粉雪舞う朝日の中で
(後編)
羽柴が下がった後も暫く部屋の中には重い沈黙が流れた。
雷寿は目の前に座る男を只睨むばかりだし、睨まれている龍宮といえばその鋭いまでの視線を何ともせず
に出されたお茶を静かに啜っている。
そんな中、般若が口を開けたのは只、単に年の功・・・・というものの賜物だろうか。
「あなたが御殿医殿・・ですか。」
「左様。」
龍宮は湯呑みを置くと肯定した。
「龍宮殿、あなたがこの城にきてからおこっているこの怪異・・・医者のあなたからみてどうですか?怪異が
人々に及ぼす影響というものは・・」
「そうですね―・・医者の目から言わせていただければ」
そこでいったん龍雪は言葉を切った。
「現状は刻一刻と負の方向へと進んでいるように思われます。」
「ほぉ?やはりあなたもそう思われますか。」
「えぇ。この城のものを中心に容態が芳しくありません。体力のない年寄り子供から次々と床にふせってい
る状態ですね。」
眉を悲痛にひそませ語る龍宮。
その様子は昨夜であったときに比べるとあまりにも違いがありすぎた。
今目の前にいるこの男は確かに昨日の男だ。
だが何というのだろう・・まとう空気があまりにも違いすぎる。
昨夜の男には感情が一切なかった。氷のように冷たい。そう―・・”無”だった。
だが今目の前にいる男には"感情"があるようにみてとれる。
"人間らしい"のだ。―・・もしこれが演技の一つだとしたらその技量ははかりしれない。
言葉や仕草を変える程度なら少し技術を学んだ人間にだって出来ることだろう。
だが内面から―・・そのまとう"気"のかたちさえも変えて見せてしまうことが出来るこの男・・・
やはり只人ではないということなのだろう。
やはり仕掛けてこないということはこの男は無関係なのだろうか?
恐らく"敵"ではないと判断する―・・かといって味方でもないのだろう。
般若は内心冷や汗をたらしながらも思考を繰り広げていく。
ではどうするか?
ひとまずこの男は放っておいても大丈夫だろう。
この男はこちらには干渉はしてはこないだろう―・・こちらが男の邪魔をしなければの話だが。
だがそうすると何故この男はココにいるのか?
何故怪異と同時期にここに足を踏み入れたのか。
男の目的は?
邪魔をするな・・とはいったがいったい何の邪魔なのか?
(さて・・どうしたものか・・・)
「龍宮殿、最後にもう一つお聞きしたいのですが―・・」
「はい、何でしょうか?」
試行錯誤の上選びぬいた質問を口にする。
「あなたはこの怪異どう見ます?」
「どう、と・・ですか・・」
ふっと龍宮が笑みをこぼした。
「煩わしく醜いものだと思いますよ。何より不快で仕方がない。」
「そうですか。―・・いや、すいません、お時間をとらせてしまって。もう宜しいですよ。」
「いえいえ、こちらこそ鬼狩りの方々のお役に少しでも立てたのなら光栄ですよ。」
互いに一礼しあう。
「それでは私はこれにて。」
「えぇ、有難う御座いました。」
龍宮は部屋を退出する間際に一度振り返った。
「―・・一刻も早く怪異をおさめられますよう御武運をお祈り申し上げますよ。」
そして彼の気配が完全に遠ざかってから雷寿はだぁぁぁっと立ち上がった。
「一体何者なんですあいつはっ!?」
「まぁ落ち着きなさい雷寿。」
「何故そうも落ち着いておられるのですか般若殿―・・!!」
「あわてふためいても仕方がないからですよ。まぁすわってお茶でも一服―・・」
「そんな場合じゃ―・・ってうわぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁ!!!」
例によって般若の錫杖が雷寿の足をなぎ払った。
尻から勢いよく転倒した雷寿は目じりに涙をためながらも何とかおきあがる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・〜っ・・・般若殿お恨みもうしあげますぞ。」
「血の気が多いことは結構ですが何事も冷静に対処するのが一番ですよ。」
ずずっと茶をすする。
「まぁ多分彼は目的の妖の者ではないでしょう。」
「”多分”って!?”多分”ってなんですか!?」
「かといって味方でもない。―・・ですが」
「無視ですか。無視して話を進めるんですね。」
「彼の"目的"というものの邪魔さえしなければ我等も順調に"狩り"が行えるというものです―・・って雷寿、
どうしましたか?何をいじけているのです?」
「いじけてなんかいませんっ!!―・・あぁもう鈴鬼那・・なんで俺とこの人組ませたんだよ・・・」
後半ブツブツと何かを呟いていたが般若はそれも聞かなかったことにした。
「―・・まぁそんなわけです、雷寿。あなたも早く里に帰りたいでしょう?さっさと要件を済ませるとしましょう。」
「―・・ってどういうわけです!?要件を済ませるって・・・目星はついているのですか!?」
急な展開についていけなくなった雷寿はもう只叫んで驚くことしか出来なかった。
そんな彼に般若は口元でにっこりと笑って見せた。
「えぇ、勿論ですとも。―・・さぁ雷寿、ぐずぐずしているとやられてしまいますよ?あちらさんは待ってくれない
ようですからね。」
ブワッ―・・と室内に黒い霧が立ち込めた。
生暖かい空気・・・・・二人の周りには昨夜と同じモノが囲んでいた・・・
*
「あれですか。つまりは我等をここに呼びつけたこと事態が"嘘"だったと?」
ばっさばっさと"影"たちをなぎ倒しながら雷寿は溜息をついた。
まんまとハメられたものだ・・・
「えぇその様ですよ。まったく"鬼"も"妖の者"も最近知恵をつけてやりにくいったらありゃしないですね。」
飄々とした般若の物言いに雷寿はむっと顔をしかめる。
「気付いていたのなら何故もっとはやく教えてくれなかったんですか。」
「おや、私だって気付いたのはつい今しがたのことなのですから仕方がないでしょう。」
”確信”したのはついさっき。
”罠”だと思ったのは―・・この国にきてからのこと。
「―・・日をかけて己の”瘴気”を国に浸透させていったのでしょう。その御蔭で気配が随分と掴めませんで
したが・・」
階段を駆け上がり城の最上部へとやってきた。
「むっ―・・何だお前達は!?呼んだ覚えはないぞ!」
「呼ばれた覚えはないですね。あなたには用はありませんので少し静かにしてください。」
側室に酒を盛らしていた城主が突然現れた鬼狩りの二人に激昂するが般若はそれをあっさりと流すと錫
杖を一度高く打ち鳴らした。
「きっさまぁ―・・!!―・・!?〜〜〜〜〜〜!?」
すると、続けて罵倒しようとした城主の口が硬く閉ざされた。
「私が用があるのはそちらの方ですよ。ねぇ?奥方様?」
般若が声を掛けると脇の柱の影からあの妖艶な女性が姿を現した。
「気付きおったか。」
赤い唇がにぃっとつりあがる。
そしてその唇はつりあがることを止めず、ついには耳までソレは裂けた。
口内は真っ赤な空洞。そこに生えるのは二対の鋭い牙。
ギョロリとその目玉が動き反転すると赤い瞳が現れる。
”奥方”であった”モノ”は次々に人の皮を脱ぎとっていった。
メキメキという皮膚のわれる嫌な音を立ててその額からは一本の角が生える。
薄汚れた醜い角―・・それこそ”鬼”の証。
その様子を間近で見た城主は閉ざされた口で声にならない悲鳴をあげ、側室の女達も甲高い悲鳴をあげ
て後ずさった。
「―〜・・っ!?」
「ひぃっ―・・物の怪っ」
ギョロっとソレの瞳がそう叫んだ側室に向けられる。
ザッ―・・とその首が飛んだ。
「ひっひぃぃぃぃぃぃ・・・」
「五月蝿い女子(オナゴ)共よなぁ・・・媚びることしか能にない虫けらが・・」
頭部のなくなったその身体を片手で持ち上げると鮮血滴るその首元にソレは口元を近づけ―・・ズズッと
貪った。
「―・・だが血肉は格別・・」
うっとりと告げる口元からはダラダラと血がこぼれ出る。
「貴様―・・!!」
光陽を閃かせ雷寿がソレに斬りかかる。
「はっ―・・鬼狩りの童めがっ」
ソレは手に持っていた死体をブン―・・と投げつけてきた。
「くっ―・・」
斬り払うわけにもいかず雷寿は投げつけられた女の死体を肩でうけ流す。
するとその一瞬の間に例の影達が彼らの周りを取り囲んでいた。
「ほほほほほ―・・まんまと我が手中に飛び込んできおって!!うつけ者めらがっ!!」
血が滴る口元を袖でぐいっとぬぐうとソレは声高く笑った。
「あぁっ!ほんに素晴らしき力ぞ!!身体に力が漲ってきおるわっ!!ほほほほほほほ!!!」
「―・・鬼に・・・喰われましたか。」
その般若の言葉にソレは再び笑った。
「否―・・妾が自ら手をとったのじゃ!!妾自身がこの力を望み、得た力じゃ!!」
「そうですか・・」
ならば。と般若は続けた。
手にする錫杖が高く打ち鳴らされた。
「―・・容赦は致しません。」
「ほっ―・・うぬに妾がやれると思うか!!片腹痛いわ!!」
ソレが腕を振り上げる。
影が増殖した。
それはぐにゃりと歪むと互いに吸収しあい個体から一つの巨大な影となる。
「飲み込まれてしまうがいい―・・!!」
ソレが勝ち誇ったように叫んだ。
その掛け声と供に津波のように影が盛り上がって二人の頭上に迫る。
だが―・・
「南無八幡台菩薩・・・」
般若が懐からじゃらりと長い数珠を取り出す。
片手に錫杖を手にしたまま、数珠を掴んだその手を前に突き出した。
「―・・飛び交え、”光国(こうこく)”」
名を呼んだ瞬間、手にした数珠は光を放ち無数の放物線を描いて"伸びた"。
「なっ―・・」
般若の光国は巨大な影を幾重にも縛り付けると勢いよく絞めつけた。
絞め杖つけられた影といえば少しの間ぐぐっ・・と抵抗を見せてはいたもののあっという間にパン―・・という
音を立てて弾けとび霧散した。
シュルシュルと光国が般若の手の中におさまっていく。
彼は顔を呆然と立ち尽くす"鬼"にゆっくりと向けると低く囁いた。
「・・・・さて・・・・次はあなたの番です。」
ぞくっ―・・
「ひっ―・・」
ソレを目にした"鬼"は後ずさると脱兎の如くその場から逃げた。
「待て―・・!!」
*
何だあの力は。
あれだけの"魔"を一瞬で滅してしまったではないか。
息を切らしながら"鬼"は走り続けた。
「聞いていない・・・あんな者達のことなど聞いていないぞ!!」
何故私が逃げなければならない。
「何故だ―・・力を手にし、人を超えた私が何故!!」
あんな人間の僧侶一人に怯えなければならないのだー・・!!
あの盲目の僧侶―・・
本当に目が見えないのか?
一体何なのだあの威圧感は―・・!!
「屈辱だ!!屈辱以外の何者でもない!!」
そうだ!!私は人を超えたのだ!!
至高の力を手に入れたのだ!!私が負けるなど!!
「こんな所で終わってたまるものか―・・!!」
と、"鬼"の視界に黒い人影が飛び込んできた。
「おぉっ、そなたはっ!!」
振り返ったその男は御殿医としてやってきた美しい男だった。
姿を変えた自分を見てもその顔は驚くこともない。
やはりそうだ―・・この男は"同類"なのだ!!
するりとその身体に擦り寄って白い頬を艶かしく撫でつけた。
「あぁ・・ほんに美しい男よのぉ・・毛色の変わった気配を持ち合わせておったのには気付いてはいたが・・・
やはりお主も妾と同類じゃったか・・」
「同類・・?」
そこでやっと龍宮が口を開いた。
その声も美しい。
「そうじゃ。―・・妾と主は同類じゃ・・のぅ?妾と手を組まぬか?主もあの鬼狩りどもは目障りじゃろうて・・・
供に手をとりあれを倒そうではないか・・」
「・・・・・」
龍宮は何もいわずにうっとりと誘いをかけるその"鬼"の瞳を見つめ返した。
そっと自分の頬に置かれたその手に自分の手をかぶせる。
―・・と。
足音がして廊下の角から追いかけてきた雷寿たちが姿を現した。
「―・・っ!?お前―・・やはり仲間だったか!!」
鬼と一緒にいた龍宮の姿を視界に入れた雷寿は驚きに眼を瞠るとそう叫ぶ。
「もう逃げ場はありませんよ。」
「はっ!!ほざけ鬼狩が!!我等が力をもってすれば貴様等など―・・」
「"我等"・・・・だと?」
そこに突然割り込んだ声が一つ。
今まで沈黙を保っていた龍宮だ。
その声にはっとして顔を上げればそこには冷笑する美しい男が一人。
―・・その表情に思わず悪寒が走った。
「"同類"といったな?」
鬼はこの男が初めて"怖い"と思った。
美しいのに―・・その気配はとても恐ろしい。
「そっ・・そうじゃ・・・!妾と主は同じ”モノ"ではないか―・・」
「同じ・・・と?」
くくく・・・と龍宮が笑った。
彼は掴んでいた鬼の手を頬から引き離す。
黒髪の間から凍てつくまでに冷たい目が"鬼"を見下ろした。
「思い違いも甚だしい」
「ひっ―・・」
掴まれた手が痛い。骨が砕ける音。ボキッ。
龍宮が空いている片方の手で恐怖に引き攣る"鬼"の顔を鷲掴んだ。
「塵は塵らしく散れ」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁああぁぁあああああぁぁあああああああ!!!!!!!!!!!!」
「!?」
天までつんざくような鬼の叫び。
光がばっと溢れて、一瞬にして消えた。
ぱさり―・・と衣の落ちる音。
そこにはもう"鬼"の姿は無かった。
ただ落ちた衣の中に灰が積もってあるだけだった。
「貴様・・・一体何者なんだ・・・」
あっという間の出来事に雷寿は呆然と呟いた。
男の手から溢れた気―・・それは人間のものではなかった。
かといって妖の者のような闇の力でもない。
もっと神聖な―・・そう"神気"に近いものがあった。
未知なる存在だ。
雷寿の背中を一筋の汗が流れる。
と、そのときその場の緊張を無視したかのような声が響いてきた。
「お二人とも〜!!お怪我は御座いませぬか!!」
羽柴だ。
何処に隠れていたのか無事だったらしい。
ブンブンと手を振りながらこちらに駆け寄ってくる。
「おぉっ!!龍宮殿もご無事のようで何より!!いやぁ・・それにしても奥方様が鬼だったとは・・・おや?」
羽柴は灰の塊に気付きその側に近づいていった。
「この着物はもしや―・・」
傍らに座り込み南無阿弥陀仏と唱えた。
「おいたわしや、奥方様。何故このようなことに・・」
嘆く羽柴に般若は優しく声を掛ける。
「鬼に魅入られたのでしょう。人とは弱き生き物です。誰にでも心の闇がある。だからこそ"魔"に付け入れ
られやすい。所で羽柴殿―・・」
「はい?何でしょうか?」
「そろそろ、この茶番も終わりにしませんか?」
「へ・・・?」
突然の言葉に羽柴は首をかしげた。
「あの・・一体どういう・・・?」
「我々もまんまと騙されましたよ・・あなたは余程人間の真似がお上手のようで。しかしですね、少しばかり
頑張りすぎてしまったようですね。」
シャラ―・・と錫杖の先が羽柴の喉下に突きつけられた。
「どれだけ体力に自身があっても、この瘴気溢れる国の中で三ヶ月もいれば自然と身体は弱るものですよ
。―・・あなたは元気すぎた。」
「―・・っ」
と、突然羽柴の顔が豹変した。
そのまま床をけって高く跳ぶ―・・
「雷寿!!」
「逃がすかっ―・・!!」
雷寿も床を蹴り跳躍した。
光陽がきらりと閃く。
大きく振りかざし・・
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
羽柴という侍に化けていた"鬼"は断末魔の悲鳴を上げることもなく頭から真っ二つに両断された。
その身体は宙で炎に包まれると、床に落ちるまでの間に風に解けて消えていってしまった。
かくして一連の怪異は元凶の鬼を"狩った"ことによっていともあっけなく幕を閉じたのだ―・・
*
朝になっても雪はいまだに降り続いていた。
朝日がうっすらと辺りを照らしている。
その中を黒ずくめの一人の男が国の外に向かって歩いていた。
「待て」
するとその行く手を阻むかのように一人の青年が柳の影から姿を現した。
「貴様一体何者だ?」
「―・・それを聞いて何とする?」
龍宮の返答に青年はむっと眉を顰める。
くすくすと笑い声がする。
みると、青年の後ろから盲目の法師が姿を見せた。
「何ともしませんよ―・・ただの好奇心・・とでもしておきましょうか。」
その言葉に龍宮はふっと笑った。
「世の中には知らないほうがいいこともある―・・というのは人の世の格言ではなかったか?」
「されども人という生き物はあくなき探究心があるというもの。知るな―・・といわれれば知りたくなる欲の
深いものなのですよ。」
「くっ・・よく喋る口だ。」
龍宮はそのまま歩き出した。
二人を通りこして―・・暫く言ってからふと立ち止まった。
「―・・童。ならば聞くが、お前は何のために闘っているのだ?何のために鬼を屠(ほふ)る?」
龍宮の言葉に雷寿は迷うことなく応えた。
「守るものがあるからだ。俺には守りたい人がいる。幸せにしたい人がいる。その人の笑顔を守るために
俺は闘う。それ以外に理由などない。」
どこまでも真っ直ぐなその瞳に龍宮は目を細めた。
(人間の割に・・良い目をしている)
「そうか・・」
そこまで聞くと龍宮は再び背を向けた。
「待て!!」
「・・・・まだ何かあるのか?」
首だけを後ろに回すとその青年はばっと頭を下げた。
その突然の行動に龍宮は軽く眼を瞠った。
「何の真似だ?」
「此度の件、感謝する。」
「・・・あれは私の癇に障ったから消したまでのこと。別にお前達に加勢した気は毛頭ない。」
「それでも―・・だ。あんたの助言の御蔭で気付いたこともあるからな。」
雷寿の後ろで般若も軽く頭を下げていた。
(まったく・・・人間という者は本当に不可解な生き物だな)
だからきっとこれから自分が言おうとしたこともその人間達の"不可解な毒気"にあてられた影響だと判断
することにした。
「童、お前の気持ちもわからなくはない・・・・私にも、この命に代えてお守りしなければならない御方がい
る。」
龍宮の突然の言葉に、え?と雷寿は顔を上げた。
「私がこの世にあるのは全て我が主のためだ。我が魂、我が血肉は全てあの方のためだけにある。―・・
その点、お前と私は似ているのかもしれないな。―・・そなた達の行く先に月の加護あれ。」
そこまでいうと龍宮は歩き出した。朝日が昇る方向へと。
これからも続くであろう長い長い旅路に足を向けて。
「―・・道中お気をつかれていかれよ!!」
遙か後ろから青年の掛け声が背中に届く。
―・・ゴォーン
どこか遠くのほうで山寺の鐘が鳴った。
*
気が付くと除夜の鐘はつき終わっていたようだ。
新年をむかえあちらこちらで”あけましておめでとうございます”と言い合っている。
「さて・・・いくか・・・」
立ち止まっていた龍雪は歩みを始める。
いまだに多くの参拝客が本堂に向かって進んでいた。
先程よりも人口が増したかもしれない。
だが、その中をすいすいと龍雪は進んでいく。
ふと、参拝客の声が耳に届いた。
「―・・兄さん早くこいよ。トロトロしてるとおいてくぞ」
「そう急ぐなって、ぶつかって転んででもしたらどうするんだ。」
「兄さんじゃあるまいし大丈―・・うわっと!!すいませんっ」
中学生ぐらいだろうか・・余所見をしていた少年が龍雪に"ぶつかった"。
後ろをついて歩いていた―・・恐らくは兄弟なのだろう―・・大学生ぐらいの青年も龍雪を"見て"ペコリと
頭を下げた。
「ほら、いっただろ?―・・どうも、すいません。滝、いくぞ。」
「いてて・・いっぱるなよ!!もう子供じゃないんだからっ」
「そういってる間は子供なんだよ。そんなんじゃ今年も鈴鬼那を見つけられないまま終わるぞ?」
「うっさい!!」
その兄弟が遠ざかっていくのを龍雪は思わず立ちどまり、その姿が雑踏に埋もれるまで見続けてしまった。
見覚えのある魂の色。
「・・・・成程。中々因果なものだ。再び修羅の世界へと舞い戻ってきたか。」
龍雪は苦笑すると空を見上げた。
いつの間にか雪はやみ雲の合間からはあの時と酷似した月が顔を覗かせていた。
「彼らに月の加護あれ―・・」
*
「?京介兄さん、どうかした?」
立ち止まってついてこない兄に、滝は声を掛ける。
京介のほうといえば背後の人ごみをじっとみつめている。
「何?なんかあった?」
「いや・・うん・・・・なんかさっきの人見たことがあるようなないような・・・」
「さっきの人?」
「あ〜・・・うん・・・気のせい・・・かな?」
首をかしげる京介に痺れを切らした滝はその腕を引っ張る。
「まったくぼぉっとしてるのは般若のときと全く変わってないんだから。さっさといくよ!!」
「わかった!!わかったから袖をひっぱるなって!!」
その兄弟の様子を雲の合間から覗く月明かりがそっと照らしていた・・
戻
スイマセン・・これでやっと終わりです。
むやみやたらにながかったです・・・(汗