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「しかしだな」

渋る裕に麗利は首をかしげる。

「アレ・・・ってなんですか?」

はぁ・・・と裕が溜息をついた。

「・・・お前の力を一時的に開放し続けるんだ」

「えぇっ!?そんなことできるんですか!?」

驚く麗利に雪は笑顔で頷いた。

「うん、出来るよ。最も今は僕達がサポートしなくちゃいけないっていうのが条件なん

だけど、もうちょっと麗利ちゃん自身の力が安定してくれば一人でも出来るように

なるから。開放するのは一部だけど、それだけでも歩いているだけでその”場”を浄化

できるようになるんだ。昔は鈴鬼那もよくこれをやってたんだけど・・」

「確かに。この"場”を清めるのには最適だし、九木本に力を慣れさせるには効率的な

方法とも言えるだろう。が、妖王が復活したかもしれないというこの状況下において、

一部分とは言えど神魔の力を出し続ければ奴等が感づいて襲ってくるかもしれないんだぞ」

「でも何時襲われるか分からない今だからこそ力を使い慣れていたほうがいざって時

に麗利ちゃんの役に立つと思うけど?それに―・・」

ぎゅむ。と雪は傍らを横切ったそれを掴んだ。

キィキィと啼くそれは鳥のような形をした歪(いびつ)な形をした小妖だ。

「力なんか使わなくても奴等がこっちの位置を知ることなんて、強力な結界でも張らな

い限り、わけないとおもうけど?」

ふっと息を吹きかけるとソレはサラサラと砂のように溶け風に消えていった。

「―・・ちなみに京介さんからも許可っぽいのはとってあるんだ。というかむしろ麗利ちゃ

んに実戦に近い形で力の使い方を思い出させてやってくれっていわれたし。ね?いいで

しょ、裕?」

裕はもう一度深く溜息をつくと(最近彼の溜息の度合いが増している気がするが・・)渋々

と頷いた。

「わかった・・・・・・・・九木本も力を行使することに依存はないな?」

「えぇ勿論です!宜しくお願いします!!」

力強く頷くと裕の後ろで雪がやったね!といわんばかりにピースサインをしている。

三人は路地に入り人の目から隠れると、裕は麗利に目を瞑れといった。

「神鏡は持っているな?」

「はい」

あの神鏡は肌身離さず持ち歩いている。

紐が通せる装飾がしてあったので革紐を付け今は胸元にある。

「呼吸を整えろ、特に何も考えなくていい。只、ゆっくりと呼吸をしろ。それに集中するだけ

でいい」

目をつぶり呼吸に意識を傾ける。


すーはー   すーはー


ゆっくりゆっくり。

吸って吐いてを繰り返す。


すー はー   すー はー  すー はー


一定のリズムを保ちながら呼吸に集中する。

裕の人差し指が麗利のおでこにピタリとあてられた。

あいている左手で印を組むとそれを口の前に持ってきて聞き取れないほど微かに何かを

紡ぎ始めた。

雪は裕の背後に回ると、二人を包み込むかのようにそっと両腕を広げる。

あふれ出しそうな何かを抑えるように優しく優しく−・・と、突然三人の周りの空気が変わる。

風もないのに髪がユラリとそよいで、服も風を孕んだように浮き上がった。

心地の良い清浄なる空気。

たゆたう大海。

力の波に流されてしまいそうになるぐらい心地よい−・・

「―・・終わったぞ」

一筋の汗を流し裕が肩の力を抜いた。

「・・・・・・・ふぇ?」

何とも情けない声を出してしまった。

もう終わったのかと麗利はキョトンとする。

「まったく・・・・やはり今日一日私が一番働いているような気がする・・」

「え〜・・僕だってちゃんとやってるよぉ〜!二人の力のバランスを安定させるのって結構

大変なんだからね〜」

ぶーぶーと雪が口を膨らませ、裕に抗議する。

「えっと・・・何かあんまり変わっていないような気がするんですが・・」

「そう?ん〜・・じゃあ麗利ちゃん。ちょっと歩いてみて」

といわれ、麗利は一歩踏み出した。

ふわ―・・

「あれ?」

何だか体が軽い。

体の周りに暖かい空気の膜が出来ているようだ。

胸元にある神鏡も独自に少し熱を帯びているようだ。

「うん、上手くいったみたいだね」

雪が嬉しそうにいった。

「神鏡を媒介に外への道を作った」

「まぁ今の麗利ちゃんを”水道”だと仮定すると、神鏡が”蛇口”。で、裕がそれを少しひねっ

て中の水を少しだけ垂れ流しているってトコかな?」

「"力”は"水”と同じようなものだ。肉体はその多量の"水"を押しとどめる”堰”にすぎない。

"息”を整え、肉体から外へと向けて正しい"道”をつくれば"力"は正常に働く」

「"力”を使うには"水”をイメージしたほうが扱いやすいってことですか?」

裕の解説に麗利はそう答えを出してみた。

横で雪がそうそうと頷いた。

「今はまだ周りの変化しか感じることしか出来ないだろうがその内、内的にも変化があるとい

うことが感じられるようになるだろう」

そこまで言うと裕は汗をぬぐうと通りへとスタスタと戻っていってしまった。

「じゃ僕たちも行こうか」

雪に手を引っ張られ二人も通りに出る。

「これで歩いているだけで周りが浄化されていくんですよね?」

「うん、そうだよ。歩いているだけでいい。ウィンドウショッピングを楽しみながら浄化が出来

るのってお得だよね〜今回は初めてだから範囲は少ないけど慣れてくればもっと範囲を広げ

ることができるから、そこに立っているだけでも充分なぐらいになるんだ」

見てごらん、と雪が後ろを指差す。

成程。

麗利たちが通過した場所は見るからに清浄になっている。

側に近寄ってくる雑鬼や色々な"あまりよくないモノ"も何か見えない壁にぶつかったように動

きをとめ、そして霧のように分散すると空気の中へと溶けていった。

「あっ体調が悪くなったらすぐにいってね。一応僕の方からも麗利ちゃんに力を補充してるから

大丈夫だとは思うけど・・・力を出しっぱなしの状態だからね」

雪の言葉に裕も頷く。

「確かに。今、九木本はあるく神気の塊のようなものだ。浄化に対しては有効的だがその分、

消耗も激しい。雪はそれを、補い私は二人のガードに徹する。何が起こるかわからないからな

い状態だからな。雪は勿論のこと、九木本も決して油断は―・・」

「ねーねー麗利ちゃん見てみてー!!」

「あ〜!可愛い〜!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

裕の話も終わらないうちに二人はとおりの雑貨に入っていってしまう。

「・・・・・・・・・まったく・・」

裕は更に眉間に皺を寄せると、本日何度目かの溜息をつくのであった。