七.
それから数日、至って平和な生活が続いた。
変わることなく・・"変化”など永遠に知らないように全てが過ぎていった。
期末も終わり、夏休みを間近にせまるとクラス中が浮き立って見えた。
ただ一つその光景の中で変わったことといえば、クラスの中心が洋子から鎖月へと
変わったことだろうか。
生徒は鎖月に集まり、洋子といえばまるで鎖月を避けているようにクラスの輪からは
ずれ、隅のほうに一人きりでいることが多くなった。
授業が終わり放課後になると、鎖月は半分取り巻きとかした少女達に別れを告げる
と静寂を保っている美術室へと足を運んだ。
沢山のキャンパスが並ぶ。
そしてそれはどれも同じ枝垂桜が描かれていた。
鎖月は新たに書き始めようとしたキャンパスに色を乗せようとして―・・止めた。
「今日は龍宮先生は一緒じゃないのね。」
洋子が入り口の所に立っていた。
鎖月は驚くことも振る変えることもせず花びらの色を作るために絵の具を混ぜ合わせ
ていった。
「えぇ、そうよ。職員会議があるといっていたわ。」
出来上がった色を乗せていく。
「あなたこないだからずっとこの絵ばかり描くのね。どうして?」
キャンパスに描かれた桜たちは鎖月を囲うように何重にも円を作って立ち並んでいた。
洋子はそれらをよけながら円の中へと入っていく。
「花のね・・色が上手く出ないのよ。」
「こんなに綺麗なのに・・」
洋子は一つのキャンパスを手にとって魅入った。
「違うのよ、その色だけどその色じゃないの。何かが足りないんだわ」
ペタペタと色を重ねていく。
洋子が横に立った。
「その色・・・何なのか教えてあげようか?」
ピタリと鎖月の筆がとまった。
「それはね、この色のことなの。」
ポタ・・・ポタ・・・・
描きかけのキャンパスの上に規則正しく液体の滴が垂れる。
洋子はカッターを投げ捨てた。
その手首から次々と血があふれてく。
―・・舞う桜吹雪。赤く染まっていく花びら。
「あっ・・・あぁっ・・・・!?」
―・・血を流す男。流させた男。
「だめっ・・やめてっ・・・・・!!」
―泣く女。強くなる風。
フラッシュバックする風景に頭をおさえた鎖月はふっと意識を失い、その場に崩れおちた。
プツッ―・・
頭の奥の方で糸が切れる音がした。
龍宮ははっとなり席を立ち上がる。
「どうかされましたかな?龍宮先生?」
尋ねた教頭はじめ、教師全員の視線が龍宮に集まる。
ちっと舌打ちすると、龍宮は右人差し指を顔の前へと持ってきた。
皆の視線がそれに移動する。
と、シュッとその先に小さな青白い炎が現れた。
「ないものと振舞え」
教師全員の瞳が空ろになる。
龍宮はそれを確認すると駆け足で会議室をでていく。
バタンッ―・・
扉が閉まると同時に全員がはっと我に返る。
「あ〜・・えぇっと・・・え〜・・それでは夏季休暇についてですね―・・」
何事もなかったかのようにそのまま会議は進められた。
―・・誰も一つ不自然にあいた席があるのに気付きはしなかった。
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