粉雪舞う朝日の中で
(中篇)




しんしんしん・・・


しんしんしん・・・


耳が痛くなるほど静まり返った夜の城下町。

全くの明かりもなく、只暗闇がひろがるばかりだ。
只唯一の灯といえば雪雲の間から時折わずかばかりに顔を覗かせる月明かりのみ。


―・・そしてその暗闇の中を揺れる二つの火の玉。


「寒い寒い寒い寒い寒い寒い・・・」


雷寿と般若だ。
朝からの雪が降り積もって地面はうっすらと雪化粧をしている。
今も尚降り続けている雪の中二人は傘もささずに提灯の灯だけを頼りに夜道を歩いていた。


「あぁ寒い・・何て寒さだ・・」

「これ、雷寿。情けない。背筋をのばして歩きなさい。」

「・・・・・・・そういう般若殿こそ背筋が丸まってますよ。」


情けないかな鬼狩り最強と謳われている七鬼狩りの二人でさえも自然には勝てぬものだ。


―・・寒いものは寒い。


自然の道理であろう。


「しかし本当に怪異は起こるのでしょうか?―・・かれこれ二刻ほどは歩いているかと・・・あぁこの道、
もう三度目ですよ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・帰りませんか?」

「何をいいますか。これも修行のうちですよ―・・うぅっしかし本当に寒いですね―・・人生は何事も修行で
す。苦行を乗り越えてこそ真なる道が開かれるというもの―・・あぁ温かいお茶が飲みたいですねぇ」


真面目なのか不真面目なのかわからない般若の言葉に雷寿は溜息ともつかない吐息を洩らした。
吐く息までもが白い。


(何か本当に帰りたくなってきた・・)


がっくりとうなだれる。
もう何というかさっさとこんなこと終わらせて里に帰りたかった。



―・・だがそれは突然やってきた。



「!?」

「雷寿!!」


悪寒。
重い空気。不快な存在。

周りの空気が別のものへと姿を変える。


あっという間に二人の周りに現れた闇よりも濃い影達。
それは闇の色を落とすかのように身震いする―・・闇の外壁が取れ中から青白い炎が現れた。
生臭いにおい。
これは死臭だ。
人型のその炎がユラリユラリと揺らめいている―・・その眼窩に浮かぶのは底なしの闇と赤い瞳。


「ようやくおでましですか・・」

「しかしコレの何処が只の幽鬼なんでしょうね?―・・何だか話しに聞いてたよりも殺気だってるんです
けど?」

「そんなこと私に聞かれましてもねぇ・・まぁ向こう様も本気を出されてきたということでしょうか―・・ねっ」


般若の錫杖がブン―・・とうなり飛び掛ってきた幽鬼をなぎ倒した。

それに続いて雷寿は背負っていた宝剣"光陽(コウヨウ)"を抜き放った。


「はぁっ―・・!!」


炎が塵芥となって消し飛ぶ。

暫くその場には打ち合う音と二人の息づかいだけが響いた。


―・・時間としてはものの数分のことだったのだろう。
意外なほどあっけなく二人は戦いを終えるとその場に立ち尽くしていた。


何時の間にか雪はやみ、雲の間から完全に月が顔を覗かせている。


「―・・なめられているのか・・はたまた只の小手調べか・・」

「どちらにしろ敵は私たちの介入を快くは思っていないようですね・・・」


月光に照らされる二人は落ちた提灯を拾い上げるとぐるりと周りを見渡した。


「今日はここまで・・といったところでしょうか。」

「・・・・・・・・・・・・」

「雷寿?」

「―・・お静かに、般若殿。」


と、突然雷寿は光陽を手に駆け出した。

向かうは斜め先にある一つの柳の木。

剣は真っ直ぐ軌道をえがき振り下ろされた。
柳の枝がばっさりと切り落とされる。
―・・そしてそこから飛び出した一つの黒い影。


「何奴っ!?」


すかさず雷寿はその影を追って剣を振る。
だが彼の剣技を前にその影はまるで躍っているかのような軽やかさでそれをかわしていく。


「くそっ―・・!!」


苛立つ雷寿の目の前にすっ―・・と白くて細長いものが伸びてきた。


「!?」


それが指だと判ったのは二呼吸した後のこと。

トン―・・とその指先で額をつつかれた。
そう、ただ軽くつつかれただけなのに雷寿の身体は大きく後ろへと飛ばされ、彼は態勢を崩しながら地面
にこすり付けられるように激突し、倒れこんだ。


「雷寿!?」


般若が急ぎ彼を抱き起こす。


何だ?今何が起こった?


ただ呆然と雷寿は目の前に距離を保ってたつ影を見るしかなかった。
そして月光を背に受けたつその男の容姿にはっと眼を瞠る。

そう、男だ。
美しい―・・禍々しいまでに美しい男。


「そなた―・・何者です。」


般若の声が珍しく緊張しているのがわかった。

そう、それほどまでにこの目の前にいる男は異質だった。


「―・・鬼狩りの一族の人間か・・・・」


その口から出た言葉は小さいが不思議なほどあたりに響くものだった。


「この地に蠢く陰の気に引き寄せられたか」

「―・・ならば如何しますか?」

「別に―・・どうとも」


無関心に男は呟いた。


「そなたは此度の怪異に係わり合いがあるのですか?」

「―・・否・・と応えておこう」


男はふわりと身を翻した。


「鬼狩りの者よ・・お前達が私の邪魔をしなければお前達がどう動こうと干渉はしまい。それをしかと心に
とどめておくのだな」

「・・・・」


般若の見えない目が真っ直ぐに男を捕らえた。
男がふっと笑った―・・ようなきがした。


「月夜の元での散策に面白いものが見れた―・・童(わっぱ)、お前の剣技、中々のものだった・・・一つ
忠告しておいてやろう―・・闇は間近にあるぞ、気をつけることだ」

「まて!!物の―・・むがぁっ!!」


飛び上がりその男を追いかけようとした雷寿の口を般若はふさいで押さえつける。


「―・・っ!!般若殿!!何をなさるか!!」

「落ち着きなさい、雷寿。―・・アレは下手に太刀打ち出来るような相手ではありませんよ。」

「―・・っ」


般若の言葉に雷寿は唇を噛締める。

もう一度夜道に視線を戻すと―・・そこにはもう男は居なかった。


そしていつのまにか再び月は雲に覆われ辺りを闇が支配した。





                              *




―・・翌日。


一行は朝一番に例の御殿医の屋敷へと赴いたが早々に門前払いをくらった。

なんでも城からの呼び出しがあったとか。


「またあの城に赴かなければなりませんか・・」

「まぁ良いではないですか、雷寿。―・・羽柴殿、手筈をお願いしても宜しいですか?」

「えぇ、お任せ下さい。」


羽柴は元気よく頷くと子犬のように城の方へと駆け出していってしまった。
彼の後ろに続いて連れの一族の者もも先行する。
結構年の言っている武士に対して"子犬"のようというのはどうかとも思うのだがそうみえるのだから仕方
がない。
その後姿を眺めながら一行は足を城へと進めさせる。


「般若殿・・昨夜のあの男・・一体何者だったのでしょうか。」


剣技を見抜かれたのが相当悔しかったのだろう。雷寿は眉間に皺を寄せながら般若に意見を求めた。


「そうですね・・・人ではないのは明らかでしょう。」

「では、やはり―・・」

「かといって物の怪―・・"妖の者"でもない。アレからはもっと別の気配を感じました。」

「別の・・・ですか?」


こくりと般若は頷く。
あの異質な存在は今まで彼が感じたことのない気配を身に纏っていた。


(そう・・どちらかというとアレは―・・)


「―・・般若様!」


前方から一人、一族の者が戻ってきた。


「どうでしたか?」

「はっ。それが件(くだん)の医者は只今城主殿の奥方の治療にあたられているとかで―・・」

「時間がかかりそう・・・ですね。」

「はい。暫く城内にてお待ちいただけるように―・・とのことですが・・・いかがされますか?」

「そうですね・・・わかりました。城内にて待つとしましょうか。」





                               *





昼間だというのに城内はひっそりと静まりかえっていた。

空にはいまだに雪雲が停滞しており、日の光も差さないどんよりとした天気だ。

般若と雷寿の二人は城内の庭先にてお呼びがかかるのをまっていた。


「しかし―・・昨日も思いましたが町のものも含めこの城の者達、皆、覇気がありませんね・・」

「これも怪異の影響・・ということでしょうか。奥方の病というのも怪異によるものでしょうか?」

「それはまだわかりませんね。―・・羽柴殿!こちらですよ!!」


木廊にてキョロキョロと二人の姿を探す羽柴に声を掛けるとこちらにきづいた羽柴が「おぉ!」と声を上げ
て庭先に降りてきた。


「このようなところにおられましたかお二人とも。中にてお待ちいただければよいものを・・」

「いぇ。我等はここで充分ですよ。」


やんわりと断りを入れる般若に「そうですかぁ?」と羽柴は首をかしげる。
実を言うとあまりこの城には足を踏み入れたくないのだ。
なんというか・・・町を見回って判ったことだが、ここが一番"溜まって"いる。


(恐らくはこの城のどこかに"潜んで"いるな・・)


あまり大きいともいえない城を見上げ雷寿はそう思った。


「所で、何か御用でしたかな?」

「え?―・・あっそうそう。そうでした!いやぁいけないなぁ最近物忘れが激しくて―・・」


照れくさそうに羽柴は頭の後ろをかく。


「御殿医殿が問診を終えられ帰られるそうですよ。部屋を一室用意いたしましたのでそちらでお話を。」

「かたじけない。」


”ではこちらへ―・・"と羽柴に促され中へと踏み入ろうとしたその時だった。


「―・・羽柴、その者達ですか?鬼狩りの一族という者は。」


女の声だ。
見ると対の木廊から女中を幾人か従えた色の白い女性が立っている。


「これは奥方様ー・・!!」


羽柴はその場にばっと方膝をついた。


(あれが―・・)

(雷寿。)


般若に耳打ちされて慌てて雷寿も身を折った。
そっと顔をあげてその顔を盗み見る。
顔は白いが―・・そこまで病弱そうにはみえない。
むしろ毅然としていて、そして何処となく妖艶だ。


(毒々しいな・・・)


彼女に対する第一印象はそれだろう。
そう・・毒々しい妖艶さ。


「お初にお目にかかります。私は鬼狩りの一族、般若、と申します。」

「そなた、目が見えぬのか?」

「左様にございます。」

「それで、物の怪が退治できるのかえ?」

「モノが見えなくとも力を行使するのに支障が御座いません故。」

「ほっほっ・・・・よく言う。―・・それではそちらの働きに期待しようかの。」


それだけいうと奥方はそのままその場を後にしていった。


「羽柴殿―・・その失礼ですが本当に奥方はご病気なのですか?私が見る限りではお元気そうに見えま
すが・・・?」


雷寿が遠慮がちに聞くと羽柴も、はぁ・・と少し困ったように生返事をした。


「元々がご気性の荒い方でした故・・・・・傍から見ればあまりお変わりようにないようにもみえますが確かに
ご病気でございます。最近ではあぁやって出歩かれることも珍しく。お部屋の中におひきこもりになるばかり
で・・はい。」

「そう・・ですか。」




三人は立ち上がると羽柴の先導である一つの部屋へと通された。

その中には一人の男が正座して既に待機していた。
黒い着物を纏った美しいが―・・どことなく陰のある男。

そしてその人物を確認した瞬間―・・


「おまっ―・・!!!!!!!!」


雷寿は驚きに叫び、その直後、後頭部に受けた打撃に声にならない叫びを上げた。

男はその騒ぎに動じることもなく無表情のまま頭を下げた。


「―・・御殿医の、龍宮、と申す。」









                                                               







予想外です・・こんなに長くなるとは・・・(汗