一.
ユラリユラリと水面が揺れている。
ヒラリヒラリと葉桜に残った数少ない花びらがその上を踊る。
ここの桜たちは上に比べると二周りほど小さい。
葉桜に囲まれた泉を見つけたのはこちらに来てからすぐだった。
ここは暑い。
宮は常春だったからだろうか?
確かこちらは今は"初夏”という季節だったはずだ。
涼しげな泉に誘われ畔に立つと冠をはずし身に纏う衣をするりするりと脱ぎおろ
した。
白く美しい裸体を惜しみなくさらけだしゆっくりと泉へと身を浸す。
ひんやりとした感触。
黒髪が水面に広がり、光に反射してきらきらと光る。
その様子が楽しくてクスクスと笑ってしまった。
畔に鳥や鹿たちが集まってきた。
「そなた達も我と一緒に水浴びを楽しむかえ?」
小鹿の頬をなでてやるとじゃれつくように鼻を押し付けてきた。
「これ・・ふふっ・・くすぐったいのぉ・・よしよし・・良い子じゃ・・・」
ガサッ
「?」
不自然に茂みが揺れる音がした。
振り返る。
対岸の茂みから出てきた―・・人間がいた。
その手には弓。
「!?―・・お逃げっ!!」
鹿の親子の体を押し返して走らせようとするが立ち止まりこちらの方を心配そう
に見ている。
「はようっ!!」
声を荒げるとようやく走り出す。
出てきたその人間も暫くあっけにとられていたように動かなかったが、鳥の羽ば
たく音、鹿の逃げる足音、そして自分が衣のあるところまで戻ろうと水をばしゃば
しゃと掻き分け歩く音と同時に我に帰ったようだ。
「―・・待たれよっ!!」
迂闊だった。
こうも油断しているときに人間に見つかるなどとは。
岸に辿りつき衣を急いで纏う。
ここが秋津島であるということをすっかりと忘れてしまっていた。
そこから立ち去ろうと身を浮かす。
と、後ろから肩を掴まれた。
さっきの人間だ。
「そなたは・・」
何と無礼な奴。
振り向くと同時にその人間を平手打ちにする。
肩から手がはずされた。
人間は驚いたように目を見開いている。
「無礼者。誰の許しを得て我に触れようとするか。この身は月の世にて最も貴
き御方から創られし神聖なる器。我に触れてもよい者は我が許しを得た者だけ
ぞ。それをしっての無礼か」
一気にまくし立ててから、ふと気になる。
強くはたきすぎただろうか?
先程からずっと目を見開いたままだ。
その左頬が赤みを帯びている、痛くはないだろうか?
何となくそっとその頬に手を添えてみた。
人間は動かない。
ただ、唖然としているだけだ。
「人の子よ・・ここで見たことは忘れよ。・・・・・・・良いな・・・?」
それだけ言うとそのまま身を翻し、その場を去った。
ちらりと後ろを振り返る―・・
人間はまだ立っていた。
戻 進