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『ご心配をおかけしたようで申し訳ない』
受話器の向こうから聞こえる低く居心地のよい声にに麗利はほっと胸をなでおろす。
「いいえ、桂さんたちが無事で何よりです。でもびっくりしました・・まさか帰り道に事故
にあわれるなんて・・」
数日前、館様を乗せた一族の車数台と、一般車十数台を巻き込む玉突き事故が里に
帰る途中の高速道路でおこった。
「事故のことニュースで見たとき、もしかして"鬼"達の仕業なんじゃないかって思っちゃっ
たんですけど・・でもそうじゃなくて本当に良かった。アレだけ凄い事故だったのに皆さん
軽症ですんで本当に良かったです」
『そうですね。透がかばってくれたおかげで私もかすり傷程度ですみましたし・・透ももうしば
らくしたら元の生活に戻れるようですよ』
「よかった・・大した怪我じゃなくて・・透さんにも宜しくお伝え下さい。あっ、暁美さん呼んでる
んでそろそろきりますね。すいません、何だか長電話してしまって・・」
『鈴鬼那』
電話をきろうとした麗利を昔の名で呼んだのは彼が本当に麗利を案じてのことだったのだ
ろう。
『―・・あまり気落ちしてはいけませんよ』
「・・・・・・はい。ありがとうございます兄様」
温かいその言葉に自然と笑みがこぼれた。
失礼しますといって受話器を置く。
自分が最後にどうして"兄様"と呼んだのか。
最近、おぼろげではあるが徐々に記憶を取り戻しつつある影響なのかはたまた―・・
ふるふると麗利は頭を振る。
(あんまり深く考えるのはやめよう)
「麗利ちゃ〜ん?」
「あっはい!今行きます!!」
リビングへと小走りに走ると暁美が朝食の用意をしてまっていた。
「わぁっおいしそうですねv暁美さんは和食派ですか?」
「勿論よ。朝からきちんと食べることは健康にいいんだから」
もぐもぐと箸を進めていく。
「―・・館様から何か言われた?」
ピタリと箸を止める。
「麗利ちゃん?」
「"気を落とすな”・・っていわれました」
伏せ目がちに呟いた麗利に暁美は少しいたたまれない気がした。
「そう・・」
「暁美さん」
「何?」
顔を上げた麗利の目が必死に訴えている。
「本当に・・妖王は復活したんでしょうか・・?」
麗利の中の"鈴鬼那”が予言をしてから数日。
万が一の事態に備えて緊張を高めていた彼等だがその気配は一向に現れる兆しがなかった。
否―・・まったくもってないのだ。
この不吉にも思える静けさが恐ろしいと暁美は思った。
勿論、復活していないことを願いたいが鈴鬼那の予言は絶対といっていいほどあたる。
もしここで警戒を怠ったら・・?
安心しきってしまったら彼女はどうなる?
一瞬も気を緩める事が出来ないこの状況に暁美は−・・一同は焦りを感じていた。
「暁美さん?」
はっとして顔を上げると、麗利が不安そうにこちらを見ている。
(そうよ。不安なのは私たちだけじゃない。記憶も術も未だ未熟なこの子のほうがよっぽど不安
に決まってるじゃない・・)
安心させるように暁美は笑った。
「大丈夫よ。あなたの予言が外れたことなんて一度もないもの。まぁあんまり当たって欲しくは
ないものだけどね。気を抜かないことにこしたことはないわ。―・・麗利ちゃん、大丈夫だから。
ね?」
食べ終わった食器を重ねて片付けていく。
「さて、麗利ちゃん。今日も元気に登校よ!」
心を揺らがせない、迷いがない。
しっかりと今なすべきことを導き、時には厳しいこともいうけれどもそれでも自分のことを安心
させるように明るく陽気に笑う、この姉のような存在のこのヒトを麗利は本当に好きだと思った。
「はいっ」
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