婚約者たちの裏と表。3

「もぉ〜・・・わけわかんないよ〜・・・」

ぼふっとベッドの上に突っ伏す灯に、晶兄ぃが、はははと笑った。

密による"愛の告白"(というか悪魔の囁き)から早くも三日ばかり経過した頃・・
灯は夕食後、部屋に晶兄ぃを招きいれ"今日の愚痴"なるものを聞いてもらっていた。
いまや晶は灯にとって本当の"兄"・・・というか親友のような存在になりつつあった。

「で?今日はどんなんだったの?」

床に座り、ベッドにもたれかかりながら晶兄ぃは雑誌をめくる。
めくる手をとめずにのんびりとした口調で灯の先を促した。

「―・・朝は油断するとすぐに手をつなごうとしてくるし、学校に着いたらついたで何かしら理由
をつけては休み時間のたびに私の教室にやってくるし、それによって周りの視線もとい殺気は
初日の15%増(当社比率)になってるし!!」

そして何より今日の極めつけは・・・・

「しかも何でもう学校中に"密の婚約者"ってばれてるのよ〜っ!!"親戚"っていう設定でいく
んじゃなかったのぉ〜!?」

「ははははは。灯ちゃん首痛いよ〜。そんなにがくがく揺らされると俺の脳みそどっかいっちゃう
よ〜」

晶の頭が瞬速で揺らされている。
ようやく解放された頃にはそのにこやかな笑みが貼りついていた顔は少し蒼白に変わっていた。

「も〜!!何でなの〜!?」

「う〜ん、やっぱそんだけ密が灯ちゃんに接しまくればいやでもそういう噂は立つものだと思うけ
どねぇ〜」

(まっ、あいつ自身が噂を流した・・・っていうのもあるんだろうけど・・)

晶はそれを口には出さず胸の奥にしまっておくことにした。
そんなこといったらどんなとばっちりがくるかわかったもんじゃない。

「密は猫かぶりだからね〜。はたからみれば優等生の好青年って感じだけど、結構やることは強
引だよ?親父に似てね。」

「だぁ〜っ・・・」

ふたたび突っ伏した灯に追い討ちをかけるように晶の笑い声が続く。
ばしっとその頭にクッションが投げられた。

「・・・・・・・・・・・・・・・灯ちゃん、それは八つ当たりというものではないですかね?」

「う〜・・だって〜・・・・・」

ぐしゃぐしゃと頭をかきむしる灯。
晶は苦笑しながら一つ溜息をつくとベッドの上に腰を下ろした。

「はいはい。・・あ〜もうこんなにぐしゃぐしゃにして。駄目でしょ。髪は女の子の命だよ?」

晶の手が撫で付けるように灯の髪の毛を直していく。
灯はうつ伏せのままふてくされた様子でその手に身を任せていた。

「それにしても謎だわ・・・・」

「?何が?」

「あなたの弟君は本当にワタクシのことが好きなんでしょうかね〜??」

直された髪の毛先をぐるぐるといじり始める。

「ん〜・・本人がそういってるんだから好きなんじゃない?」

「それこそ訳が分からん・・・・」

「何?灯ちゃんは密の気持ちを疑ってるの?」

意地が悪そうに晶は笑う。

「・・・・・・・疑いたくもなるよ。"新手の嫌がらせ"っていわれたほうがまだ信憑性がある・・」

「ははは。酷いいわれようだなぁ〜。」

「だって何で私なの!?普通見ず知らずの女がいきなり婚約者って言われてもそんなあっさりと好
きになれるもん?ただでさえいい所なんて一つもない私を?―・・絶対裏になんかあるよ〜これ〜
ねぇ?どっきりとかじゃないよね?」

「それはないない。」

「じゃ、お金持ちのお坊ちゃん達は大抵そうなの?いきなり決められたなんのもとりえのない婚約者
を"好きだ"なんていえるもんなの?」

「ん〜・・そういうもんじゃないけど・・・」

「じゃやっぱり何かの陰謀だぁ〜・・・」

「ははは、それもないない。」

あっさりと却下されてしまった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・頭が痛い。」

「そのうち頭痛持ちになっちゃうかもね灯ちゃん。」

「晶兄ぃ〜〜〜〜・・」

「あはは〜灯ちゃん、だから首絞めるのやめてって。死んじゃうってば俺。」

「はぁ・・・・・・・」

何のために愚痴・・・もとい相談をしているのか・・
一気に脱力した灯は晶の首を絞める手を離すと、再びベッドに身を沈めた。

「私なんかもう人生に疲れた・・・・」

「若いうちにそんなこというんじゃありません。」

「だって、密があんなんだから司さんも何か対抗しちゃって・・・・あのギスギスした空気の中板ばさ
みされ続けてるんだよ・・?そりゃいろんなもんがすりへるって・・」

「よしよし。」

苦労人だねぇ〜と、他人事のように労わる晶。

はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜・・・と灯の口からまるで魂までも一緒に出そうなぐらい長い長い
溜息が出る。

「私は平凡にいきれりゃそれでいいのに〜・・」

「まぁまぁこれも人生の醍醐味だよ。何があるか分からないから楽しいんじゃないか。」

「・・・・・・・晶兄ぃじじくさい。」

「じじくさい言わないの。」

ぼふっと後頭部に先程の逆襲といわんばかりにクッションが押し付けられた。

「でも、灯ちゃんさぁ〜。本当に自分にいいところがないって思ってんの?」

「当たり前。見た目も平凡、中身も平凡、家も平凡。私は平凡の王道を行く女よ?何でそんなのに、
見た目最上級、中身・・・は置いとくとして、家柄も最上級の普通なら雲の上の人たちが惚れるのよ
?」

「わかってないなぁ〜灯ちゃん。自分の事知らなさすぎだよ?」

「?」

くるっ・・・・・と。

世界が反転した。


・・・・・・・・・・・・アレ?


天井が視界に入る。
その直ぐ下には晶の顔。

「こんなに可愛いのに。」


・・・・えぇっと・・・これはもしかして・・・?

(私・・・押し倒されてる・・・?)


「しょしょしょしょしょ・・・晶兄ぃ・・・・・・??????」

「それにいまどきの子にしては無防備だよね?普通、女の子一人きりの部屋に家族以外の男を簡
単にいれるもんじゃないよ?まぁそれだけ俺は信頼されてるってことなのかな。それはそれで嬉し
いけど・・」

「え?えぇ?」

「灯ちゃん本当可愛いね。特にそうやって困った顔・・俺そそられちゃうなぁ〜」

「ちょっ・・!?晶兄ぃ??」

顔を少し近づけてきた晶に赤面して慌てる灯。

と・・・・

「ぷっ・・・・・」

晶のからだが小刻みに震えている。

「・・・・・・・?」

もしかして・・これは・・・

「・・・・・・・・・・・・・晶兄ぃ・・からかってるでしょ?」

「くくくっ・・・・」

どすっ

灯の膝蹴りが晶の鳩尾に見事に決まる。

「ごっごめんってば・・・!!」

「問答無用。」

身を起した灯の足蹴りが容赦なく晶に降り注ぐ。

「まぁまぁ落ち着いて。軽い冗談じゃないか〜。」

やっぱりこの人もあのおじ様の息子だ。
あらためて認識する。

「冗談でもやっていいことと悪いことがあるよ?晶兄ぃ。」

「ごめん。本当ごめんってば。でも本当に灯ちゃん可愛いよ〜?」

どす。

「うぅっ・・・何も蹴らなくたって・・」

よよよ・・としなを作る晶。

「もうっいいよ!!晶兄ぃのばーか!!」

げすげすと蹴られながら部屋の外へと追い出される。
ぴしりと勢いよく襖が閉じられた。

「あはははは・・ちょっとからかいすぎちゃったかな・・・?」

腰をさすりながらその場を後にしようと暗がりの廊下を歩く晶。
ふとその先に人影を見つける。

「・・・・・・・やぁ密。」

「"やぁ"じゃない。」

むすっとした顔の密がいた。
眼鏡の下からにらみつけるその瞳はそれだけで人を殺せるぐらい怜悧に光っていた。

「まぁまぁそんなに怒らないで。」

ぎっと睨まれた。

「―・・いくら晶兄さんでも容赦はしないからな。」

「わかってるって。何度も言うようだけど、俺は灯ちゃんのことは"妹"みたいにしか思ってないから。
安心しなさいって。」

「・・・・。」

すれ違いざまにぽんぽんとその肩をたたく。

「まぁでも?あんまり手荒なことしたらいくら温厚な俺でも怒るからね?」

「いわれなくったってわかってる。」

「それならいいけど〜。じゃ、まぁお休み。」

ひらひらと手を振って晶はその場を去る。

「昔の"約束"―・・灯ちゃんに思い出してもらえればいいな。」

暗がりの廊下の向こう側からそんな晶の呑気な声がする。
その姿が完全に見えなった・・

「はぁ・・・・」

密は再び壁に背を寄せる。

頭をクシャリとかきあげて―・・

「わかってるさ・・・」

その小さな声はシンと静まり返った廊下に吸い込まれるようにして消えてしまった・・