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「龍雪、私行きたいところがあるの。」
紅葉が広がる庭を縁側で見つめながらふと主がそうもらした。
秋も半ばを過ぎ肌で感じる風は冷気を帯びている。
それでも中に入ろうとはせず先ほどからじっと庭を眺め動こうとしなかった主のために
羽織を拝借してきた龍雪はそっとその肩にそれをかけると、そのまま彼女の斜め後ろに
控えるように正座した。
「何か、思い出されましたか?」
「えぇ」
思い出したことを探るように鎖月はそっと眼を閉じた。
肯定した瞬間、背後に控える従者の気配がかすかに揺らぐのを感じ、微笑を洩らす。
「肝心なところは思い出せてはいないけれどもね」
そういうと従者の肩の力が抜けた―・・ように感じた。
見なくてもわかる。私がこうなった”きっかけ”―・・千年の空白の前に何が起こったのか
を思いださなかったことに安堵しているのだ、彼は。
それほどまでに思い出してはほしくないものか。
一体何があったのか・・・
私のことを第一に考える従者達のことだ―・・きっとその”事実”は私を深く傷つけるの
だろう。
(―・・それでも知らないわけにはいかないのよ・・)
「思い出したのは・・そうね”何かがあった”千年前以降のこと・・・大体800年前から30年
ぐらい前までのことかしらね。何だか中途半端だけど、記憶が戻るのは大歓迎よ」
すくっと鎖月は立ち上がる。
「龍雪、出立の支度をなさい。それと影島を―・・彼に調べてもらいたいことがあるわ」
「はっ―・・」
短く返事をした龍雪と眼が合う。
その眼は語る―・・何処へ?―・・と。
「月夜(ツクヤ)の里へと」
懐かしいその名を口にしながら鎖月は記憶に思いを馳せた。
*
「ツクヤの里?―・・ん〜?何か聞いたことあるなぁ・・」
眉を潜ませ考え悩む冷禅に神無は冷たく笑い、葉月は馬鹿だなぁ〜と呟いた。
「んなっ!?だったらお前ら知ってんのかよ!!」
「馬鹿者。どれだけの時をこの地で過ごしてきていると思っている」
「古来よりこの島国に根付く術者たちの一族の一つだよ。”月夜一族”。羽渡、
鬼狩り、霧桜に続く優秀な術者の一族さ。表立っては活動はしていないけどね。
流派は何だったかな・・陰陽道だったきもするけど・・・」
「そうだな。そもそも月夜一族の開祖は平安の時代―・・かの安部の一族の内弟子
だときいている。基本となるのは”陰陽道”だろうな」
”知ってて当たり前だ”というように淡々と話す二人に冷禅は顔を多少赤らめながら
金魚のように口をパクパクさせる。
「〜―・・っ!!お前らなんて大嫌いだぁぁ〜!!!鎖月ちゃぁ〜ん!!!」
目尻に涙をためて脱兎の如く部屋を飛び出し主の元へと助けをこいにいった少年の
後ろ姿をみて残された二人は同時に溜息をつきそして同時に
「子供だな」「子供ですね」
といった。
静かになった部屋の中で葉月はふと首をかしげる。
「しかし月夜の里・・・ですか。また厄介な所に目をつけられたな、姫様は」
「あまり表に顔を出さない一族だからな。その里があるというのは聞いてはいるが何処に
位置するのかは知れ渡ってはいない。―・・山城の翁といえども探し出すのは容易では
なかろうて」
「まぁ彼の情報網なら一つぐらいは手がかりがつかめそうですけどね」
「掴んでもらわなくては困るよ。―・・そのために我等は手を貸しているのだ」
ふっと笑った神無に葉月は苦笑する。
その時、ガラ―・・と襖が開かれた。
てっきり冷禅が戻ってきたものかと思い目をやるとそこには御前付きの青年がいた。
「神無様、葉月王様、御前失礼いたします」
「何か・・判りましたかな、楓殿?」
この男、名を”楓”という。
葉月の見たところ神無にしては珍しくこの人間の青年を気に入っているようだ。
口調もその雰囲気も先ほどとは打って変わって柔らかいものへと転じていた。
葉月は心の中でやれやれと肩をすくめると楓の報告をまった。
「はい、神無様。―・・月夜の里、位置を確認いたしました」
待ち望んだその言葉に二人は目線を交わし互いにこくりと頷いた。
「では、行こう」
「えぇ、姫様の望むままに―・・行きましょう」
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