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数多くのビルが密集し立ち並んでいるその路地裏。

明かりはなく、ただ月明かりだけが寒々と辺りを照らしている。

時折、野良犬のほえる声があたりに響くがそれ以外は物音という物音がしなかった。

そんな暗闇の中。

二つの影がその一角にたつ古びた廃ビルへと入っていった。

中にも光源はなく、かつてはゲームセンターだったのだろう埃被った機器が点々と

置かれていた。

「うっわ・・蜘蛛の巣はってるし・・」

「はいはい。一々そんなんで文句言わないの。ちゃっちゃといくわよ」

二人はそのまま奥へと進んでいく。

中央にある止まったエスカレーターを降りていく。

地下に降りるとそこも上と似たような光景が広がっていた。

だが違う所もある。

まず人工的な明かりがあった。

そして二人以外の複数の人間。

「お〜・・集まってるね〜」

「馬鹿!もうちょっと声落としなさいっ!!―・・さて・・」

二人は物陰に潜みその様子を見守る。

「あたり・・みたいね」

「あぁ・・あの売人、"妖"だな・・」

中央で一人の男が粉のようなモノがはいった瓶を並んでいる若者に渡していっている。

「それに周りにいる奴等も・・」

買っている若者達を囲むように何人かの男女が立っている。

見張りだろうか・・

やがて一通り捌き終えると蜘蛛の子を蹴散らすように若者達は帰っていった。

後に残った売人達も更に奥へと下がっていく。

「後、つけるわよ」

「了解っと」

その後ろを気配を殺してついていく。

非常階段を下りていく。

やがてたどり着いたのはもう一つ地下にある階だった。

だがそこは上二つとは違い、重機の類は何一つ置いていなかった。

あるのは隅のほうに忘れられたように置かれているビニールシートを被った机のような

ものやコンテナがいくつかと、中央にある場違いな木のやぐらだけ。

壁にもたれかかるようにして幾人もの妖の者の姿が見える。

「何だ・・?」

流は目を細めじっとその様子をつぶさに観察していた。

暁美もその横で息を潜めてその様子をつぶさに観察する。

やがて暁美達とは反対側の入り口から複数の妖の者が新たに入ってくる。

その中から一つの小さな影が進み出た。

ここにいる妖の者のほとんどは高校生以上の人間の姿をしているというのにその妖の

者だけ少女の姿をしている。

だがその少女が現れた瞬間、二人は同時に背筋にぞくりと悪寒が走ったのを感じた。

「ちょっとちょっとぉ・・いきなり大物にあたっちゃったわよぉ?」

「あぁ・・びっくりだな」

忘れるはずがない。

この重圧。この気―・・氷のように冷たいこの空気。

妖の者の将が一鬼―・・氷雪の将・刹那

刹那は中央のやぐらに近づくと、パチリと指を鳴らした。

するとやぐらに取り付けられていた松明に火がともり、その上の空気が凝縮した。

そしてそこに現れたのは仰向けに眠る若者五人―・・人間だ。

「ふむ・・」

やぐらにのぼると刹那は足元にいたそのうちの一人の首を掴んで無造作に目線の高さ

まで持ち上げた。

その細い腕にそれほどの力があるのか・・いや、"鬼"であればそれも容易いことか。

「人間にしては中々上質であるな・・」

ぐっと喉を掴む手に力が込められた。

するとぱかりと開いたその口から青白い光のようなものがこぼれ始める。

それを別の妖の者が掴み瓶の中へと詰め込んだ。

がくりと青白い光を吐き出した若者の身体から力が抜ける。

それを無造作に投げ捨てると、刹那は今度は赤い光が入った瓶を部下から受け取る。

「―・・入るがいい」

瓶を傾け"空"になったその若者の口元に中身を流し込んだ。

とろり―・・と。まるで水のように入っていく。

すると―・・

ガタンッ―・・

体が痙攣する。

ビクッビクッ―・・ビクッ

踊るように、まるで陸に打ち上げられた魚のように跳ね上がる体。

やがて痙攣が治まると―・・音もなく起き上がった。

だがその目に生気はなく、虚ろで。

「―・・我が君・・」

刹那の前に跪いた。

「目覚めたか」

「はっ」

それはもう人ではなかった。

別のものに転じた―・・妖の者へと完全に転じてしまっていたのだ。

人が器として―・・鬼に変わる瞬間。

ぎり・・と横で流が唇をかんだ。

それを押しとどめるように暁美はその肩を掴んだ。

「さて・・」

刹那が瓶を放り投げた。

コロコロと転がった瓶は―・二人の方へとやってくる。

「―・・虫が入ったようだな」

「「!?」」

二人が隠れていたコンテナが吹き飛んだ。

二人は左右に散開して態勢をとる。

「くくっ・・やはり来たか」

ざっとその場に殺気が溢れかえった。

刹那がすっと双眸を細めて笑った。

「緑妃と隼人か・・・・くくっ久しいな」

その容貌にそぐわぬ喋り方が何とも刹那の妖しさを醸し出している。

「よぉっ氷雪の。何とも可愛らしい姿してるなぁ〜。趣味変えたの?」

流が軽口を叩く。だがその顔は真剣そのものだ。

刹那は嘲笑うかのように喉をそらす。

「そういうお前は相変わらずの阿呆面だな隼人」

パチンと指が鳴らされた。

刹那の周りにいた鬼達が一斉に襲い掛かってくる。

「来い、風月!!」

風が収縮して流の手に一振りの剣が現れた。

「いらっしゃい、朧月!!」

バサァ―・・と暁美に覆いかぶさるように紺色の領巾(ひれ)が現れる。

瞬時に戦闘態勢をとった二人に対し、人の姿を取っていた妖の者の姿が変じる。

目が赤くなり、牙が出、爪が伸びる。

角が生え溢れんばかりの瘴気がその口から漏れている。

朧月は鮮やかな紺をたなびかせながら暁美の手によりさまざまに動きを変え、鬼たちの体に

巻きついてはその動きを止め、それを風月を手にした流がなぎ払っていく・・・・が

「だぁ〜っ!!きりがない!!」

次から次へと敵は数を増やす。

「ほんっとに!!ゴキブリみたいに・・どっから湧き上がって来るのよ!!」

「ふむ・・人海戦術といって欲しいものだがね」

「"人"じゃないだろっ!!」

刹那の楽しむような声色に流は猛烈に抗議する。

「それもそうだな。さて―・・」

しゅっと刹那の姿が掻き消えた。

「私も久々に血肉湧き踊る思いだ、隼人」

「っく・・・!?」

目の前に出現した刹那の爪がよけそこなった流の頬をぴっと切り裂いた。

「流!!」

「おっと・・お嬢ちゃんの相手はこの俺だぜ?」

「―・・きゃっ!!」

流に気をとられた暁美は、刹那と同じく一瞬にして目の前に現れたスキンヘッドの大男に胸倉を

つかまれ投げ飛ばされた。華奢な体は宙をまい壁にたたきつけられる。

(さっきまでの奴等とは違う・・っ!こいつ・・側近クラスね)

それもあの羅近よりも上位の。

おそらくは刹那の部下の中でもっとも強いものだろう。

「〜・・っやってくれるじゃないの・・」

暁美は起き上がると服についた汚れをぱっぱっと手で払う。

「俺の名は右近。お嬢ちゃんとは初対面・・だな。先の戦では交えた記憶がないからな」

「えぇ、そうね」

しゅっと朧月を構えなおし、目の前の敵に集中する。

「こてんぱんに叩きのめしてあげるわ」