対峙していた。
男たちをきっと睨み付ける。
「何者か!!ここを我が守護する月夜の里と知った上での振舞いか!答えよ!!」
厳しい声で誰何するが男たちは微動だにしない。
「答えぬというのならっ―・・」
ざわ―・・と空気が揺らいだ。
だが、鎖月の怒りが形を持って男たちに襲い掛かる前に間に入った声があった。
「またそのように無理をなさってはお体にさわりますよ」
「!」
「幾分か力が戻ったとはいえ未だ完全ではない貴女が怒りに身を任せて力を振るえば
その体にますます負荷を掛けるばかりか―・・下手をすれば力を暴走させてこの少年までも
傷つけてしまうかもしれませんよ・・よろしいので?」
男たちがその人物に道をあけるように左右に分かれた。
新たに現れたその男も黒いスーツで身を固めている。だが先の男たちとは明らかに存在感が
違う。
人のよさそうな顔に笑みを浮かべ、一歩、また一歩と近づいてくる。
「お久しぶりです、月夜姫。」
忘れるわけがない。この顔。この男―・・っ
「お前、十夜っ!!」
嫌悪をあらわにした鎖月にクスリと十夜は笑った。
「覚えていてくださって光栄ですよ、月夜姫。 少し、お話をしませんか?」
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