5.





ゴロゴロと何処か遠くのほうで雷が鳴っているのが聞こえる。

雨が降るのだろうか・・・?あぁそういえば所々で夕立があるかもとかニュースでいっていたな・・と思い

出す。

雪はふっと溜息を漏らした。

(裕・・大丈夫かなぁ・・・)

その溜息は予想以上に大きなものだったらしく側にいた分家の者が目ざとくそれに気付いた。

「どうかなさいましたか、雪様?」

その声に雪ははっとなると、ぶんぶんと首を振った。

「あっいえ、なんでもありませんよ。」

「そうですか?しかしご気分が優れないようですよ?暫く中で休まれては・・?」

「僕なら大丈夫ですよ。お心遣い有難うございます。本当に大丈夫ですから、気にしないで下さい。」

満面の笑顔で答えて分家の者が立ち去ってから雪は再びその可愛らしい面立ちをしかめた。

(もう五時間か・・・・・麗利ちゃん大丈夫かなぁ・・?)

不安が雪の心を取り巻く。

だんだんと沈んでくる気持ちに雪は否定するように首を振った。

「いやいや大丈夫。そうだよ!こんな所で僕がめげてたってどうにもならないんだから!今はあの二人

の帰りを信じて待つことが大事だよねっ。うん」

大丈夫大丈夫と何度も口にしながら雪は何とか気分を向上させようとした。

「雪様っ!!」

病院の特別棟の方から別の分家の人間が走ってくる。

「?どうかしましたか?」

「御館様と本家の方々が参られました。いかがなさいますか?」

少し声を落として雪に耳打ちする。

「わかりました。僕は館様のところへいってきます。ここはまかせます」

雪はそこまで言うと、返事も聞かずに一目散に特別棟の正面玄関へと走り出した。

(やっと来た・・・・!!)

目的の場所まで行くとそこには既に京介、暁美、流の三人が待機しており、そして沢山の車がぞくぞく

と門を通り抜けて玄関前に集まっていた。

「雪ちゃん」

「暁美さん!館様は?」

「あの車よ」

暁美の指差した先には黒のベンツに囲まれた一台の車。

周りの車からは黒スーツに身をかためた屈強な男達がぞろぞろと出てくる。

中には狩衣をまとった大人や雪たちと似たような年頃の少年達もちらほらと混ざっている。

男達はそのままその中心にある車を囲むと、車がゆっくりと進むのに合わせて歩き始めた。

「うげっ・・・何か気持ち悪ぃなぁ・・一見するとヤクザみたいだぜ・・・これ全部一族の奴等な訳?京介さん」

顔に"ムサイ”という言葉を貼り付けて呟いた流に京介は苦笑する。

「だろうね。何たって"御館様”の遠出だから。人払いしていて本当に良かったよ」

「本当に・・無駄に人力と金を使うわよねぇ・・鬼狩の一族(ウチ)って・・・」

「無駄に儲けてないからね」

車が四人の前に横付けされる。

仰々しく男達によってドアが開けられた。

中から一人の人物が現れた。

白い衣を羽織り、青みがかった髪をたらしたままのその人はいつもよりも肌が青白く見えた。

京介が前に進み出る。

「お久しぶりです館様」

その人はふっと、例えるならば聖母のような微笑を漏らした。

「皆もお変わりないようで。私も嬉しいですよ」

零れ落ちるようなテノールの美声にほぅっと誰かが溜息をついたのが微かに聞こえた。














あの橋の所に沙覆流はいた。

奇怪な腕を腹から生やしたまま、苦しそうに膝をついている。

『ぐっ・・うっ・・・』

息が荒い。

「あの腕は一体・・」

追いついた麗利はその光景に口を覆った。

腕は痙攣を繰り返し先程よりもその長さが増している。

何かが生まれようとしていた。

「あれは夢幻の将・貴叉だ」

「あれがっ!?」

みるみるうちに腕から肩、頭、胸・・・・と奇怪な右腕だけを除けば美しい裸体の女の上半身がでてきた。

沙覆流はその姿を見咎めるとすっと厳しく目を細め苦々しげに呟いた。

『貴様っ・・・生きていたか・・・っ』

女は高らかに笑う。

『ほんにかわゆいものよなぁ・・妾があれでくたばると思うたか沙覆流?笑止っ!!』

貴叉の左手が沙覆流の前髪をかき上げた。

『うつけな男だこと・・おとなしく妾のものになっておればこのように傷つかずにすんだものを・・』

艶やかに笑うその唇はまるで毒々しい赤薔薇の蕾の様だ。

その蕾が甘い香りを漂わせながら花開いた。

『どうじゃ?今からでもおそくはないぞぇ?妾のものになれ、沙覆流。そちほどの美しき人形。壊すのは

あまりにも心なき故。のぅ?沙-・・』

『気安く我の名を呼ばないでもらおう』

『なっ・・』

沙覆流が不敵に笑った。

笑ったことなど一度もない沙覆流が確かに笑ったのだ。

貴叉もそれに驚いたのか一瞬たじろいた。

ズブッ-・・

『あぁぁぁぁ―・・っ』

貴叉の胸に沙覆流の千草がつきささり貫通していた。

『―・・人形にもそれなりに"意地”というものはあるのでな』

ズブズブと腕をめりこんでいく。

『おのれぇっ・・・おのれぇぇぇぇっ!!!』

貴叉が右腕を沙覆流の背中に突き刺した。

鮮血が飛び散る。

しかし沙覆流は少しも動ぜずそのまま貴叉の身体を抱き自分の体と密着させた。

『!?そちやっ―・・まさかっ!?』

『我と共に滅びよ』

『自害するかっ!?そちは己が命惜しくはないのかえっ!?』

『沙覆流ぅぅぅ!!』

屋敷の方から息を切らして白霊がかけてきた。

『沙覆流!駄目だよっ!!そんなことしちゃ駄目だ!!』

近づいてくる白霊のことを沙覆流は目の片隅に入れるとふっと目を細めた。

『別に―・・』

逃れようとする貴叉を抱く腕に力を込める。

『惜しくなどないっ!!』

足元から光があふれ一人と一鬼を包み込んだ。

その光に焼かれ貴叉はもだえ苦しむ。光の中らはシューシューと肉が焼ける音がした。

『この恨み・・必ずやっ・・必ずや果たしてくれようぞっ!!ぎゃぁぁぁぁぁあぁぁああぁぁぁぁあぁあああ!!』

『沙覆流!!』

白霊はあまりのまぶしさに顔を覆いながらも沙覆流の最後を目に焼き付ける。

『白霊―・・』

光の中から静かな沙覆流の声がした。

『―・・来世でもまた会おう』

沙覆流らしからぬその言葉に白霊ははっと息を詰まらせた。

涙がとめどもなくあふれる。

『っ―・・必ずっ!!』

一条の柱が天を突き破った。

それは真白く清らかで、各地へと討伐に赴いていた他の七鬼狩りにもその光は見えたことだろう。

ここに七鬼狩りが一人、黒風の沙覆流は深き眠りについた。

光がやむと、いつの間にか白霊の影もなくなっていた。

「これが我の最後だ。私の記憶もこれで終わった」 

沙覆流は白霊のいた場所を見つめた。

「我が何故最後にあのような言葉を残したのか・・・創られた人形の我に来世などないかもしれないのに」

「創られた・・?」

「我のこの身体は元々人形だったのだ。木でできた歯車で動くカラクリ人形。太古の大陸の人間たちが神の

所業である"人”を創造することを目指し、より人間に近いものになるように我をつくった。だが戦か何かが

あったのだろう・・起動されることもなく我は長い間箱の中で眠り続けた」

「それを一族に・・・?」

「あぁ。未完成の呪物だった我は一族の者たちによって"人”の形に作り変えられた。痛みも何も感じない

我は鬼との戦いには最適だったのだ。暫くして白霊に拾われ本家の先発隊で動くようになった。

突然我に対する態度が変わった一族の人間達は今思うと中々に”面白い”ものだったがな」

「でも・・・来世である今、ちゃんと約束どおり会えましたね」

「あぁ」

「例え創られた"人形”でもちゃんと"魂”はありましたね。それは貴方が"人間”だという証じゃないですか?」

嬉しそうに麗利がいった。

沙覆流はその麗利の姿に、にこやかに笑う鈴鬼那の姿が被ったように見えた。

―・・これでわかったでしょう?貴方は私達と同じなのですよ。

彼方から鈴鬼那の声が聴こえた気がした。

それは幻聴だったのか。それとも麗利の中に眠る鈴鬼那の魂の声だったのか・・・

「あぁ・・・そうだな」

その声は長年の疑問が解けたようにすっきりと軽く、清々しいものだった。