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―・・鈴鬼那!

「・・・・・・・・・っ!?」

何かに促されるかのように一気に突然、覚醒が訪れた。

滝は身を起すと言い知れぬ違和感に眉を顰めた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・麗利?」

微かにだが空気が変わった・・・・・・・気がした。

いや、まさか。幾重にも結界は施してあるのだ・・・

気のせいか?

だが京介も言っていたじゃないか・・

「"油断はするな"・・か。分かっているさ」

滝はそのまま寝床を後にするとパーカーを羽織って隣への家へと様子を見に行こうと

する。

今は暁美がいない。

だからこそ余計に心配するのだろうか・・・?

女性一人きりの家に無断で忍び込むのは少し申し訳ないと思うが・・まぁ仕方がないだ

ろう。

様子を見るだけだ。真夜中に起してしまうのも麗利が可哀想だ・・

暁美から預かっていた鍵を取り出しそっと開けようとする・・が。

「ん?」

ドアは鍵を開けることなく開いた。

鍵が開いている・・

「っ!?麗利!!」

慌てて中に入り麗利の部屋へと直行した。

だがベッドの上に本来ならば愛おしい顔で眠っている彼女の姿は見当たらない。

布団が乱れている。

寝着も脱ぎ捨てられているようだ。

無人のベッドに手をやるとまだ暖かい―・・ほんのついさっきまでここにいたのだ彼女は。

他の部屋は探さない。

探す必要なんてない―・・もうこの家に麗利の気配はないのだから。

「くそ・・!!」

何処へ行った?

家を出る。

エレベーターを待っている暇などない。

非常階段を駆け足で下りていく。

ふと視界の片隅に白く光る影を捉えた。

「麗利っ!!」

いた。

下のほうに確かに麗利の後姿がある。

走っている。

まるで何かに追いつこうとするかのように。

まるで何かに引き寄せられるかのように・・

「麗利!!」

もう一度呼ぶ―・・聞こえていないのか彼女は振り返らない。


「っ・・・!」

その後を追う。

だがいくら全力で追いかけても追いつけない。

まるでその小さな背中に羽根でも生えているかのように麗利はあっという間に滝の視界か

ら姿を消してしまった。

「くっそっ・・・・!!!!」

―・・落ち着け。

(ここで我を忘れて冷静な判断が取れなくてどうする)

滝は携帯を取り出す。

登録してあるダイヤルにかけながら再び走り出した。

2コールほどで相手が出る。

喋りながら、息を乱すことなく滝は走った。

「京介?―・・あぁ、麗利がいなくなった。あぁ―・・あぁわかった後は任せる。"視えたら"教えて

くれ」

そのまま用件だけ伝えるとプツリと電話をきる。

走って走って―・・

ブル・・とすぐに携帯が振動した。

サブ画面には"京介"の文字。

「―・・はい。"視えた"んだな?―・・え?それって流たちが向かった―・・わかった。何か

嫌な予感がする。あぁ―・・すぐに来てくれ」

(なんてことだ―・・!!)

目的地がわかったためか速度が上がる。

知らずと携帯を握る手に力が入り、ぎりっと歯を噛んでいた。

(麗利―・・!!頼むから無事でいてくれ―・・!!)

そして闇の中を滝は人知れず駈けていった。





                         *





その走り去る滝の後ろ姿を見つめる一対の瞳があった。

月明かりのもと屋根の上にある影は二つ。

二つの影のうち座って滝を見ていた影が、にっとその瞳を細めた。

「はてさて」

掠れ気味の声が口からこぼれる。

「そう上手くいくものかね?雷寿・・」

笑いをこらえているような、嘲け笑うかのような声色でそういった。

くくく・・と喉で笑っている。

その傍らに立っているもう一つの影は微動だにせずにただ虚空を見つめ、黙って控えて

いるだけだ。

一通り笑い終えると座っていた影はゆっくりと立ち上がった。

天空に座している月に雲がかかっていく・・

「さて―・・では、そろそろ私も動くとしようか」

そして再び月が顔をのぞかせた時。

すでに二つの影はそこから消え去っていた・・・