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粉雪舞う朝日の中で
(前編)

このお話はお正月特別企画、本サイト掲載の「鬼狩」と「月夜姫」のコラボ
小説です。
お話をよりいっそう楽しむためにも両小説をお読みいただくことをお薦め
します(笑



ゴーン・・と大きく重い音を立てて除夜の鐘が響き渡った。

境内を行く沢山の人々が”あっ"とか”おっ”とかと声をあげその音に耳を澄ませる。

夜も更けきった真夜中―・・
普段は閑散としている寺の境内は参拝客で隅々まで溢れかえっている。

立ち止まることも許されないその人波は本殿のほうへと向かって進んでいく。
こんなところで立ち止まろうものなら周りからの非難の目が飛び交うことは間違いない。

だがそのごった返す雑踏の中、一人の男が立ち止まっていた。それも道のど真ん中で―・・だ。

長身の、頭から足の先まで全身黒ずくめのその男は―・・それだけでも充分目立つというのに、
更にそれに付け加えて容姿も整っている―・・雑踏の中から本殿をまっすぐ見つめたまま微動だ
にしない。
そして不思議なことに周りもその男にぶつかることもなく―・・いや、その存在が目に入っていない
かのようだ。誰一人としてその目立つ容貌の男に目をくれてもいない。


男は暫くそのままの状態ではあったがふと、本殿から視線を外すと溜息ととれる吐息を一つもらし
て身体を反転させた。


(ここも違ったか。)


男は名を龍雪といった。

龍雪は人波をつききるように逆方向へと歩き出す。
誰にぶつかることもなく、影のように歩く。


(一体・・・何処におられるのか・・・)

再び嘆息する龍雪。

ひらり―・・と


(・・・・?)


眼前を横切った白いそれをおって顔を上げる。
すると暗い空からしんしんと白いモノが沢山降り注いできた。


「雪・・・・・か。」


しんしんしんしん・・・

そういえば。


(あの日もこんな雪だったか・・)


龍雪は遠い、遠い昔のある日の記憶をふと思い出した。
何故今、雪をみただけであのときのことを思い出したのか、それは彼自身にもわからなかったが・・

―・・とてもおもしろい人間達ではあったな。

あまり人間のことを快く思っていない龍雪でさえも、好意をもてた貴重な人間達。

その顔を思い出してみようと思ったのもただの気まぐれか。




ゴォーン・・・

鐘が鳴った。






 
                             *







真っ白な空から同じく真っ白な大量の粒が降り注いでくる。


「雪・・・・・・か。」


それを見た一人の青年がかすかに頬を引き攣らせた。


「寒いのは嫌いなんだがなぁ・・」


結い上げることなく背中に流された若干色素の薄いざんばら髪をわしわしとかき乱しながら一人ごち
る。
その左頬には特徴的な二本の赤い刺青が彫られている。


「若い者が何を言いますか。もっとしゃきっとしなさいな。」


するとどこからともなく姿を現した、法衣に身を包んだ男が青年に突っ込みを入れた。
肩口で切りそろえられた髪が揺れる。
よく見るとその男の左頬にも同じ刺青が彫られていた。
目には白い布が覆いかぶさり、光を閉ざしている。
盲目の男―・・般若は手に持っていた錫杖をふりあげると容赦なくそれを青年の頭に叩き込む。


「―・・った!!!般若殿!!いきなり何をなさいますか!?」

「若いのにしゃきっとしない君が悪いのですよ雷寿。よいですか?我慢も修練のうちですよ。心頭滅却
すれば火もまた涼し―・・というではありませんか。寒さとて同じことです。」


説教をする般若に、雷寿と呼ばれた青年は少しすねたように頬を膨らませると頭をおさえながら応えた。


「わかっていますよ。それに任務に支障をきたしはしませんから安心してください。」

「宜しい。―・・いやぁ、しかしそれにしてもやはり北は冷え込みますね。寒い寒い。」


般若はそういうとどこから取り出したのか厚手の上着を一枚羽織りだした。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・般若殿?」

「私は君と違って若くはないですからね。もうすぐ四十を数えますよ?さっ、先を急ぎましょうかね。」


すたこらさっさとその場を離れていく般若。

その後姿を見ながら「この野郎てめぇとび蹴りくらわせるぞ。」と口にこそだしはしないが本当にそう心の
なかで思った雷寿は拳をわなわなと震わせながらもその場を般若と供に後にした。



                             *



―・・"鬼狩り"

そう呼ばれる一族がある。
人の世を跋扈する魑魅魍魎を狩ることを生業とする・・・古来よりこの地に根付く古の民の一つ。
それが彼ら鬼狩りだ。



                             *



「何だか一気にやる気が無くなって来ましたよ、俺は。」


あてがわれた屋敷の一角で雷寿はそう呟いた。


「これ雷寿、そういってはいけませんよ。―・・まぁ気持ちはわからなくもないですが。」


茶をすすりながら般若も苦笑した。


般若と雷寿―・・それと一族の(七鬼狩りではない)者を四人ともなった一行は京の都よりより北にある小
国へと訪れていた。
今回一族に"鬼狩り"の要請をしてきたのはこの国の城主。
戦がたえない―・・というわけではないがそれでもいつよその武将に攻め入られるかわからないこの不安
定な時代におきた城下での怪異。
その原因となる"鬼"をつきとめ狩りだせ―・・というのがこの城主の要望なのだが・・


「何ともやる気のない奴でしたね。」


謁見した城主のあの態度をおもいだした雷寿は再び腹が立ち始めたのか乱暴に入れられた茶をすすった。


「”後は勝手にやってくれればよい。但し下手に騒ぎは起こすな。”でしたからね。案内(あない)役を一人
つけるとはいってはいましたが・・まったくやる気があるのかないのかわからない方でしたね。」

「怪異の方もとくに死者がでている・・というわけではないのでしょう?"鬼"の仕業とも断言できないのだ
し・・・やはり私たちが出てくる必要性もなかったのではないのですか?」

「確かに。別の一族のものを赴かせれば良い程のモノではありそうですがね・・しかし鈴鬼那の命なのだか
ら仕方がないでしょう?」


鈴鬼那の名を出され、うっと雷寿は言葉をつまらせた。

そう、七鬼狩りである彼ら二人を今回の任務に同行させるよう指名したのは鈴鬼那でもあるのだ。


「彼女が"何か"を感じ取ったのですから仕方がないでしょう。―・・何がでてくるのかは知りませんが芽の
内につみとれるようなモノであるならさっさと潰しておくことにこしたことはないでしょう。」

「・・・・・・・まぁそれもそうですけどね。」


よいしょっと般若が腰を上げた。
すかさず雷寿は茶々を入れる。―・・先ほどの仕返しといわんばかりに。


「般若殿、爺クサいです。」

「五月蝿いですね、雷寿。歳をとれば口に出し方が楽なことが多いんですよ。」


般若は壁に立てかけてあった錫杖を手にとるとしゃりんとそれを軽くうち鳴らす。
その音を聞きつけて横の部屋から他の鬼狩りたちが姿を現した。


「さて、皆さん。それでは情報収集といきますか。」



                               *



般若たちの案内役にとやってきたのは羽柴という侍だった。

この男―・・とにかくよく喋る。というのが第一印象だった。
侍の中には"鬼狩り"のような異能の一族を毛嫌いするものもいるが羽柴はまるで幼子のように興奮して
鬼狩りについて色々ときいてくるのだ。―・・城下の案内もそっちのけで。

今も般若たちを怪異のおこった場所へと先導しながら喋る続けている。

よくもまぁあれだけ喋って疲れないものだ・・ある意味感心するなと雷寿は思った。
横に目配せすると気配を感じ取った般若が目の見えない顔でこくりと頷いた。


「―・・ところで羽柴殿。そういったお話はまたあとでゆっくりとお茶でも飲みながらいたしませんか?怪異の
ことについて詳しくお聞きしたいのですが・・」

「あぁ!!そうですな!!これは申し訳ない!!いや、何分某はこういったことになれないもので・・・うむ
怪異でしたな。そうですなぁ・・・」


羽柴は尚も歩きながら考え込む。


「事が起こり始めたのは三ヶ月ほど前からでしょうか。幽鬼が町中で見かけられるようになったのです。し
かしただそれもあらわれるだけで特に害意もなく・・その状態が今も続いておるのですよ。」

「何も?ですか・・・」

「えぇ。薄気味が悪くて悪くて。某も見たことはあるのですがね。―・・いやぁ本当にあれはこの世のもので
はございませんなぁ。真夜中の見回りのときに遭遇したときなど心の臓が止まるかと思いましたよ。」


はっはっはっと笑う羽柴に二人は首をかしげた。


「他のものからも話を聞くに、現れる幽鬼は複数のようですね。―・・複数の幽鬼が一箇所に長いこと集
まって生きているものに害をなさないなどとは・・」

「確かに。おかしいですね。―・・それに町を歩いて判りましたがここは陰の気が通常よりも濃い。どんよりと
溜まりすぎている。町の龍脈が閉ざされ外に気を流すことも外から気を受け入れることも出来ない状態にな
っていますね。」

「あまり宜しくない状況といえますね。―・・そろそろ死人が出てもおかしくはないでしょう。」

「えぇ。―・・羽柴殿、幽鬼のほかに何か変わったことはありませんか?町の様子や、人の様子。なんでも
結構ですが・・」

「変わったことですか?うぅむ・・・」


しばらく考え込んだ羽柴はぽんっと手を打って顔を上げた。


「そういえば丁度この怪異がおこりはじめる直前にこの町にこられた方がおりましてな。これがまた殿方な
のに美しい方で・・」

「それは一体誰なのですか?」

「はい。―・・城の医者殿で名を龍宮殿と申される方ですが。」

「御殿医ですか・・」


考え込む般若に雷寿は耳打ちをする。


「どうします?」

「会いに行ってみるしかないでしょう。明日にでもあえるように手配をしてもらいましょう。会いに行くのは私
と君の二人で充分です。他のものには引き続きこの町の探索を。」

「わかりました。」