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闇が歓喜に打ち震える。
夜の帳の深さは濃度を増し、小鬼がそこら中に湧き出る。
―・・王ガ御光臨ナサレタゾ
―・・我等ガ時代ガ再ビ
―・・集エ集エ.王ノ元ヘト集ウノダ
闇の中に目を凝らせば、少しでも力のある者には見えただろう。
奇怪に列を作り小躍りしながら足早に進む異形の者達の姿が。
―・・集エ集エ、王ノ元ニ
―・・王ニオ仕エスル主君ノ元ニ
―・・我ガ君ノタメニ集エ
―・・我ガ君ガ王ニ歓バレルタメニ集エ
繁華街から少し離れた場所にある高級住宅街の道の上にもその異形はいた。
―我ガ君ノ元ニ
たちならぶ住宅の中でも特に大きな宅の中へとそれらは列を作って入っていこうとした。
まさにその時、家の正門が内側から開けられた。
一人の人間の男だ。
男は眠たげに髪をかきあげる。
不機嫌そうな男の一瞥に列を作って入らんとしていた小鬼達は射すくめられ動きを止めた。
男は苦々しげにそれを舌打ちをすると煙草を取り出し一服し始めた。
小鬼達はそれをしげしげと見つめている。
「又、妙なもん連れ込もうとしやがって・・・」
煙草を足でもみ消すと男はそれらを踏み蹴散らしながら門の外へと歩いていった。
男の姿が消え、暫くたってからも小鬼達はその場を動こうとしなかった。
いや、できなかった。
そして当初の目的であっただろう家の中への行進もあきらめたのだろうか、宅の中へとは
入らずにちりぢりになって庭に潜むという形をとっていた。
―・・ある肌寒い真夜中の出来事であった。
*
妹がおかしくなり始めたのはいつの頃だったか。
そう―・・あれは三年ほど前のことだ。あいつが十二の冬だった。
小学校の修学旅行か何かで京都へ行った以来、今までおとなしかった性格が一変
に変わってしまったのだ。
反抗期とは違うのだろう、物静かな所は以前と変わらなかったが雰囲気が明らかに違って
いたのだ。
今までを春のように穏やかだと例えるのであれば、それは冬の凍てつく寒さのように
かわってしまった。
前は笑顔が絶えず、心優しい妹だった。
家の家業には少し嫌悪感をもっていたようだったが父親にも自分にも父の部下にもとても
可愛がられていた小さな菫のような少女だった。
だが今はどうだ?
家にはいつかず、亡き母に似た温和な面立ちからは笑みは消え、冷たい顔へと変化し、
笑ったかと思えばそれは冷笑だったりする。
喋り方も何だか年寄り臭い喋り方にかわってしまった。
急激な妹の変化に最初は思春期特有のアレかとも思ったがその変化から一年がたって
自分は気付かなくてはならないことに気付いてしまった。
今や渋谷一体の不良少年少女たちのリーダー的存在にもなっている妹は実はもう自分
の妹ではない別の何かであるということに。
しかもそれに気付いているのはどうやら自分だけらしい。
父親は目に見えて変わっている妹の変化にまったくといっていいほど気付いていない。
父の部下達にしてもそうだ。
黙認しているというよりも知らないように見えた。
かつて妹だった存在が度々家を開けることも、妹よりも遥かに年上であろう男や女にあっ
ていることも。
そして最近よく見かける奇怪でグロテスクな生き物達にも。
−・・面白いと思った。
"妹”を"妹”でなくした”かつて妹であった存在”に腹立たしさや怒り、恐怖を覚えるよりも
自分はこの状況に"面白さ”をみつけた。
好奇心が勝ってしまったのだ。
深くかかわろうとは思わない―・・けれども見てみたいという気持ちはあった。
―・・だが睡眠妨害は別だ。
だから今夜もこうして眠いながらも”何かとも知れない存在”に”文句”を言うために肌寒い
夜道をわざわざ歩いているのだ。
繁華街に近づくにつれ明かりが辺りを満たしてく。
煙草をふかしながら路地裏へと入っていくとかなり入り組んだ道を抜ける、そこは若者達の
たまり場だ。
広場と思しきそこには様々な格好をした若者が大勢いた。
その一番奥に目的の人物を見つける。
スタスタとそれに近づいていくと敵意に近い視線や言葉を突きつけられたが一睨みしてや
るとそれはピタリと止まる。
目的の人物―・・妹がこちらに気付き視線が合う。
「何かようか?」
すっと男はズボンのポケットに突っ込んでいた左手を突き出す。
その手には緑色の体をした小さな奇怪なモノ。
「・・・・騒がしくてかなわん。お前が何をしようと勝手だが俺の睡眠を邪魔するな」
ふっと”妹”は不敵に笑った。
「それは失礼をしたようだ―・・右近」
横に座っていた右目に傷のあるスキンヘッドの大柄な男が立ち上がった。
「これは、すまないことをしたな僚。安心しなこいつらにはもうあの家には寄らせないように
いっておこう」
「あぁ・・そうしてくれると助かる。本当に・・このじゃじゃ馬な妹のせいでここ最近まともに睡眠
がとれないような気がするよ」
むっとした感じで"妹”が睨んでくる。
「貴様の妹になった覚えはないが?」
「だがその体は俺の妹だ。これ以上”お兄様”の睡眠を妨害すると怒るぞ美子?」
"美子”と呼ばれた少女はふんっと鼻で笑うと、座っていたドラム缶から体を離す。
「貴様もつくづく面白い人間だな。恐ろしくはないのか?」
寒々とした氷のような瞳が前髪の間から見上げてくる。
しかし僚はそれに臆することなく肩をすくめ無感動な目で応えた。
「別に。暇つぶしにはもってこいだがな。これぐらいの危険があったほうがこのクソつまらな
い世の中も少しは面白くなる―・・帰る」
本当に眠たいのだろう。
うつろうつろし始めた目で僚は背を向けるとその場を去っていった。
と、一人の少年が右近の横でふてくされたように呟きを漏らす。
「俺、あいつ嫌いだ。喰っちまおうぜ兄者」
「ふっ・・そうすねるな左近。あれはあれで面白い人間ではないか」
自分よりも遥かに小さい弟の頭をポンポンと叩くと右近は大声でカッカッと笑った。
「う〜・・」
まだ納得しきれない弟の様子に右近が少女に向かって肩をすくめて見せる。
「あのような人間、放っておいても大して害にはなるまいよ。捨て置け」
ふっと冷笑を漏らした少女の言葉にようやく左近は頷いた。
−・・しぶしぶではあったが。
「御意―・・刹那様」
氷雪の将・刹那は若者達をさっと見回すと凛とした声で命を下した。
「皆のもの−・・"狩り”を行うぞ」
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