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薄暗い中で繰り広げられる戦い。

それを暗闇の中から一対の瞳が見ていた。

(どうしよう・・)

麗利だ。

暁美達が降りてきた非常階段の少し開いたドアの隙間から中の様子を覗き見ている。

気付いたらこのビルの前へと来ていた・・・

そしてその足取りを止めることもなくここまでやってきてしまったのだ。

−・・途端始まった戦い。

数多くいた妖の者の数も徐々に減っていき最初は二人が優勢に見えたが-・・そうで

もないようだ。

暁美はスキンヘッドの大男に・・・そして流は一人の少女によって圧されている。

(あの女の子・・・こないだの"貴叉"っていう鬼に似てる・・・)

姿かたちではない。

その"力の強さ"が似ているのだ。

(あの子は・・・)

―・・氷雪の将

頭の片隅で鈴鬼那の声がそう告げる。

(あれが・・・氷雪の将・・・"刹那")

何て禍々しい・・

思わずブルっと悪寒が走った自分の身体を抱きしめながら目の前の戦いを食い入るよ

うに見つめる。

(何とかして二人を助けなきゃ・・このままじゃ・・)

でも。

(でも・・私が今出て行って何が出来る?)

このままでていけば更に二人に負担を負わせるかもしれないというのに・・・

あの力が・・

あの力がもう一度引き出されば何とかなるかもしれないのに。

ぎゅっと拳を握るしめる。

(出来るの・・?もう一度出来るのかしら?でも・・・もし失敗したら・・?)

自分だけじゃない。

暁美と流にまで更に危険が及ぶというのに。

(どうするのっ?どうするの麗利っ!?ただここで見てるだけじゃ何ともならないのよっ

!!何のためにここに来たの―・・っ!!)

今更ながらただ本能が導くままにここまできてしまった後悔する。

滝先輩がここにいてくれたら・・

「先輩・・」

震える身体を押さえつけ麗利はドアの向こうをにらみ付けた。

「先輩・・・私のこと護ってくださいね」

胸にある神鏡を握り締め麗利はドアノブに手をかけ−・・

「ここで何をしてるのかしらねぇ?」

「っ!?」

後ろから伸びてきた手に口をふさがれる。耳元で舌なめずりする女の声。

「ふふっ・・お嬢ちゃん・・夜の散歩は危険だってママやパパに教わらなかったぁ?」

背中に嫌な汗が吹き出てくる。

ぐっと首元にまわされた手が後ろへと引かれた−・・息が苦しくなる。

「―・・んっ!!」

顔をしかめれば喜悦に満ちた声が耳元を掠めた。

「いい顔をしてるわぁ・・・大丈夫よすぐに終わるから・・ん?あなた何を持ってるの?」

その視線が麗利の胸元へと移動する。

「―・・っ!?こっこれは・・・!!そうかお前が神魔の―・・っぎゃっ!?」

ごきっ・・と、嫌な音がした。

「―・・こほっ・・けほっ・・・・な・・・何?」

拘束がほどけていく。

背中にあった女の体がずるずると滑り落ちていく。

それは崩れ落ちながら徐々に砂へと姿を変えていった。

肺の中に入ってくる新鮮な空気を何度も吸い込みながら呼吸を整え、傷む喉元をおさえ

ながら麗利は背後にできた砂の山へと視線を移す。

(何が・・・?)

「大丈夫ですか?」

「っ!?」

砂の山の向こう−・・非常階段から降りてくるその姿に麗利は目を見開いた。

「透さん!?」

そこにいたのは紛れもない・・一週間近く前に別れたばかりの透の姿。

何故ここにいるのか?

「どうして―・・」

「しっ」

静かに・・と透にいさめられた麗利は慌てて口元を押さえた。

「―・・御館様の命によりまいりました」

「桂さん・・・の・・?」

目をぱちくりとさえると透は、まったく・・という感じで溜息をつきながら麗利の頭を小さな

子供にするようにぽんぽんと撫でた。

「麗利さん・・貴女という人は無茶をしすぎです。私が来なかったらどうするつもりだった

んですか・・御館様の御説教が後から存分にありますから心してくださいね」

「うっ・・・・・ごめんなさい」

あの桂さんからの御説教かぁ・・何か嫌だな。

項垂れる麗利に透は固い顔を崩し苦笑を漏らした。

「さて・・・すぐに滝様たちも来られます。それまでお二方の援護をせねば」

かちゃり・・と透は腰に帯びていた日本刀を抜いた。

「日本刀?」

「えぇ。私自身にはさほど霊力はありませんがこれには御館様の御力が込められてい

ます。そこらの札よりは余程効果があるんですよ。それに―・・」

懐から黒い金属の塊が頭を除かせる。

種類こそ分からないものの麗利にもそれが銃だということはわかった。

「今回は飛び道具も持ってきました。鬼狩の一族も近代化しているというわけです」

それを両手に構えると透はドアをゆっくりと開ける。

「麗利さん、私が先陣をきります。神鏡はお持ちですね?」

「はい」

手に握り締めた神鏡を透に見せると彼はこくりと頷いた。

「力の引き出し方はもう教わりましたか?」

「はい」

「では呼吸を整えて―・・暁美様と流様をお守りしたいと強く念じてください」

「・・・はい」

そっと扉を開けると二人は中に体を滑り込ませた。

麗利は壁際で身を隠すように座り込むと目を瞑り呼吸を整え、祈るような形で念じる。

その様子を確かめた透は武器を構えなおしその場を蹴った。

「―・・行きます」

銃声と、暖かい光が溢れた・・