六.

教室に鎖月が入ると教室中の黄色い声が静まり返った。

その中を静かに進みながら鎖月はにこやかに挨拶をする。

「おはよう。」

鎖月のあいさつにまばらではあるが返事が返ってくる。

席に付くまでの間教室は静まり返っていたが途端ざわめきが戻り視線は全て鎖月へ

と向けられていた。

「ねぇねぇ鎖月。髪・・・・きったよね?」

お弁当グループの女子が数名鎖月を取り囲んだ。

その中に洋子はいない。

目の端で見れば洋子がそっと席を立って教室を出て行くのが見えた。

「前髪でよく見えなかったけど・・鎖月ってこんなに美人だったんだぁ・・」

「うわぁ・・まつげ長〜い。お化粧してないよね?凄いなぁ・・急にイメチェンなんかして

・・・もしかして彼氏でもできたの?」

「ふふっ・・・そうじゃないの。只の気分転換よ。ちょっとごめんなさい。」

鎖月は席を立ち教室を後にした。










「洋子ちゃん。」

階段を下りていく洋子を後ろから呼び止めるとその小さな肩がぴくりと揺れた。

「どこへいくの?授業・・始まっちゃうよ?」

振り向いた洋子の顔は青白い。

「あぁ・・気分が悪いのね。いってくれれば一緒についていったのに。さっいきましょ。」

鎖月は洋子に手を伸ばす。

すると洋子は恐ろしい者が近づいてきたかのようにその手をパシロと払った。

「・・・痛いわ、洋子ちゃん。」

「鎖月っ・・・・・・!!あなた昨日龍宮先生と何してたの!?」

「?何のこと?」

鎖月が首を傾げると洋子のはカッと頬を染めた。

「とぼけないでよ!!知ってるんだから!!」

クスっ・・・と鎖月は笑う。

「なっ・・何よ・・・」

「洋子ちゃん・・・・・・・嫉妬してるんだ。」

更にクスクスと笑う鎖月に洋子は軽い怒りを覚える。

「なっ・・」

「でも、仕方ないのよ。」

すっと笑うのを止めた鎖月の顔に洋子は背中に悪寒が走るのを感じた。

「私がこうなるのは必然なの。私は元はこうだったのだもの。・・いいえ、」

にこっと艶やかに唇を吊り上げる。

「―・・私はもっと元に戻っていくわ。」

「鎖月・・・・あんた・・なんか変だよ・・・・・・」

わなわなと震える唇からは震えた声しか出ない。

「何が変なの?変なのは洋子ちゃんのほうよ。」

すっと白い腕が差し出された。

「さっ、一緒に戻りましょう?私たちと一緒に。」

「ひっ・・・・」

洋子は小さく悲鳴を上げる。

鎖月の後ろに微かに口元を吊り上げて笑っている龍宮の姿があったのだ。

世にも稀なる光景がそこにあった。

美しい。

美しすぎるほどに美しい・・

絵の中に迷い込んだかのよう・・

「あなた達・・何かおかしいっ・・・・」

それ以上その光景を凝視することができない。

壊れてしまう気がした。

怖くて怖くて・・・・

身を翻し、駆け出していった洋子の背中を鎖月は愛しげに見つめる。

「困った子だこと・・」

「かまう必要もありますまい。放っておかれれば宜しい。」

「そうね・・・・」

階段の一段上から龍宮が鎖月を背中から抱きしめた。

鎖月が上を向くと龍宮の顔が自分をのぞきこんでいる。

「ねぇ、龍宮先生。私は一体誰なのかしら・・・・・?」

「いずれ思い出されましょう。」

「・・・・・・・そうね。」

ふっと龍宮の顔が近づいてきた。

鎖月は目をつぶりそれを受け入れる。

そう、これは儀式。

洗練された月の尊い儀式なのだ。











(どうしようどうしようどうしよう・・・)

洋子は早足に街中を歩いていた。

学校を出たのは昼前だったが通りには結構な人がいる。

その中を青ざめた顔で黙々と歩く女子高生に行きかう人々は自然と一度振り返って

いく。

(どうしようどうしよう・・)

洋子は怯えていた。

(鎖月が。私の鎖月がとられてしまう―・・!!)

はじめは美しい男だと思った。

自分も惹かれていたのは事実である。

日曜に自分の誘いを断り鎖月の所の元へといったと知ったとき嫉妬したのも事実だ。

(でもっ―・・でもっ―・・)

最初から狙いは鎖月だったのだ。

何が目的なのかは分からないがあの男は危険すぎる。

(私だけが知っていたのに―・・私だけの鎖月だったのに―・・許せない!!)

徐々に怒りがこみ上げてくる。

と、下を俯き歩いていたせいか雑居ビルから出てきた和服の女性とぶつかってしまった。

「きゃっ―・・あっすいませ―・・」

「あら?洋子ちゃんじゃないの?」

母だった。

「あなた学校はどうしたの?顔色が悪いわよ?早退でもしてきたの?」

まさかこんな所で母親に出くわすとは思わなかった洋子は唖然としてしまった。

ふと母の出てきたビルをみるととある宗教団体の看板が目に付いた。

そこでやっと最近母親が妙な宗教にのめりこんでいることを思い出す。

こうなったらなんでもいいからすがるしかないのかもしれない。

だってアレは・・・アレは人間じゃない。

きっと"悪い”ものなのだ。

「お母さんー・・っ!!」

洋子は母親に事の起こりをかいつまんで話して見せた。

母は話を聞き終わると家でも見せたことがないような穏やかな笑みを向けた。

「大丈夫。もう大丈夫よ洋子ちゃん。」

そこで洋子は初めて気付いたことが一つあった。

母の後ろにいつの間にか一人の若い男が立っているのだ。

柔和そうな雰囲気を醸し出している。

「あなたからはとても懐かしい香りがする・・」

「え・・・・?」

聞き返した洋子に男は笑みで返した。

あの男と違って人間らしい綺麗な笑みだった。

整った顔立ちのその男は人当たりのよさそうな顔で話しかけてきた。

「お母様の言うとおり。もう大丈夫ですよ。」

洋子はその時、その男の顔が小さいときに絵本で見た天使に似ていると思った。

あぁ・・この人なら救ってくださる・・!

「あなたのお友達を闇から救い出してさしあげましょう。」



そして洋子はその手をとってしまった。