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山道を二台の車が走る。

ほんの少し前までは街並みが広がっていたのにいつの間にかあたりは深い深い山の中。

「しっかし-・・いつきてもここの景色かかわらねぇよなぁ」

助手席でぼやくのは少年の面影を少し残した青年-・・今や日本のTOPアーティストの仲間入り

をしたといっても過言ではない人気沸騰中のバンドlunar eclipseのボーカル"TUGURU"

そんなTUGURUの言葉に苦笑を隠そうとはせずに、ハンドルを握りながらクスクスと笑うのは柔和

そうな面立ちに眼鏡をかけたTUGURUよりも年上の青年。

「ここはこの山々自体が"結界"になっているからね。そうそう様変わりしていたらその意味を

なくしてしまうよ、冷禅―・・しかし」

片手でずれた眼鏡を直しながら葉月王はその続きを口にする。

「―・・直に山城御前に会いに行くのは数十年ぶりかな?うん。本当に久しぶりだね」

すると不貞腐れたように助手席で、ぐで〜・・と冷禅王が身体を伸ばした。

「あぁ嫌だ嫌だ。野郎二人きりでドライブなんてありえねぇ。俺も前の車にのりたかったぜ」

「僕もその意見に賛成だよ。でも仕方がないだろう?つぐる君。これも姫様の警護のためなん

だから―・・」

「それはわかってるっつーの。はぁ・・・・」

盛大に溜息をつく冷禅王。

尚もムサイ、華がない・・・などとブツブツと呟く冷禅に葉月はニッコリと笑顔を向けた。

「ここで降りるかい?」

「わぁぁぁぁぁ!!!!!前!!前見ろってお前!!カーブカーブ!!ドアのロック解除するな

よ!!!押すな押すなぁぁぁぁぁ!!!!!!―・・わかったって!!もう何もいわねぇから!」

心臓が口からちび出るとはよく言ったものだ。

わかってくれたならいいよ。とにこやかな笑みのまま再び運転へと戻った葉月を恨めしげに横目

でみながら冷禅は肩の力を抜いた。

「しっかしあの爺さんも随分としぶといな。―・・いくつになったよ?」

「つい先日九十七歳になったばかりだよ。まだまだ元気だそうだよ?」

「けっ―・・」

月の者である自分達にとって時などというものは無限に等しい。

故に人の生涯などは瞬きの間に等しい時間なれど、"人"にとってはそれは長い長い"時"なの

だろう・・

(その短い"時"をひたすらに生き続ける・・今、アレを現世に引き止めておるのは執拗なまでの

妄執・・・と言った所か)

冷禅は自嘲気味に鼻で笑うと座席を後ろへと倒し、更に楽な姿勢で身体を伸ばした。

「ストーカー根性もここまでくるといっそ清々しいというか・・・」

「うん、そうだね。今"彼"を動かしているのはその"思い"だけだろうから。」

葉月も冷禅が考えたことと似たようなことを言った。

過去に―・・彼が"人"とは相容れぬ存在である"我々"と出会い、運命を選んだ日。

只一度だけ、従者が見せた麗しき御方の御姿。

その一度だけの逢瀬により彼は囚われてしまったのだ。

彼が我々と手を組んだのは一族のためでも、己が栄華を極めることでもなかったのかもしれない。

あの若き青年将校の瞳に宿ったモノ。

それは―・・

「―・・これもまた彼の一つの運命だったんだろうね」

そう語った葉月の瞳に映ったものは"人"という儚い種に生を受けた彼のものに対する憐れみか

―・・はたまた彼の老人が抱く思いと同様のモノを併せ持つ故の同情か。

「・・・・・・・」

それきり二人は口を開くこともなく、目的の場所へと付くまでの間、二人を乗せた車は静かに山道を

走り続けた。



                             *



「素晴らしい造りね・・ここは。―・建物も結界も」

広い座敷へと通された鎖月はそこへくるまでの間に見たモノに対しての率直な意見を述べた。

「この"印"には見覚えがあるわ。・・・・あぁ・・基盤の造りが月宮殿と同じなのね。―・・コレを教えたの

は龍雪、貴方かしら?」

鎖月の横に控えていた龍雪は"はい"と返事を返した。

「そう・・でも教えた”基盤”の”印”だけでここまでアレンジできるなんて・・・本当に美しい結界だこと。

”人”の術師も侮れないわね。ふふっ・・」

楽しげに笑う鎖月とは裏腹に従者達―・・特に神無の機嫌は見るからに悪そうだった。

無理もない。

ここへ通されてからすぐにこの屋敷の主が現れるかと思いきや―・・何と再び待たされているのである。

整った顔立ちの神無の眉間にはくっきりと青筋が浮かび堪忍袋の緒が切れる―・・一歩手前なのだろう。

鎖月としては待つことは嫌いではなかったしこちらへきてから半刻少々・・まだまだ我慢できる時間だ。

(でもその前に彼等のほうが”キレそう”ね・・)

このまま放っておいたら間違いなく屋敷の主の元へと斬り込むだろう。

さて・・どうしたものか。と考え込む鎖月だったが、ふと部屋の外に気配を感じ顔を上げた。

「―・・失礼致します」

若い男の声がした。―・・と同時に隣室へと続く襖が開かれそこから目つきの鋭い青年が一礼して入って

きた。

「大変長らくお待たせいたしましたこと、深くお詫び申し上げます。―・・山城御前をお連れ致しました」

その言葉に誘われるかのようにもう一つの影が入室してきた。

”彼”は上手に座る鎖月と距離をおいた下手に鎮座するとゆっくりと―・・しかし精錬された仕草で畳に頭を

つけた。

「このような地へとわざわざおこし頂きましたこと深く御礼申し上げます」

少ししわがれた―・・だが低く深い良くとおる声。

白髪の頭は微動だにせず、頭を床にこすりつけ縮こまっているはずのその身体はその年の老人の割には

しっかりとした強固な者に見えた。

「こうして御君にお目通り叶いましたこと恐悦至極に存じます」

本当に九十七には見えないほど”若々しい”。

確かに刻まれている数は多いがその体から溢れる生気は力強く、それだけで三十は年下に見えるだろう・・

「―・・顔を上げなさい」

凛とした声で命ずる―・・この老人にはそうしなければならないと思った。

頭がゆるりと起こされた。

その瞳がまっすぐに鎖月を射抜く。

そらせない。

(何と強い―・・)

瞬き一つしないその瞳はただひたすらに鎖月を―・・”月夜姫”を見ていた。

「―・・お初にお目にかかります。私は影島左衛門ノ介。”山城御前”の名を冠する者にございまする」