6.




その時だ。

肉の蠢く音がした。

「何・・・・?」

空間のいたるところからアメーバー状のピンク色の塊が橋の上に集まってきている。

「来たか」

「何がですか?」

「―・・貴叉だ」

「えっ?でもさっき・・」

「忘れたか?この中には貴叉の瘴気と術が渦巻いている。我は只、思い出話のためだけにコレをみせて

いたわけではない。この記憶ならばきっと貴叉の瘴気が反応して姿を現すとふんだからだ」

アメーバーが徐々に大きくなっていく。

「きっと"夢”に囚われた裕もいるはずだ」

「えっ!?」

「くるぞ」

アメーバー状のソレから触手のようなものが飛び出た。

沙覆流は麗利を抱きかかえるとそこから跳ぶ。

ドゴォォォン―・・

激しい音と土煙を巻き上げて触手は本体へと戻っていった。

それをみて麗利は冷や汗をかく。

「うわぁぁ・・あんなの当たったらタダじゃすまない・・」

「ぼやぼやしていると命取りだぞ」

抱きかかえられたまま近くに降り立った。

橋の上のソレは次第に体積を増やし特定の形をとっていく。

まず先程の女の上半身が出来上がった。

だが次の瞬間、その身体に異変が現れる。

まずその身体に不釣合いな大きな二本の突起物が頭に生えた。

次に胴体に左右それぞれ二本、異形の腕が生えた。

女の下半身が茶色く変色し大木のようにふくらみ根を張った。

『アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ―!!』

乱れた髪の間からギラギラと光る血のように赤い瞳がこちらを見ている。

メキメキッ―・・

高笑いした貴叉の膨らんだ腹部の部分が―・・割れた。

その中には一つの影。

根に絡みとられ身動きをとることもできず眠っているようだ。

「裕さんっ!?」

その顔は蒼白だ。

「やはり貴叉の瘴気にとらえられていたか・・・」

「そんなっ・・・助けないと!!」

「待て」

走り出そうとした麗利を沙覆流は押しとどめる。

「何してるんですか!早くしないとっ―・・」

「これはあつの―・・否、我の闘いだ。手出しは無用」

「でもっ―・・」

尚も食い下がる麗利に沙覆流は冷たい視線をよこす。

「力の使い方も思い出せていない今のお前に何が出来るというのだ?」

「っ・・・・」

麗利はその的を得た言葉に悔しそうに口をかむ。

「何もできないことを嘆くなら、今できることを探し出せばいい。焦ることはない」

先程とはうってかわって優しさが感じられるその口調に麗利はキョトンとしてしまった。

「お前の今成すべき事はあれを連れ帰ることだ。闘うことではない。―・・ここにいろ」

沙覆流はそれだけいうと貴叉の元へと歩みだす。

『フ―・・フ―ッ―・・・・・・・・・サフ・・・ルゥゥゥゥゥゥ―!!!!!』

文字通り化け物と化したそれは唾液と思しき緑色の粘膜を口から滴らせながら荒い息づかいで沙覆流の

名を呼ぶ。

『殺シテクレヨゥッ!!!』

その掛け声と共に下半身から生えた根が次々と襲い掛かってきた。

「裕。お前はいつまで寝ているつもりだ?」

しかし沙覆流は臆することもなくそれらをかわし、貴叉へと近づいていく。

「お前はいつまでそうしているつもりだ?いつまでその夢に囚われている?何度お前は母親に否定され続

けるつもりだ。―・・いつまで逃げる?」

根の一つを踏み台にして沙覆流はあっという間に裕の目の前まで跳んだ。

「お前は弱いのか?」

「沙覆流さんっ!?」

沙覆流の姿が吸い込まれるように裕の中へと消えていってしまった。

『っ!?オノレェェェェェェ!!!???何処ヘ消エタァ!!??』

攻撃目標を失った貴叉はそのギラギラとした赤い瞳を立ち尽くしている麗利へと向けた。

『ナラバ次ハ貴様ダァァァ!!!』

「きゃぁっ―・・!?」

多量の根が一斉に麗利に向かってきた。

思わず目をつぶって構えてしまう。

その時だった。

「私は―・・」

いつまでたってもこない衝撃に麗利は目を開ける。

「私は弱くなどないっ!!」

「裕さんっ!?」

囚われていたはずの裕が目の前に立っていた。

貴叉の根を千草でなぎ払い悠然と立っている。

「すまなかった」

「え・・?」

振りかえったその瞳には―・・

「感謝する」

確かに強く光る星が宿っていた。

『貴様ァァァァ!!!!』

根を引っ込めた貴叉の本体が近づいてくる。

不敵な笑みを浮かべて左手をかざすその姿に沙覆流の姿が重なって現れた。

「黒風の沙覆流の力とくと、その身に味わうがいい」

『ガァァァアアッァァァァァ!!!!!!!』

「千草奥義―・・」

一歩前に進んだ裕の体が一瞬にしてその場から消え、次の瞬間には貴叉の懐にあった。

「黒光閃撃(こっこうせんげき)!!!」

その名のとおり黒い光が辺りを満たし千草は貴叉の身体へとめり込んでいった。

『ギャァァアァアアァァァァァアァアァァアァァァァァァァァ!!!!!!!!!!』

「滅せよ!」

貴叉の内側より光があふれ、その身体にヒビを生じさせ―・・そして弾け跳んだ。

弾け跳んだ貴叉の肉の塊は空中に飛散し塵となって消滅した。

空間が更なる光に包まれていく。

「私は―・・」

最後に光の中から裕の声が微かに聞こえた。

やがて麗利は意識がそこから弾き飛ばされるのを感じた。













「!!」

「麗利っ!?」

弾けとぶように顔を上げた麗利が最初に見たのは横で心配そうに自分を見つめる滝の姿。

「・・・・・先・・・・・・輩・・・?」

「麗利・・・良かった。無事に帰ったみたいだな」

今だ焦点の定まらない麗利に滝は思わず抱きついた。

麗利は最初は唖然として、次には少し顔を赤らめて慌てたものの、抱きしめる強い力にふっと力を抜いて

身を任せた。

「先輩・・」

「麗利」

「・・・・・お楽しみの所悪いんだがな」

「「!?」」

気だるそうな第三者の声に二人ははっと我に帰る。

「病み上がりの病人の前でそういうことはやめていただけるとありがたいんだが・・」

「えっ・・あっあぁっっ・・・!!ごっごめんごめん・・つい」

滝は麗利からパッと身を離すと一つ咳払いをした。

「・・・・お帰り、裕」

裕はふっと目を細めて笑った。

「只今戻った。色々と迷惑をかけたようだな。・・・・ありがとう」

最後の言葉は麗利に向けられたものだった。

麗利は少し照れくさそうにしていたが、人を和ませる特有の笑顔で頷いた。

「あかえりなさい、裕さん。」