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「失踪・・・?」
一日の授業の終わりを告げるチャイムが学園全体に響いている。
その音が鳴り止むのを待って、理事長室に呼び出された滝は、兄の言った二言を
鸚鵡返しに呟いた。
「あぁ」
京介は手元にまとめてある書類をポンと滝に投げかける。
それを受け取ると滝はパラパラと内容に目を通していった。
「ここ最近、繁華街での若者の失踪が目立つらしい。家出やそういう類でもない。
突然消えてしまうんだそうだ。失踪した奴等の連れや、友人達の証言からもそう
報告されている」
「目を離したほんの一瞬に・・か。その後の消息も不明。携帯も繋がらなければ
遺留品もなし。失踪した彼等には直接的には何の関係も言い出せない・・」
ピタリとある文で目を止める。
「イン・・・?」
「只一つ共通していること。それは彼等が最近出回っている新種のドラッグ”イン”
を買っていたということだ」
「イン・・・・・”陰”か・・」
滝は鼻で笑う。
「何のひねりもないな」
「シンプルでいいじゃないか。わかりやすくてありがたいよ・・が」
「"罠”くさいな・・」
「あぁ」
滝は書類を机の上に投げつける。
「まぁいい、罠だろうがなんだろうが奴等が関連していることに間違いはないんだ。
その目的を調べ、阻止すればいい―・・それだけのことだろう?」
「そうだな。警察の方は抑えてあるから好きに動けばいい。―・・だが油断するなよ?」
「わかってるさ。・・・あいつが直接絡んでいるかもしれないしな」
ギリと唇を噛締め滝は部屋を出て行こうとする。
「あぁ、それともう一つ―・・」
京介がそれを呼び止めた。
「鈴―・・九木本さん、彼女を絶対に一人にするなよ。」
その目に滝も鋭い瞳で応える。
「あぁ勿論だ」
*
「ん〜おいし〜v」
スプーンを口にくわえたまま雪は頬に手を添え、絶頂の幸せを噛締めていた。
「何というかもうこのバニラと抹茶のコンビネーションが絶妙!!前からここのパフ
ェ食べたかったんだよねぇ〜」
もぐもぐと次から次へと頬張っていく雪を眺めながら麗利はニコニコとしながらそれ
を見つめていた。
「ですよねぇ〜あっ!このティラミスパフェなんてのもお薦めですよ!」
「本当?じゃ今度食べてみようかなぁ。もう麗利ちゃんがいてくれて助かったよ。中々
男だけでここに入ろうとすうには勇気がいるし・・暁美ちゃんはこういう甘いものあん
まり食べないんだよね〜・・また今度も三人で一緒にこようね!」
「はい、是非とも!!」
「おい・・・・」
二人でキャッキャッと談笑している傍らで所在無さげにこの喫茶店には少し不釣合いな
男子学生が一人。
「その三人って言うのは何だ。私もまたつき合わされるのか・・・?」
「勿論、今度は裕も一緒にパフェ食べようねv」
「・・・・・・・・・・・・・・」
冗談じゃないという顔でしかめつらする裕を見て麗利はクスクスと笑う。
だが次には少し申し訳なさそうな顔で呟いた。
「でも本当にこんなとこでこんなにくつろいじゃっていいんですかね・・?他の皆はあの
”イン”っていうドラッグのこととかについて調べまわってるんですよね・・?」
「いいのいいの。それに僕等は僕等でちゃぁんとお仕事してるんだから、ね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・実質的に働いているのは私だけのような気がするんだが」
「え?何のこと?さてご馳走様。麗利ちゃんも食べ終わった?じゃそろそろいこうか」
さささっと話題をそらすように雪は席を立つ。
それを少し恨めしそうに裕の視線がおったが雪はそんなこと気にしないといった感じで
店を出て行った。
外に出ると学校帰りの学生達がちらほらと見える。
学園の生徒は勿論のこと、他校の生徒もいたが、どれも例をなくして、皆、雪と裕に目を
やっていた。
辰波学園の生徒会メンバーは他校生にも人気があると聞いてはいたが・・
(確かに・・可愛いのとかっこいいのが一緒にいたらこの視線の波も頷けるわ)
男子学生からの視線の大半は麗利に向けられていたのだが、麗利自身はそれに気付く
こともなく、改めてこの二人の容姿のよさに溜息をそっと付いたのであった。
「さて、じゃぁ次のトコにいくとしますか」
雪が先導する。
通りは大勢の人が行きかっている。
夕飯の買い物をする主婦、それにつきそう子供。
学校帰りの学生、デートをしているカップル。遊んでいる若者。
仕事帰りの会社員、塾へ向かう子供等々・・・
道行く人は様々だ。
そう―・・様々なモノが行き交っている。
時は夕刻へと入ろうとする瞬間。
日が沈みかけあたりが夕日色に染まっていく。
そう、今は"逢魔が時”。
ふわりと冷たい空気を感じ取り麗利は道の途中のほっそりとした路地へと視線をやる。
「あっ・・」
女の子がいた。
泣きじゃくっている。お母さん、お母さんと泣きじゃくっている。
その大きくはないがそれでも耳に響く声に道行く人は気付かない―・・いや、気付いてい
ない。
そっと麗利はその子に近づいていく。
「一人なの?寂しいの?」
―・・オ母サン・・オ母サン・・
「お母さんに会いたい?あなたはどうしたい?」
―・・ウッグッ・・・グスッ・・・オ母サンにアイタイヨォ・・
麗利を挟むようにして雪と裕もそのこの前に立った。
「うん、もう大丈夫だよ。僕等がお母さんの所へ導いてあげるからね」
そっと雪がその子の頭をなでる。
―・・本・・当・・?オ母サン・・アエル・・・・・・・?
「うん、会えるよ。さぁ目を閉じて。このお姉ちゃんの手を握ってごらん」
麗利はしゃがみこむと両手で差し出されたその小さな手を包み込んだ。
「いくぞ」
裕が右手を麗利の左肩に置いた。
麗利を媒介に裕は霊界への正しき道を開く。
もっと危ない零体ならば"強制”もできるがこの少女のように”逝く道”を忘れてしまった”迷
子”にはしっかりと手順を踏んで”送って”やらねばならない。
「さぁ見えるかい?道の先に光が見えるだろう?その向こうにお母さんが待ってるよ。さぁ
まっすぐ歩いて」
―・・オ母サン・・!!
ふっと少女の姿が空気に掻き消えた。
「無事に逝ったみたいですね」
「しかしさすが逢魔が時・・・・増えてきたな」
裕がぐるりと辺りを見回す。
ほんのついさっきまでは見られなかった様々なモノが人々の間を漂っていた。
「魔にもっとも近づく時間帯だからね・・・夜になるにつれ”妖”の行動は活発化するし・・・・
さっきみたいに清くて無垢な零体なんてかっこうの”餌(え)”だしねぇ」
「ここは学園からは鬼門の位置に値する場所だ。出来るだけ清浄に保ちたい」
雪の横で裕が眉間にしわを寄せていった。
「でもこれだけいるとなると・・人が多い場所には集まりやすいってよく言いますからね」
麗利も嘆息する。
今回のこの検索は麗利をもっと"力”に慣らせるためのものだが、これだけ沢山ものが目に
見えてしまうとその数の多さに、うっ・・と怯んでしまう。
「ねーねー、裕。この際だから麗利ちゃんにアレやってもらわない?」
雪の言葉に、ぴくりと裕の右眉が跳ね上がる。
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