四.
「鎖月ちゃん、起きてる?休みだからっていつまでも寝てたら駄目よ。」
部屋の外から母の声がした。
「わかってる・・・」
布団の中からくぐもった声で生返事をした。
「あら?元気のない声ね・・・?昨日雨に濡れて帰ってきたから風でも引いたんじゃない?」
「大丈夫・・・」
「そう?調子が悪かったら病院に行ってらっしゃい。お金は置いておくから。お母さん今から出
かけてくるわね。お父さんも朝から出張でいないからね」
「ん・・・・」
「夜は何か買ってくるわ。お昼は作ってあるから・・あっもしかしたら今日お祖母ちゃんのとこか
ら荷物が届くかもしれないから宜しくね。じゃぁ、いってきます」
「・・・・・いってらっしゃい・・」
足音が遠ざかり玄関がガチャリと閉まる音がした。
鎖月はのそりと起き上がる。
何だか体が熱っぽい。
体温計をとりだして計ると千代の予想通り熱があった。
軽い空腹感を覚え作ってあったおにぎりを一個腹に入れると再び眠りに付く。
病院に行く気にもなれない・・・
どのくらいの時間が経っただろうか。
急に耳元においてあった携帯がなった―・・
気だるげに動き耳へと運ぶ。
「・・・・・・・・・・はい・・もしもし・・」
『あっもしもし?鎖月ぃ?』
「洋子ちゃん?」
電話の向こうから聞こえてきたのは甲高い元気な洋子の声だった。
『あのさ、今から遊ばない?今駅前のゲーセンにいるんだけど』
あぁだから洋子の喋る後ろの方でやかましい音がするのか・・・
「ごめん・・何だか風邪引いちゃったみたいで・・・・熱も高いから外に出れないの・・・」
『そっかぁじゃあ仕方ないね〜』
おや?
妙に今日は引きがいい。
「?うん、ごめんね洋子ちゃん・・又、今度誘って。」
『ううん。全然OK、気にしないで。じゃお大事にねぇ』
「うっ・・うん・・」
プツッときられた携帯を暫く眺め放り投げる。
断りを入れたとき、微妙に洋子の声が嬉しそうに聞こえたのは気のせいだろうか。
「・・・ま、いっか。」
今はあんまり何も考えたくはない。
昨日の事だって・・・・・いや考えるのはよそう。
頭痛が酷くなるだけだ。
今一度眠りにつこうとしたが中々眠れなかった。
暫く布団の中でもぞもぞする。
と・・・
ピンポーン―・・
「・・・・?」
もう一回チャイムがなる。
母が言っていた宅配便だろうか?
ガウンをはおって玄関まで足をすすめる。
チェーンはつけたまま、朦朧とした頭のまま扉をゆっくりとあける。
「・・・・・・はい?」
「こんにちは。」
「!?」
「風邪・・ひいたんだってね。大丈夫?傘もささずにあんな雨の中帰るからだよ、保我さん。
はい、コレ。」
いつもよりくだけた口調で親しげに話すのは近所の目を気にしてのことか。
今一番見たくない顔に余計に気が滅入ってきた。
男は白い箱を差し出してきた。
「?」
「お見舞い。」
人懐っこい顔をしてにっこりと笑うその男に鎖月は眉を顰める。
「あの・・」
「ん?何だい?」
「何か御用でしょうか?龍宮先生」
鎖月はできるだけ冷静に、かつ"先生”の部分を強調して言った。
本当はすぐにでもすぐそこで世間話をしている近所の人たちに助けを求めたかったが風邪を
ひいている今の状態ではそんな気力もなく、声も出ない。
例え、求められたとしてもこの男なら上手くやりこめてしまうような気がした。
下手をしたら加害者は自分になってしまう。
そんな鎖月の様子を見て龍宮がふっと笑った。
一気に雰囲気が変わる。
周りの温度が一気に下がった気がした。
龍宮は手に持っていた鞄をひょいと掲げてみせる。
見覚えのあるキーホールダーがついている。
洋子とおそろいでかったものだ。
「これ。昨日忘れていきましたよね?保我鎖月さん?」
「あ・・ありがとうございます。」
ドア越しにそれを受け取る。
そのまま手を引っ込めようとしたがそれは阻まれた。
「はっ・・はなしてっ・・」
自分の腕を掴む龍宮の手は力強く、とても病人の力では振り払えないものであった。
龍宮の顔が近づいてくる。
「保我鎖月さん、私ここまで歩いてきたんですよ。少し疲れました。お茶を一杯いただけます
か?」
いつの間にか扉は閉められ龍宮は鎖月の腕を掴んだまま玄関に入っていた。
「優しい優しい鎖月さん。ありがとうございます。あなたのその優しい心に感謝してお邪魔させ
ていただきますよ。」
嫌味なほどに丁寧にそう言うと、龍宮は呆然と立ち尽くす鎖月をそのままに勝手知ったように
家の中へとスタスタと入っていってしまった。
鎖月は背筋が凍るとはまさにこういうことをいうのだろうとその時実感した。
―・・ドアにはチェーンがかかったままだったのだから。
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