7.



「では館様こちらに」

京介がうながすと館様と呼ばれたその人はゆっくりと病院内へと足を運ぶ。

足取りがぎこちない。

「館様・・」

京介がそっと近づくと館様は儚く微笑んだ。

「大丈夫ですよ、京介。何せ里の外に出るのは何十年ぶりですから。こちらの空気になれないだけです。」

京介はそれでも無言で館様の肩を支え先導する。

「・・段差があります、気をつけて」

所が病院内へ入る一歩手前でその足は進むことをやめた。

「館様?」

「―・・近くにいます」

最初に動いたのは暁美と雪だった。

館様を守るように前に立ち印を組む。

流もそれに続き”風月”をその手に出現させると抜刀させ構えた。

一歩遅れて一族の者もそれぞれに態勢をとる。

正面玄関前の一族の者以外だれもいない広い駐車場に一陣の生臭い風が吹いた。

「どこだ・・・・?何処から来る・・・っ?」

『ここからで〜す♪』

銃を構えていた黒服の一族の一人がそう呟いた瞬間、耳元にそう囁かれた。

『あらやだぁん♪患者さんがこぉんなにいっぱい♪』

男の身体から一気に汗が噴出した。

『・・・お注射しまぁ〜す♪』

「ひっ・・・・・・・!?」

肩に鋭い痛みが走る。

「あっ・・・がっ・・・・」

男の顔は見る見るうちに蒼白になり茶色へと変色しついには体内中の水分が全てなくなってしまったかの

ように木乃伊となって投げ捨てられた。

『治療完了しました〜♪』

突如現れた看護師の姿をしたその女は口から血を滴らせながら、瞳のない空洞の中に光る青白い炎

二つで周りを見渡した。

『―・・お待ちの方、どうぞこちらへ♪』

口元からちろりと長い舌が除き口回りの血を舐めとる。

『診てさしあげますわっ!!』

その掛け声と共に地面から次から次へと同じ格好をした女達がユラリと現れ、一斉に襲い掛かってきた。

「鬼兵(キヘイ)ねっ!!」

暁美は胸元から札を取り出すと一族と交戦している女の形をとった鬼兵にそれを投げつけた。

「う〜ん・・色っぽい看護師お姉さまたちが沢山いるのに・・はぁっ・・残念だねぇ・・」

ブツブツとなにやら呟きながら流は迫り来る鬼兵たちをばっさばっさと斬っていく。

「馬鹿!流。な〜に一人でブツブツいってんのよ。そんなにこいつらにチヤホヤされたいんなら刀放っ

てあのハーレムの中にでも飛び込んでくれば?」

冷たく言い放った暁美に流はペロリと舌を出し肩をすくめて見せた。

「ちゅーのされすぎで肉までなくなんのはごめんだね」

「もぉ、二人とも!遊んでないで少しは真面目にやってよね!」

「あら、雪ちゃん。真面目も真面目。大真面目でやってるわよ私達」

暁美はそう笑顔で返しながらもヒラリヒラリと鬼兵の間を飛び交いその額に札を貼り付けていく。

多くの鬼兵が灰になって消えていくが、次々と生臭い風に乗って新たな鬼兵たちがおしかけてくる。

「京介」

館様は京介と共に急ぎ足で病院内へと入っていく。

「如何しましたか、館様?」

「あれとは別にもっと別の・・大きなモノが近づいてきています」

「こちらに?」

「いえ・・」

館様が眉根を顰めた。

「鈴鬼那達の元へ」













突如、病室の窓ガラスが砕け散った。

「きゃっ」

「麗利っ!」

滝は麗利を自らの身体でかばい、裕は反射的に布団をばさりと広げ吹き飛んでくるガラス破片から二人を

守った。

「一族の結界を破ってきたか・・」

裕は忌々しげに呟くとベッドの上で態勢を立て直す。

「ふふふ・・・ご機嫌は如何かしら?沙覆流」

窓から外を見やればそこには貴叉が髪をたなびかせ微笑を携えて浮いていた。

その傍らには片割れを失った冬木という名の鬼がひかえている。

「何をしに来た、物の怪が」

「あら、大層な言い草。愛しい愛しい貴方を見舞うためにこの私が来て上げたのよ?・・まぁもっとも。

そうさせてしまったのは私のせいなんだろうけれども。ねぇ?」

おかしげに貴叉が笑った。

わざと挑発しているようだ。

だが裕はそれを軽く流すと鼻でフッと笑った。

「手土産の一つもなしに見舞いか?随分甘く見られたものだな私も」

貴叉は笑うのを止めると、ピクリと片眉を上げる。

「あら、つまらない」

そしてふと麗利のほうに視線を向けると、ふっと何か思いついたように口元に手をやる。

「手土産が欲しいのね・・?良いわとびっきり極上のをあげる。・・・でもその前に」

貴叉はパチンと指を鳴らす。

冬木がパシンと腕を体の前で重ね合わせた。

「きゃっ!?」

途端、麗利の体が見えない何かで縛り付けられた。

「麗利!!くそっ!!」

滝はその見えない糸を断ち切ろうとするが麗利の体に触れた途端バチリと閃光が走り跳ね返された。

「くっ・・・!?」

「先輩!!」

「無駄よ、雷寿。土蜘蛛の糸はそう簡単に切れやしない。それにそれには私の妖気をたっぷりと織り込

んであるのだもの。ふふふっ・・・私の読みは当たっていたようね。貴方を起すために必ずその御方を外へ

連れてくると思ったわ」

「全ては貴様の謀かっ!!―・・千草っ来い!!」

裕は千草をよび出すと窓から外へと飛び出した。

「はぁぁぁぁっ!!」

「ふふっ」

裕の千草は、しかし貴叉に届くこともなく結界に阻まれてしまった。

「何っ!?」

「はっ!!!」

貴叉が手を振り上げる。

裕は"力”に押され病院の壁に投げつけられる。

大きな音と煙が起こり、裕は壁に半分めり込む形でぶつかった。

「あなたたちの結界を利用させてもらったわ。ふふ・・やはり鬼狩りの里みたいに清浄じゃないココでは、

完璧なものはつくれないみたいね。それよりも質自体おちているんじゃないかしら?ふふっ」

冬木が糸をひきつける。

「あっ・・・あっ・・」

麗利は必死に抵抗するがどんどんと引きずられていく。

「抵抗なさいますな鈴鬼那様」

「いや・・やめて!!」

「大丈夫ですよ鈴鬼那」

と、突然静かなテノールの声と共に麗利の肩に誰かが手を置いた。

「!?誰・・・・・・?」

「滝!九木本さんっ!!」

京介が慌しく病室へと入ってきた。

麗利の肩を叩いたその人はゆっくりと窓辺へとちかづきその眼光で貴叉達を射抜いた。

「うっ・・・」

「悪しき不浄の物の怪よ。今すぐここから立ち去りなさい」

その人が見えない糸に手を触れた瞬間冬木は後ろへと激しく倒れこんだ。

「ぎゃっ!?」

「・・・・っ!?お前・・・まさかっ・・!?鬼狩のっ・・!生きていたか!!」

驚愕におののく貴叉にその人は穏やかにいった。

「立ち去りなさい、夢幻の将よ。ここで戦うにはあまりにも無謀なことだとは思いませんか?」

「くっ・・・・」

貴叉は苦々しい顔を作ると無言で冬木と共にその場から姿を消していった。

「滝、立てるか?」

「あっあぁ・・」

京介に手を貸され滝はゆっくりと立ち上がる。

「館様・・」

「間に合った様でよかった。滝、怪我はありませんか?」

「いえ、おー・・私よりも裕が・・・」

館様は優しく微笑むとゆっくりと首を横にふった。

「大丈夫です。今自力で下に降りました。大きな怪我はしていないようですよ」

館様はまるでみたようにそうを告げると、驚きに目を見張って自分を見ている麗利に視線を戻した。

その瞳と視線がぶつかった瞬間、麗利の頭の中に何かがよみがえる。

目の前に様々な光景が浮かんでは消え、浮かんでは消えていった。





畏まった鈴鬼那(自分)。

奥座敷に座るその人。

『行くのですか?』

『はい、行きます。』

鈴鬼那は横においてあった剣と銅鏡を備え付けると素早く立ち上がりその人に背を向ける。

『・・そなたらの帰る場所。ここにあると覚えておきなさい。』

優しいその人の言葉。

鈴鬼那は振り返らずに口元を和らげ返事をする。

『しかと心得ております。兄様もどうかご無事でありますよう。・・・・いって参ります』


その光景を最後に記憶の渦は遠ざかり、立ちくらみと共に麗利は現実へと戻ってくる。




「あなたは・・」

その人は角度によっては女の人のように見える美しい顔を懐かしそうに、そして少し悲しそうに染めると

麗利の言葉をさえぎるように口を開いた。

「初めまして、九木本麗利さん。私は鬼狩りの一族の長。皆からは"館様”と呼ばれています」

「あなたが館・・様・・?」

不思議そうに尋ねる麗利に館様は笑みをたずさえてこくりと頷く。

「想像していたのと違いましたか?」

「えっ!?・・・・あっ・・・はい・・"館様”なんていうからもっと年上の方かと・・あっごめんなさい・・!!」

思わず口を滑らしてしまった麗利に館様は怒ることもなくただクスクスと笑った。

「いえ、いいのですよ。それに私も見かけほど若くはないのですから。もし呼びにくいのなら・・・そう私の

ことは"桂(カケル)”とでも・・」

「カケル・・さんですか?」

館様は今一度頷くと穏やかな瞳で麗利に語りかけた。


「私は今日、鈴鬼那の生まれ変わりであるあなたに会いに来た。私は桂。鬼狩りの里の最長老。―・・私

は過去を見てきたものです」









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