五.



自分は一体何をしているのだろうか。

動きたくもないのに体が勝手に動いてしまう。

平然と当たり前のように椅子に座り、鎖月の入れたお茶をすする男がいる。

頭では何をしているのだろうかと、此処から逃げたいと思っている自分がいるのに体

が言うことを聞いてくれない。

「どうかしましたか?」

いつまでも突っ立っている鎖月を龍宮は引き寄せ膝の上に乗せた。

「どうしたんです?今日は抵抗しないのですか?」

後ろから鎖月を抱きしめ顎をつかみ上向かせる。

上から覗き込む顔が何とも憎たらしく笑っている。

できることなら見たくない。

目をつぶりたい。

でもそれすら許されない。

この男の瞳がつぶらせてくれない。

鎖月は龍宮の瞳に囚われていた。

悔しい。

悔しくて悔しくて涙が出そうだ。

(こんな奴に―・・こんな奴にっ!!)

頬に暖かいものが流れ落ちた。

鎖月のうつろな目から一筋の涙がこぼれている。

涙を流す自由はあったらしい。

「くやし涙・・・ですか」

龍宮がくっと喉で笑った。

「あなたは誇り高く屈するのを好まない。―・・それはお変わりないようで。」

何故だろう?

何故こんなにもこの男は嬉しそうなのだろう・・

冷たい氷のような男が今は子供のように無邪気だ。

「髪を・・きりましょう。」

どこからもなく鋏を取り出した龍宮は鎖月を抱きかかえると隣室にある鎖月の母の

鏡台へと移動し、鎖月をそこに座らせた。

パチン―・・パチン―・・

鋏の音だけが誰もいない家に響き渡る。

鎖月の顔を覆っていた前髪が眉のところまで切られた。

後ろ髪もそろえられる。




鎖月は鏡の中の自分を見つめていた。

髪を切るたびに変貌していく自分。

祖母の家で見た日本人形のような髪型だ。

でも不思議と・・・こちらの方が馴染んでいる。

切り終えたらしい龍宮が満足げに微笑んだ。

「素晴らしい」

龍宮の言うとおりだ。

鏡の中にいるその女(ヒト)はとても美しい。

その女(ヒト)は自分をじっと見つめている。

何故そんなにこちらをみるのか。

不思議に思い首を傾げるとその鏡の顔も同じように首をかしげた。

手を伸ばすとその女も白い腕を伸ばしてきた。

「私・・・?」

桜色の唇も自分と同じように動いた。

男が耳元でクスクスと笑った。

「そうですよ。」

鏡に触れている鎖月の手に自分の手を絡ませ後ろからそっと肩を抱く。

「保我鎖月。美しくおなりなさい。」

何のために?誰のために?

でもそれはとても大切なことのように思えたから。

こくりと頷いた。

その時は何故か、それで良いのだと感じたのだった。









その日の夜、再び夢を見た。

舞う桜吹雪。

風にしなる枝垂桜。

強く吹く風に髪を抑えながらそこに一人立たずむ自分がいた。

周囲は暗いのに何故か桜の木々たちだけははっきりと見える。

花びらの色が薄桃色から赤い色へと変わっていった。

風がやみはらはらと花びらたちが落ちていく。

枝からもだんだんと花の数が少なくなっていく。

少しずつ寂しくなっていく情景の中に赤の絨毯の上に座り込んでいる女を見つけた。

女は長く美しい髪を振り乱し、両の目から涙が溢れている。

その前には花びらに埋もれかけている、更に赤い紅で身を濡らし横たわる男。

そして女と男を見下ろすようにもう一人男がいた。

その手には赤く濡れた刀が。

『お前などに渡してなるものか。』

かぼそく呟いたはずのその声はずっしりと頭の中に響いた。

一陣の強い風。

赤が目の前を埋め尽くして何も見えなくなってしまった。




そうして夢は終わった。