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ふと目が覚めてしまった。

枕もとの時計を見ると2:00を少し過ぎた所だ。

(変な時間に起きちゃった・・)

喉の渇きを覚え麗利はベッドから這い出ると、台所へと向かう。

途中、暁美の部屋をそっとのぞいてみたがベッドは空−・・まだ帰ってきていないらしい。

今日は鬼狩りの仕事があるから遅くなるといっていたが・・

(大丈夫かな・・?)

蛇口をひねりコップに水を流し込む。

こくりと冷たいそれを飲み干しふくっと一息つく。

(そういえば・・)

久しぶりに家に一人だ。

何重にも結界を張っているし、隣には滝が、下の階には雪、そして上の階には流が

越してきた。

だから暁美がいなくても安心といえば安心なのだが・・

でもそうとわかっていてもやはり心細いものだ。

なんとなくベッドに戻る気がしなくてそのまままだ薄寒いベランダにカーディガンを

軽くはおってでることにした。

街から少し離れた郊外にある場所のためか月が綺麗に見える。

手すりにもたれかかりぼぉっとその景色を眺めた。

隣の滝の部屋からは微かに明かりがもれている。

(先輩・・まだ起きてるんだ・・)

こんな時間まで何をしているんだろう?

そうこう考えているうちにだんだんと眠気が増してきた。

「・・・・・・寝よ・・」

思考の定まらぬ頭を動かし部屋の中へと戻る―・・と

「・・・・・・・・?」

妙な違和感を覚えた。

そう・・・

それはどこかで感じたことのある―・・夢の中で鈴鬼那とであった・・あれに似た空間が

そこにあるような感じだ。

目の前に広がるのは確かに自分の家。

でも空気はアレに近い・・

そしてもう一つ・・

「誰か・・いるの・・・?」

ぎゅっとカーディガンの裾を握り締める。

暗い部屋の中を凝視する。

おそるおそる足を進めていく。

「誰・・・?誰かいるの・・・・?」

ごくり・・と。

自分の生唾を飲む音がやけに大きく聞こえた。

部屋の片隅−・・影の中に何かがいる。

(大丈夫・・大丈夫よ・・隣には滝先輩だっているんだし・・)

震える手をゆっくりと前に伸ばす。

-----------・・キ・・な・・

「え?」

ガシッと"何か"に腕を掴まれた。

「ひっ・・」

反射的に腕を引っ込めようとしたがビクリともしない。

「嫌っ・・離してっ・・・誰!?誰なの!?」

--------ス・・キナ・・

--------スズキ・・スズキナ・・・

声がだんだんとはっきりしてくる。

激しく抵抗するがそれもむなしくどんどんと引きずり込まれていく。

「嫌っ・・止めて・・・・!!」

腕を掴むソレが二本になった。

ソレは段々と手首から関節、関節から肩へとうつっていく。

体が密着するほどにソレは近くにいた。

影になっていて輪郭すら見えないがソレは確かに人の形をしていた。

(嫌っ・・誰かっ・・滝先輩!!)

叫びたいのに声が出ない。声を張り上げて滝先輩を呼びたいのに・・っ

-------オイデオイデ・・コッチニオイデ・・スズキナ・・私ト共ニ・・オイデ・・

大きく黒い影が形を作り始める。

心臓の音が大きく響いている。

(どうしようどうしようどうしよう・・・)

頭の中はパニック状態だ。

呼吸も荒くなってくる。

------スズキナ・・

「嫌ぁ!!」

バチィッ

自分を包み込もうとしたソレとの間に静電気のようなものが起こる。

胸元にかけたままだった神鏡が僅かだが光を放っている。

その影の力が弱まった。

麗利はその隙を逃さずそこから抜け出すと、玄関においてあった(万が一のためにと

渡されていた)滝の家の鍵を持って裸足のまま外へと飛び出した。

チャイムを鳴らすのも忘れて鍵を開け滝の家へと飛び込む。

「先輩!!滝先輩!!」

声を張り上げながらも奥へと進む。

だが―・・

「せん・・ぱい・・・・?」

いない。

明かりのついている滝の部屋にもいない。

何処にも。

気配すらない。

「どうして・・・?先輩何処ですか!?」

(どうしよう・・暁美さんもいないし・・滝先輩もいないなんてっ・・小島先輩もいないし・

・・・そうだ!雪先輩!!)

玄関へと走り戻ろうとする。

「あっ・・!?」

麗利は悲鳴に近い声を上げた。

ドアの隙間からあの影が霧のように中に進入してきたのだ。

後退する。

影はシュルシュルと麗利のほうへと向かってくる。

後退していくうちにドン―・・と窓ガラスへとぶつかった。

体積を増やし、濃さを増やして、麗利を包み込もうと影が動いた。

「ひっ・・・」

そのまま横へと移動し、転がり込むように隣の部屋へと身を滑り込ませる。

滝の寝室だ−・・震える手で鍵をかけ部屋の隅へと移動し、ドアを凝視する。

どうする?

すぐにあれはきてしまう。

ー・・甘えるな。

どうにかしなくてはいけない。

−・・今は一人なんだから。

落ち着け落ち着け。

混乱し、定まらない思考の中で何とか冷静さを取り戻そうとする。

ふと、昼間の裕の言葉を思い出した。

―・・呼吸を整えろ。

「そうだ・・!」

麗利は部屋の隅に置かれたベッドの上に腰掛けた。

目を瞑り、荒くなった呼吸をゆっくりと整える。

背筋をのばし大きく息を吐いて吸う。

吐いては吸い、吸っては吐く。


すーはー  すーはー


ドアのほうから冷たい風がするりと流れ込んでくる。

目を開かなくとも分かる−・・入って来た。


すーはー  すーはー


どんどんと近づいてくる。

鼓動が跳ねあがりそうになるのをおさえ、とにかく呼吸に集中する。

昼間、裕が自分にやってくれたことを思い出す。

できるかどうかもわからない。

だがやるしかないのだ。

昼間の儀式を鮮明に眼裏に思い浮かばせる。

-------スズキナ・・・

影が私に触れる。


すーはー  すーはー


落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け−・・

鍵を使って扉を開ける。

昼間は裕が鍵だった。雪がゆっくりと扉を開く役立った。

でも今は二人ともいない。

扉は神鏡だった。

鍵を作るイメージ。

扉に差し込む。

中にあるのは多量の水。

支え手である雪がいない今、それをゆっくりとだすことは今の麗利には出来ない。

でも今は―・・

一気に扉を開いた―・・!!












「っっっ!?」

飛び起きる。

呼吸が荒い。それを整えながら多量に汗ばんだ体に風を送る。

「夢・・・・・・・?」

今いるのは滝の部屋ではなく自分の部屋のベッドの上だ。

周りを見渡すがあの影も見えないし気配も感じない。

あの空気もなかった・・

「夢・・・・・・・なの・・・・・?」

最後に感じたのは内から溢れだした力の塊と、アレの悲鳴。

何とも言い知れぬ感覚にぞくりと悪寒がした。

「嫌な・・・予感がする・・」

胸元にある神鏡に手がいく。

僅かに熱を持っているようだ・・

とても・・嫌な予感。

―・・お願い、急いで

頭の片隅でもう一人の私−・鈴鬼那の声が聞こえたような気がした・・・

麗利は寝着を脱ぎ捨てると動きやすいジーンズとトレーナーという格好で部屋を出た。

「急がなきゃ」

不安が募ってくる。

携帯を手に取る。

圏外だ。

「急がなきゃ」

もう一度その言葉を口にする。

―・・急いで・・

麗利はしまってあった懐中電灯を取り出し、鍵を閉めるのも忘れて無我夢中で外へと

飛び出した。

(急いで急いで―・・もっと速く―・・!!)

体が軽い。

確かに足は地に着いて走っているのにまるで飛んでいるかのような感じだ。

あっという間にマンションから遠ざかり住宅街をぬけ、今やその盛り上がりがピークに

達している繁華街へと足を踏み入れた。

(間に合って―・・!!)

引き寄せられるように足が進んでいく。

何処をどう走ったのか。

幾つかの角を曲がり幾つもの路地へと入っていった。

身体は目的地を知っている。

そしてあっという間に麗利はある場所へとたどり着いたのだ。