<7>

静かな・・・・だが激しい嵐が渦巻いている。

開け放たれた側面からは冷たい夜風が容赦なく吹き込んできていた。

男の腕が伸ばされる。

「さぁ、私と共に来るのです」

「まだいうかっ―・・!!」

鎖月の黒髪が意志を持ったかのようにうねった。

「"人"が―・・っ!"人"が我を縛ろうとでも思うたかっ!?」

鎖月の―・・否、月夜姫の怒りが更に膨れ上がった。

「身の程をわきまえよ!!」

再びその細いからだから力が溢れ出ようと―・・はしなかった。

ふらっ・・

「あ・・・・・・・?」

鎖月の身体がよろめく。

視界がちかちかする―・・おかしい。

まるで貧血にもなたみたいな・・

「無茶をなさるからですよ。今のあなたのお力では負荷が大きすぎたのです」

男が淡々と状況を説明した。

「・・・・・・・・っ」

その腕がよろめく鎖月の右腕を掴んだ。

「そ・・・・手を・・はな・・」

「さぁ参りましょう。私と共にあれば貴女ももう二度と―・・」

だが男のその先の言葉は続くことはなかった。

その言葉を阻むもの・・・それは割れた全面張りの窓ガラスから吹きすさむ夜風が突如、

突風へと姿を変えた不可思議な"風"だった。

その激しく吹きすさむ風に周りでは再び悲鳴が上がった。

竜巻のように渦巻くそれは男と鎖月の間に割って入るようにやってきた。

「何っ―・・!?」

予想外の出来事に男は驚愕の声を上げる。

と、同時にその手が鎖月から離れた。

よろめくその身体は、しかし倒れることもなく、その荒々しい風に護られるように包まれた。

その中で、そっと誰かが鎖月を抱き上げる。

「まったく・・無茶をなされる」

耳元に届いたのは朗々とした低い男の声。

(・・・・・・・誰?)

「このままお連れ致します。しばしご辛抱を」

「―・・月夜姫っ!!」

風が強くなる中で自分を呼ぶ男の声がする。

ふと首をめぐらせると白く渦巻く竜巻の向こう側の男と目と目があった。

その口が小さく動く。

この風を前にしては小さな声だったが、それははっきりと鎖月の耳へと届けられた。

「―・・私の名は"十夜(トウヤ)"。また合間見えましょう我が愛しき君」

風が一気に強くなる。

浮遊感。

そして鎖月は風と共にその場から姿を消した。



                          *



風がやみけが人の微かにうめく声以外は何も音がなくなってしまったその場所で、男は

しばらく立ち尽くしていた。

「さて」

じゃり・・・とガラスを踏む音が背後で響いた。

「人の逢瀬を邪魔しておいて何かいうことはないのか、"従者"よ?」

振り返ればそこには一つの影。

風を背中に受けながら割れた窓辺に佇む龍雪がいた。

冷たく光る瞳をたずさえる無表情な顔からはおよそ感情を読み取ることは困難であったが、

その身体にまとわりつく空気は怒りをあらわしていた。

「人間が・・小賢しい真似をしてくれたな」

「くくく・・・言うことはそれだけか従者殿?」

十夜となのった男は喉で低く笑った。

「"影"か・・くくっ・・・従者殿も落ちぶれたものだな」

「貴様・・・一体何者だ?」

「さて?誰だと思う?」

問いかけに問いかけで返される。

またひとたび辺りの温度が下がった。

二人の間に沈黙と静かなにらみ合いが続く。

先にそれをやぶったのは龍雪。

「―・・二度と姫様の前に姿を現すな人間。次は―・・殺す」

すっとその姿がその場を蹴り後ろへと跳んだ。

その身が宙へと投げ出される。

と、同時にその姿は闇夜へと溶けて―・・消えた。

残された男はふっと嘲笑した。

「果たして貴様にとめられるかな?」

複数の救急車のサイレンの音が夜の街に響き渡っていた。



                         *



歓声が聞こえる。

「・・・・・・・・・?」

目を開けると見たことのない部屋だった。

身体を起す―・・するとかけられていた毛布が肩から滑り落ちる。

部屋の隅に置かれたソファに寝かされていたらしい。

12畳ほどの部屋は白い壁に囲まれ、部屋の一方の壁に沢山鏡が設置されている。

幾つかのパイプ椅子に、その他無造作に置かれた数々の小物。

この部屋には不釣合いだと思われる沢山の花束も片隅に積まれるように置かれていた。

テレビなどでみたことがある・・"楽屋"に似たような部屋だ。

(どうしてこんな所に・・?)

ガチャリとドアが開けられた。

それと同時に先程かすかに聞こえた"歓声"が今度ははっきりと耳に届いた。

「お?」

外から一人の若者が入ってくる。

年のころは鎖月と一緒ぐらいだろうか・・?

茶髪に愛想のいい、誰からも好かれそうな顔。

汗が少しにじんだその身体は程よく引き締まり体躯は180cmはあるだろうか?

(・・・?どこかで見たことがあるような・・・?)

彼は起き上がった鎖月の姿を視界に捉えると嬉しそうににっと笑った。

「気分は?あ〜・・喉かわいてない?なんか飲む?」

ふるふると首を振る。

近づいてきた彼の顔をよくよく見るとやはりどこかで見たことのある顔だ。

あぁそうだ。

「"lunar eclipse"の"TUGURU"・・・・・?」

「おぉ!?何?鎖月ちゃん俺の事知ってるんだぁ。嬉しいなぁ〜」

"
lunar eclipse"といえば今や若者を中心に多くの熱狂的ファンを持つ、今もっとも注目

されているメジャーバンドだ。

"TUGURU"はそのリーダーでもありメインボーカルでもある。

鎖月自体彼らのCDは何枚か持っているし、ライブにも一度だけだが連れて行かれた

ことがある。

「でも・・・なんで・・?」

目の前にいるのは確かにTUGURUだ。

何故ここにいるのか?

近づいてくる彼に首をかしげる。

「・・・・・・・・?」

ふと違和感を覚えた。

側に来た彼から感じるこの気・・・・・・・懐かしい・・これは・・・

「・・・・冷禅王?」

名を呼ぶ。

すると彼の顔に張り付いていたにこやかな笑みが―・・穏やかな笑みに変わった。

その長身を折り曲げその場に片膝をついた。

「―・・お久しゅうございます、我が王よ」

その口からこぼれた声は先程とは違うものだった。

低く年を経た男の声。

それはあの風の中で聞いた声と同じ声だった―・・