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その夜、普段は静まり返っている館には多くの人の気配が集まっていた。

”月夜の里”の 里人全員が集まっているといっても過言ではないだろう。

”月の間”と呼ばれる広間に通された鎖月たちはそこで手厚い歓迎をうけていた。

一段高い場所に設けられた上座には鎖月が座りその左右に従者と三将が鎮座して

いる。

「月夜姫様の無事の御来訪一族一同心より深くお慶び申しあげます」

鎖月の前に正座していた”月夜”がゆっくりと頭をさげると後ろに控えていた里人たちも

そろっていっせいに頭を下げた。

「えぇ、私も再びこの地に、そして我が子らにあいまえることができて嬉しく思います よ」

「有り難きお言葉、身に染み渡りまする。」

「さぁそんなに畏まらないで。−‥久々の再開、僅かではありますが暖かな時を皆で刻み

ましょう」

鎖月のその一言でその夜の宴は幕を開けた。






「鎖月様」

ささやかな宴がはじまってから少しの時を経て横に控えていた龍雪がその重い口を開いた。

「なに?龍雪―‥その仏頂面をやめてくれたら話を聞いてあげる」

「姫っ―‥」

「龍雪」

「…鎖月様、お戯れもいい加減になさいませ」

僅かに声を荒げた龍雪は鎖月にたしなめられ、声のトーンをおとすと厳しい顔付きでそういった。

ぴくりと鎖月の眉があがる。

「”戯れ”・・・と?」

「戯れ以外の何がございましょうか。このように人間などとなれあうなど」

「龍雪っ−‥」

「酔狂にも程がすぎますぞ。よもや、我らがやらねばならぬことお忘れではございますまい」

「…龍雪、それ以上その減らず口を開こうものならいくらこの私でも怒るわよ」

だが龍雪 は鎖月の怒気にはどうじもせず変わらぬ表情のまま、「お好きになさい」といった。

「私は間違ったことを申し上げたつもりはございません」

「龍雪っ−‥!!」

鎖月の怒りが頂点に達しようとしたその瞬間。

くいっとその袖を誰かにひっぱられ上体が僅かに後ろに傾いた。

「…・・・?」

下をみると小さな影…まだ三つにもみたないであろう小さな男の子が大きなその黒い瞳で

じっと鎖月をみあげている。

「けんか」

「え?」

「けんか。めっ!」

「め〜よ〜!!」

もうひとつ甲高い声がした。

そちらのほうに目をやればもう一つ同じよう顔をした子供―・・だがこちらは女の子だ―・・

なんとあの龍雪の首にぶらさがっているではないか。

突然現れた幼子たちに鎖月は勿論のこと、龍雪も暫く思考が固まってしまったようだった。


「まぁ!?大変っ―‥」

すると春子が慌てて上座へとやってきた。

「申し訳ございませんっ!あぁっ二人ともこっちへいらっしゃい!四巫女っ!龍雪様になんと

ご無礼をっ―‥」

「大丈夫よ春子、構わないわ―・・あなたの子供たちなの?」

鎖月は傍らの男の子をひょいっと膝の上にあげると優しくその頭をなでた。

「はい」

相変わらず龍雪の首にぶら下がりおそれもせず遊ぶもう一人の我が子をはらはらとした気

持ちで見守りながら、それと同時に申し訳ないという気恥ずかしさからかわずかにうつむいて

春子は肯定した。

「そう、では月夜の初孫ということになるのね?どちらが上なのかしら?」

「この子たちは双子ですのよ。生まれの順ていけばそちらの四巫女のほうが上になりますで

しょうか。―‥さぁ二人ともいらっしゃい、ちゃんとご挨拶申し上げなくてはいけませんよ?」

「「はい!おばあさま」」

月夜がよぶと子供たちは素直に二人から離れ春子の隣 までくるとそこにちょこんと正座した。

「―‥こちらが姉の四巫女、そしてこちらが弟の文弥でございます」

「よみこです」

「ふみやです」

二人の小さな頭がちょこんと同時に下がる。

その仕草に鎖月は目を細めにこりと笑った。

「可愛いわね。―・・二人とも、こちらへいらっしゃいな」

手招くと二人の子供達は,きゃぁっと黄色い笑い声を立てて鎖月の膝の上へと飛び乗って

きた。

「まぁ、月夜姫様・・」

「いいのよ、月夜。―・・ねぇ文弥、四巫女。私に屋敷の中を案内してくれないかしら?」

「「はい!!」」

両手を子供達にとられながら鎖月は立ち上がった。

「月夜、少し早いけれどこの場はこのまま失礼するわ。―・・後でまたお話しましょう」

「はい、畏まりました。」

そして宴の席を三人の影がそっと退出していった。

広間を出るまでの間、鎖月は一度も振りかえることはしなかった―・・龍雪を。

彼女の背中が完全にみえなくなった後も龍雪は戸口の向こう側を見続けていた。

こつっと、突然後頭部を小突かれた。

「馬鹿かお前。なぁにやってんだよ。」

冷禅だ。

「別に―・・」

「どこが”別に”なんだっつーの。みてるこっちがはらはらするっての!あの子たちがいなかったら

今頃、鎖月ちゃんの雷が落ちてるとこだったぞー。ほんっと馬鹿だね〜」

茶化すような冷禅に龍雪はただ黙り、いつものように無感動な視線を送るしかなかった。

ふっと、冷禅の顔から表情が消える。

「―・らしくないな、龍雪。お前、何を考えている?」

その口からこぼれた声は腹の奥底に響き渡るような低い声―・・”冷禅王”の声。

その言葉に龍雪は珍しくも目を伏せた。

「私は・・・・・・」

「ふっ・・・お前が言葉を濁すなど珍しいことだな。まったく・・余計らしくない。らしくないぞ龍雪。

何を悩む。何を苛立つ。それでは冷静な判断は下せぬぞ」

「・・・・・・私はいつでも冷静だ」

そう・・いつでも冷静に判断を下す。それが”従者”としての私の役割。

「私は正しいことをいったまで。すべては姫様のためなのだ」

「・・・・。だといいのだがな」

冷禅は軽く肩をすくめて見せた。

「ただ・・・同じ過ちは繰り返してはならんぞ。同じ鉄を踏むのはもう御免だからな」

「わかっている」

「ふっ―・・あっ!!春子さん!!すいませ〜ん、これおかわりいただけますか?」

声を元に戻すと冷禅はあいたグラスをふって春子の元へと戻っていった。

残された龍雪は僅かに俯いたまま、ぎゅっと拳を強く握り締めた。

「わかっている・・わかっているさそんなことは・・・」

そしてその視線は再び主が消えていった戸口の向こうへと注がれたのだった・・・