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「―・・龍雪、応えなさい。何故これだけしか思いだせないの?いえ・・記憶だけでは

ない・・本来の”神力(しんりき)”さえも取り戻せていない・・これはあなたの技量の

問題ではないはず。・・・・・・・私自身に何か問題があるのね?」

鎖月の口調は重い。

龍雪も首を項垂れ、重い口を開いた。

「・・・・・・・・はっ。私が都一の術者といえども御君の御力の前には赤子も同然に

ございます。―・・姫様のお記憶は姫様自身の御力によって封ぜられておられます。

それが私めの術をこばまられました。」

「私が・・・・・・・・・?」

私が私自身の記憶を封印したというのか?

何故?

何故封印などしなければいけないのか?

それは―・・

「龍雪・・それは私がこの地に留まり・・そしてこの人の体を器として生きているのと

何か関係があるの・・・?」

「・・・・・」

「月の王である私が、愛しき月を長きにわたって離れ人の子として今ここに存在して

いることと何か関係があるのね?応えなさい龍雪」

「・・・・・・・・何故姫様が御自分の記憶を封印なさったのかは私にはわかりかねます。」

暗く沈んだ顔で龍雪が応えた。

「そう・・ならば問いを変えるわ。―・・竜雪」

ビクリと龍雪の肩が震えた。

"竜"は"龍"よりも古き文字。

"竜雪"―・・それはただ唯一の存在だけが呼ぶことを許される彼の真名。

それが彼の本質全てなのだ。

「何故私はこうなってしまったの?この秋津島へと降りてきてから千年の月日に何が

あったの?応えなさい、竜雪。あなたは知っている」

"月夜姫"としての鎖月の威圧的な問いに龍雪は更に身を堅くし頭を垂れた。

その額には多量の汗が噴出している。

「・・・・も・・・・・申し上げられませぬ」

「我が命が聞けぬと申すかっ!?」

立ち上がり激昂する鎖月の声が部屋に響く。

「竜雪!!そなた我に忠誠を捧げた身ではなかったか!?」

「身も心も我が御君に捧げております!!おりますが故に申し上げられませぬっ!!」

鎖月の怒りを真っ向から受け止める龍雪の声にも力が入る。

その額には変わらず汗が噴き出たままだ。

苦痛に顔を歪ませている。

「今はまだ・・鎖月様には申し上げることは出来ませぬ」

「"今は"?・・・・・・では時が来れば話すと言うか・・」

「はっ。必ずや」

「・・・・・・・・・・・・・・・わかったわ・・」

鎖月は諦めた様に肩を落とした。

「ではもう一つ。これは応えられるでしょう?私自身がかけた封印というのならば私が

解けないはずはない。そうでしょう?」

「はい」

「どうすればいい?」

「今の鎖月様の御体には"月世姫"様であられました頃―・・」

「龍雪・・・その堅苦しい物言いはやめてくれないかしら?今の私は"鎖月"としての

意識の方が強いのよ。」

「はっ承知・・―わかりました。今の鎖月様には"月世姫"様だった頃と比べますと断然

"神力"がたりません。まずはそれを別の方法で補わなければ封印を解く所の話では

ないでしょう。」

「"神力"が戻ればおのずと記憶は蘇るということね?」

「はい」

椅子に座りなおす。

「そう・・ありがとう。今日はもういいわ・・・・・少し疲れたの」

「ではゆっくりとお休み下さい。起きられましたら下に。鎖月様にお会いできることを

心待ちにしている者達がおりますので」

「私に・・・?誰・・?」

「それは・・・・会ってみてからのお楽しみということで。」

龍雪は意地悪くそういうが何処となく笑みをたたえていた。

鎖月の記憶が完全とはないとはいえ戻ったのだから機嫌がいいのだろう。

その様子に鎖月は苦笑した。

「わかったわ。・・・・・・あぁそうだ。龍雪、最後にもう一つだけ―・・」

部屋を出て行こうとした龍雪を呼び止める。

「はい?」

「あの時・・・洋子ちゃんに力を与えた者がいたといったわよね?それは私が魂だけで

連れて行かれたあの場所でであった男のこと?ねぇ・・彼は一体―・・」

「そのことはお忘れなさいませ」

途端、龍雪の表情が消え、その周りの空気が一気に冷ややかなものになった。

「龍雪・・・?」

表情の読み取れぬその顔で龍雪は言葉を続けた。

「あれはどこかの愚かな人間の術師がたまたま介入してきただけでございます。

"月"のこととは一切関係ありません。もうお忘れなさい。その事も―・・あの娘のことも」

「―・・っ!?」

「あなたはもう戻れないのです。・・・・・・・失礼いたします」

彼はそう言って一礼するとそのまま出て行ってしまった。

「っ・・・・・」

鎖月は思わず手に持っていたティーカップをその扉へと投げつけた。

ただの八つ当たりであるということは分かっている。

分かっているからこそ・・・腹立たしいのだ。