9.



そんな麗利の様子に透は首をかしげた。

「如何なさいましたか?麗利さ―・・」

「あっ!あの!!その"様”っていうの・・やめていただけないでしょうか・・だってあの・・」

口ごもる麗利に透は助け舟を出してやる。

「透です」

「―・・透さんって私よりも年上ですよね・・・?」

「はい。今年で二十歳となりますが・・」

「だったら尚更ですよ!駄目です。私みたいな年下に敬語なんか使っちゃ!!」

慌てふためいてそう言い張る麗利に、今度は透のほうが困ったような顔をした。

「しかし、麗利様は鈴鬼那様の転生者であられるのですから私のような下々の者が馴れ馴れしく

するなど恐れ多いことです―・・」

ズキィ―・・と胸が痛んだ。

「・・・・・・それが・・・嫌なんです・・」

―・・鈴鬼那様

「私が"鈴鬼那"であることはわかっているつもりです。でも・・・前世が鬼狩りでも偉い人だった鈴

鬼那の生まれ変わりだからといって・・それで敬まられたりって・・何か・・恥ずかしいです」

「恥ずかしい・・?」

―・・麗利

あなたは同じ声で、確かに私の名前だけれども違う二つの名を呼ぶ・・果たして今のあなたは”どっ

ち”の"ワタシ”を必要としてくれているのでしょうか?

「何だか今の私が・・・"九木本麗利”は必要ないって言われてるみたいで嫌なんです。こんな気持

ち、記憶が皆みたいに戻ってないから余計にそう思っちゃうだけかもしれないんですけど・・それで

もやっぱり・・今の"麗利(ワタシ)"は前の”鈴鬼那(ワタシ)”に勝てない気がして・・恥ずかしいです・・」

「そんことはっ―・・!?」

とめどもなく涙がポロポロと溢れてくる。

(あーもー・・嫌だなぁ・・あったばかりの人の前でこんなこと言って・・泣いちゃうなんて・・こっちの方

が恥ずかしいって・・・)

「先輩達と―・・昔の仲間とまた一緒にいられることが嫌とかじゃないんです。懐かしいし、皆のこと好

きだし、私のこと必要としてくれる・・でもまだ私全部思い出してない・・大切なこと・・何一つ思い出し

てないしっ・・・それに桂さんだって鬼狩りの里で一番偉い人で滅多に里の外には出てこないんです

よね?それなのに私なんかのためにわざわざ出てこられて・・私・・皆に迷惑かけてばっかで・・っ皆

の期待に応えられないかもしれないのが怖い・・っ!」

泣き出したらもう最後。

溢れて溢れて止まらない。

胸のうちに溜まっていた"不安”という言葉も次から次へと溢れてくる。

馬鹿だ。私。透さん困ってるじゃない・・

しばらく部屋の中には麗利の泣き声しか響かなかったがやがて透が口を開いた。

「でもあなたはあなたでしょう?」

「・・・・・・・?」

「あなたはちゃんと皆様の役に立っている。足手まといなどでは決してない。皆様もそれをわかって

います」

「でもっ・・・」

「あなたが気付いていないだけで、ちゃんと"今のあなた”も必要とされているのです。・・一つ、昔話

をしても宜しいですか?」

「え・・・・?あっはい・・・」

透の唐突な言葉に麗利は少し言葉を詰まらせながら頷いた。

透は伏せ目がちに話を続けた。

「私は鬼狩りの本家に生まれました。しかし私は生まれてはいけない忌子だった。・・・私の両親は血

のつながった兄妹でした。しかも双子の。知っていますか?双子は前世で心中した恋人同士の生ま

れ変わりであるというのです。それだけでも不吉なのにその間に私は生まれてしまいました。私は生

まれてはいけない罪の子。だから里の者たちも母の腹にいた私を殺めようとしました・・でも―・・」

その目は遠くを見ていた。

懐かしむように。憐憫をこめた目で。

「―・・御館様が私を救ってくださった。私がこの世に生まれてくることを認めてくださった。幼少の折、

御館様は側に私を置かれました。霊力も持たず里の者から忌子としてだけではなく"役立たず”として

厄介払いされていた私を御館様は"二度”救ってくださったのです」

その顔は何処か嬉しそうだ。

「霊力をもたない何の役にも立たない私でも御館様は"必要"とされました。どれがどんなに嬉しいこと

か―・・」

絶対に不必要な人間などいない。

私は足手まといなんかじゃない・・?

必要としてくれる人がいる。

例え前世からの縁でも・・あなたが今の"私”をみていてくれていると信じてもいいですか?

「私は私・・?」

「はい、そうです」

麗利は一呼吸おく。

「―・・やっぱり駄目ですね私。弱いなぁ・・」

へへっと涙をこすりながら苦笑する麗利に透は再び首をかしげた。

「何が駄目なんでしょうか?弱くてもよいと私は思います。この世に完璧な人間などいないのです。弱

いのが人間なのです。そしてそれが人間の強さでもあるんですよ」

生真面目な顔でそう話す透に麗利はすこし呆気にとられた。

「・・・・透さんって・・何だか人生の先生って感じですよね」

「そうでしょうか?」

「はい、そうです」

麗利はクスクスと笑った。

透もそれにつられて笑う。

「あっでもやっぱり"様"付けだけは止めてくださいね。慣れてない分普通に恥ずかしいですから」

「はい、わかりました。―・・麗利さん」

何だか今まで心の中に溜まっていたもやもやが涙と一緒に流れ落ちてしまった気がして、麗利の今

の気分は最高にすっきりしている。

そのせいか満面の笑みを取り戻した麗利はふとした疑問をついでに透に聞いてみることにした。

「ところで透さん」

「何でしょう?」

「桂さんって・・一体お幾つなんですか・・・?」

そうこれが一番の疑問なのだ。

もし、あの時見たあの"記憶”に間違いがなければそう・・あの人の年は・・

いやいやもしかしたら”あの人”の子孫かもしれないし私たちと同じ生まれ変わりかも・・・

「そうですねぇ・・御館様は七鬼狩りの方々が生きていらした頃からずっと里におられますからかれこ

れ―・・」

―あな、恐ろしや中途半端な記憶のなさ。

一刻も早くちゃんとした記憶を取り戻したいとあらためて思う麗利であった。









気分が優れぬ顔をしているのは何も館様だけではなかった。

部屋に入った途端皆が皆、ぐで〜っと脱力し、今は机に突っ伏している。

場所は理事長室から少し離れた会議室。

「すっ・・・・吸われたぁ〜・・」

流はガラガラの重い声でそう呟くとさらにぐで〜っとなった。

「流石・・鈴鬼那・・・麗利ちゃんが自覚してないぶん余計に吸い尽くされたわ・・・あぁ・・シャレになん

ないくらい疲れた・・まぁこれも麗利ちゃんのためだと思えば・・こそよねぇ・・」

暁美も自慢の髪を乱しながら机につっぷす。

「館様、お水を」

只一人、京介だけは立ち上がり動いている。

その顔にも疲労は見えたが、伊達に六人の中では一番の年をくっていない。

「ありがとう京介。―・・皆には無理をさせてしまいましたね」

館様の本当に申し訳なさそうな口調に滝ははっとなり身を起す。

「皆・・あんな子ですがどうか宜しく頼みましたよ」

皆の視線は館様へと集まり、全員の口元に笑みがともった。

「器は違えど・・今でも私にとって大切でとても手のかかる”妹”であると思っていますから・・」