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二.
ふと目を覚ます。
目の前に写るのは見覚えのない高い天井。
「・・・・・・・?」
柔らかいベッドから身を起こし辺りを見回す。
広い部屋。
洋風にあつらえられた部屋の中には高そうなアンティークの家具が沢山おいて
あった。
「あぁ・・」
ようやくここが何処なのか思い出す。
見計らったかのようにコンコンと控えめなノックがされた。
「鎖月様。お目覚めでしょうか?」
気配を呼んだのか返事も待たずにトレーを片手に龍宮―・・否、龍雪(リュウゼツ)
が入ってきた。
「朝は食べられますでしょう?洋食で宜しかったでしょうか?和食の方が宜しけ
れば―・・」
「洋食で・・結構・・です」
「かしこまりました」
テーブルの上に朝食を並べると彼は三つあるカーテンろ窓を開けていく。
燦々とした朝日が差し込んできた。
鎖月はベッドから出ると椅子につく。
「晴れたのね・・」
差し込む日差しに目を細め呟いた。
昨夜は確か雨だった。
「そのようで」
彼は優雅な仕草でティーカップに紅茶を注いでいく。
それを受け取ると一口、口にする。
「おいしい・・」
正直な感想だ。
「ありがとうございます」
「ねぇ、龍雪・・」
「何でしょうか?鎖月様?」
「私は一体・・・何なの?」
過去につむいだ言葉を再び口にする。
「"月夜姫"様にございます」
龍雪も同じ答を口にした。
「"月夜姫”とは?」
「我等が”王”にございます。」
「”我等”とは?」
「"月”の民にございます」
もう一口紅茶を口にする。
「月・・・・・・・」
ここへ来てから三日・・幾度となく繰り返された会話だ。
だがそこから先の話は”いま少し”とはぐらかされてきた。
「龍雪・・・・・もう話してくれてもいいのじゃない?私はこれ以上何を聞いても驚く
ことはないわ」
ふぅ・・・と溜息をもらした鎖月に龍雪は頷いた。
「畏まりました。お話いたしましょう・・"月”のことを・・」
そうして龍雪は語り始める。
月の物語を・・
*
月。
そこには月の都がある。
古より生きる"天上人"と呼ばれる月の民の都。
そこを治めるは、いと高き三貴子(みはしらのたふときこ)の一柱・月読命神様より
生まれ出でし、"月夜姫"
月宮殿(ゲッキュウデン)に住まい月の都を守り民を守り月の平安を祈る王。
白き月宮殿。
都を囲むように咲き乱れる白き花。
そこはまさに"神"達が住まうのに相応しい美しき都なのだ・・・
*
「あの御方の御子であり、美しさ、気高さ、そして慈愛の御心を併せもっておられ
る素晴らしき我等が王。私はその王に仕える従者でございました。」
「従者・・・」
語る龍雪の声に熱が宿り、その目は真摯に鎖月を見つめている。
「思い出せませぬか・・?あの美しき都を。真白く光る宮。白く咲きほこる花々。
民の笑顔・・」
「月の・・都・・」
その龍雪の言葉に鎖月は目を閉じ思いを馳せる。
目裏(まなうら)に微かにだが見えたものがある・・
白く美しい場所。
揺れる花々。
静かに白く光り輝く宮殿。
穏やかに笑う沢山の人々。
様々な情景がフラッシュバックしていく。
宮から見える青い星。
宮に毎日響く美しい調―・・
―・・思い出しては駄目・・
「―・・っ!?」
こめかみに激痛が走る。
「鎖月様っ!!」
「だめっ―・・あと少しなのに・・痛っ・・何故・・?何故思い出せない・・何が・・何が
私の邪魔をするっ!?」
「姫様・・」
苦渋に満ちた顔で龍雪は鎖月を抱きしめる。
「本来の・・私の策と致しましては徐々に思い出していただくはずでした。しかし術が
完成する前に何者かがあの娘を使って邪魔をされました・・一度術が破られれば
もう二度と同じ手は使えませぬ。後は―・・」
「後は・・・なに?」
「・・・少々手荒くはなりますが強制的に魂に刻まれた記憶を呼び起こすしか・・しかし
それは多少なりとも苦痛を伴うものとなります・・私としては鎖月様を苦しめるようなこ
とは―・・っ」
「いいわ。やって頂戴。こんな中途半端な状態が続くよりはましだわ」
「・・・・・御意」
鎖月の顔を上向かせると龍雪は眉を顰め顔を近づけた。
「暫くのご辛抱を。・・・失礼致します」
口付けを落とす。
何かが流れ込んできた。
学校にいたときにしていた"儀式"に似ていた。
今思えばあの行為が"術"だったのだろう。
あの時も今のように何かが体の中に入り込み、ゆっくりと混ざり合っていた。
―・・しかし今回はそうではなかった。
「!?」
激しく何かが自分の中で暴れている。
激痛が体全体へと走る。
「くぁっ―・・!!!あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
唇を離し、体をのけぞらせカン高い声を荒げる。
「暫しのご辛抱を―・・」
龍雪の額にも汗がにじんでいる。
体の中でバラバラに別れて隠されていたものが組合されていく。
パズルのピースが組み合わされているかのごとく、集まって形を成して・・
―・・砕けた。
「っ!?」
「姫様―・・!?」
崩れ落ちる鎖月の体を龍雪が受け止めた。
「ぁっ・・・・・何が・・?」
確かに一度全てが完成した―・・はずだった。
だがそれを全て理解する前に砕けちってしまった。
何が起こったのかと龍雪の顔を見ると、彼は唇を噛締めその美しい顔を苦痛に歪ませ
ていた。
「申し訳ございません―・・失敗いたしました」
「失敗・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・はい」
うなだれる龍雪に鎖月は眉を顰める。
「何故失敗したの?貴方ほどの"術者"が・・?」
だがそこでふと、今自分が口にした言葉を疑問に思う。
「術者・・?そう・・そうよ・・貴方は月の民の中でももっとも優れた術者だった。えぇそう
よ・・思い出したわ・・・私は"月夜姫"―・・月宮殿の主。我が敬愛なる彼の御方より
生まれ出でし月神・・」
言葉を口にしていくたび次々とおぼろげだが記憶があふれ出す。
だがおかしい。
それは全て"月"にいたときのものでしかない。
そう・・この地へ降り立ってから今に至るまでの記憶がまったくもってないのだ。
(これが失敗したということ・・・?)
鎖月は心の中で自問自答した。
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