4.






外は少し寒そうだった。

夜空には満天の星が広がり下弦の月がかかっている。

子供の裕は裸足のまま歩き続けていた。

(神社みたい)

出てきた建物の外観は子供の頃よく遊びに言った社に似通っていた。

雰囲気が似ているのだろうか・・

境内のようなところを抜ける。

独特の空気を漂わせたその敷地内を出るとすぐに竹林が目の前に現れる。

裕は臆することなくその中へと進んでいく。

地面を見ると僅かに霜が降りている。

しかし裕は寒いそぶりも、痛がるそぶりも微塵にみせずどんどんと進んでいく。

暗闇の中、光源といえば月や星々の微かな光しかないというのにするすると竹をよけ進んでいく。

麗利は見失わないようにその後ろを追ったがついにその姿が見えなくなってしまった。

「は・・・速い・・・・嘘でしょ・・・」

息が乱れる。

そうしていても仕方がないのでとりあえずそのまま進行方向を行くことにした。

「多分こっちのほうにいったハズ・・なんだけど・・」

黙々と竹をかきわけ進んでいく。

暫く歩くと先の方にうっすらと人影が見えた。

(裕さんの着物だっ・・・!!)

追いついた安堵感と共にスピードを上げ近づいていく。

しかし近づくにつれそこにいるのが子供の裕だけではないことに気付く。

その隣に男がいた。

顔の右半分を黒髪が覆い隠し、襟が大きくたって口元を隠している中国の民族衣装のような服を

着ている。

長身でガッチリとしまった身体。

それに似つかわしくないほどの白すぎる肌。

全体が黒で統一されている。

男と目が合った。

(この人・・・私のこと見えてる・・・?・・・・・・・まるで凍るような瞳・・・)

『連れてきたよ』

と、初めて子供の裕が口を開いた。

男は裕に視線を落とすとこくりと頷いた。

『じゃぁ、僕帰るね』

子供の裕はそういうと来た道を戻ろうとして麗利のほうへとやってくる。

するとぴたりと麗利の横で止まった。

「?」

『助けようとしてくれてありがとう、不思議なお姉ちゃん』

「・・・っ!」

さっきのことだろうか・・?

(じゃあ、子供の裕さんにも私が見えてたんだ・・)

「あっあのね僕・・・」

麗利が少し困ったように何かをつげようとすると・・・・・・・花が咲いた。

『ばいばい、お姉ちゃん』

そういうと手を振りながら裕は走り去ってしまった。

(かっ・・・かわいい・・・!!)

まるで今までの無表情が嘘のようにそこには笑顔で笑う男の子がいた。

雪が溶けて春が来た。

そんな感じだった。

(あんな風に笑えたんだ・・よかった・・)

麗利は心底安堵する。

本当に・・よかった・・・

だが胸を一撫でしてふと、男の存在を思い出す。

振り返り男の方を真正面から見やると、麗利が振り向くのを待っていたのか男が口を開いた。

「やっと会えたな」

「あなたは・・・・?」

男は目を細める。

口元が覆い隠されていて確かな表情は読み取れなかったが、なんとなく・・男が懐かしむように笑っ

たような気がした。

「我は七鬼狩が一人。名を沙覆流(サフル)。久しいな、鈴鬼那」












男は沙覆流と名乗った。

「サフル・・・?黒風の・・・沙覆流・・・?」

記憶の中から暁美から聞いた通り名を口にする。

「そうだ」

「じゃああなたが裕先輩の前世なんですね」

「そういうことになるな。鈴鬼那、まだ思い出していないのか?」

何気なく呟かれたその言葉は麗利の胸を抉った。

「ごめんなさい・・」

うなだれ謝る麗利に沙覆流が首を微かにかしげた。

「何故(なにゆえ)お前が謝るか?思い出せぬのならいたしかたがないことだろう」

「でもっ―・・」

言葉が見つからず再び俯き沈黙する麗利に沙覆流は無表情のまま呟いた。

「やはりわからぬな」

「えっ・・・?」

「わからぬのだよ、鈴鬼那。何故お前が意味のない謝罪をするのか。その気持ちが未だ分からぬ」

「?どういう・・・?」

「・・・・・・知りたいのならばついてこればいい」

沙覆流はそれだけ言うと身を翻し竹林の奥へと歩いていく。

麗利も慌ててその後についていく。

気付くと、竹林は消えていて最初の白い道を二人で歩いていた。

「ここは記憶の集まる場所。ここら辺が”沙覆流”としての記憶の場所だ」

沙覆流は立ち止まるとある一点を指差した。

「ちょうどあそこだな。あそこに先程と似たような会話をした記憶がある」

「記憶・・」

「行くぞ」

手を引かれ白い道を外れて指さした闇の中へと溶け入った瞬間、またもや視界が切り替わった。

広い庭。

少しはなれたところに大きな屋敷が見える。

庭には池がありそこに赤く小さな橋が架かっていた。

そしてその上に人影が二つ―・・男と女がいた。

女の方は今にも泣き出しそうな顔で水面をみつめ、男は無表情のまま女の傍らに立っている。

どうやら男の方は女の方を呼びにきたらしい。

『皆が探している。いかなくて良いのか?』

男―・・沙覆流が感情のない声で尋ねる。

『ごめんなさい・・』

女―・・鈴鬼那は悲しみをより一層顔に刻みつぶやいた。

『何故謝るか?』

『あの人があぁなってしまったのは私のせいなのですっ・・・今こうして皆が辛い思いをして闘っているの

も全て私のせいっ・・・』

『アレは自業自得だ。お前に非はあるまい』

『いいえ、いいえっ―・・違うのですっ・・私が・・私があの人の心を傷つけたっ・・ごめんなさい・・』

『わからぬ。何故、お前が謝るのか。わからぬ。何故お前がそのように悲しむのか。わからぬ』

沙覆流の言葉に鈴鬼那は目じりに溜まった涙をぬぐいながら苦笑した。

『人はね沙覆流。こういう生き物なのよ』

『ではわからぬハズだ。我は人ではないから』

『いいえ―・・』

鈴鬼那は少し背伸びをして自分の遥か上にあるさ沙覆流の顔を両手で包み込んだ。

『いいえ、あなたは人間です。私と同じ人間なのですよ』

『では私もその気持ちを理解できるときが来るのだろうか?』

『えぇ必ず。必ず―・・』

「それから私は考えた」

景色が遠ざかりまた暗闇の世界が戻ってくる。

隣を見上げると目を細め今の景色を懐かしむように見つめる沙覆流がいた。

「何故、お前が悲しむのか。何故、お前は"鬼"に堕ちたアレを憐れみ、己の非だといい、自身を責める

のか。結局私は死ぬときまでそれを理解することができなかった。心のない私にとって"心”というもの

を知ることは鬼共を屠るよりも困難なことだった」

「死ぬとき・・・」

「あぁ。最強の七鬼狩といわれても死は等しく訪れるらしい。そのときの記憶は此処にある」

沙覆流が手を振るとまた別の景色が広がった。

館の中で人々がどたばたと走り回る。

沢山の人の話し声と叫び声が五月蝿いぐらいに響いている。

『誰か急いで湯と布を!!』

『いかがしたか!?』

『夢幻の将討伐に出られていた沙覆流様が深手を―・・』

『何と!?あの沙覆流様がっ!?』

『それは真か!?』

『夢幻の将は討ち取ったそうじゃ・・』

『相打ちか・・』

『鈴鬼那様をお助けする巫女を集めよ!!男達は弓を引け!!この館に鬼を入れるでないぞ!!』

「こっちだ」

二人は走り回る人々をすり抜けながら進んでいく。

庭に面した部屋があった。

人の出入りが激しくその場所で止まらぬ血を流しながら沙覆流が横たわっていた。

『鈴鬼那・・早く・・・・我を外に捨て・・・けが・・れ・・・』

『沙覆流!!喋ってはいけません!血がっ!!』

鈴鬼那の傷口に当てられている手が白く光る。

『無駄・・・だ・・瘴気が・・身体をめぐっ・・た・・・お前・・力持ってして・・・も助かりま・・・ぃ・・・早・・・』

『沙覆流!?』

『びゃく・・・ぃ・・か・・・?』

瞳の赤以外全てが真っ白な―・・まるで沙覆流とは正反対のまだ少年の域を出かけたばかりの青年が

入ってきた。

『あぁっ沙覆流っ!!血だらけじゃないかっ!!』

『白霊・・我を早く・・館の外へ・・・瘴気があふれ・・・っ・・ぐっ・・』

口からドス黒い血の塊が吐き出される。

『沙覆流!!:』

『駄目・・っ血が止まらない・・・お願いっ!!とまってぇぇ!!』

『早く・・捨てろ・・・っ』

『そんなこといわないでよ!!そんなのっ・・!君を見捨てるなんてできるわけないだろっ!!』

『何故泣いている・・・・白霊も・・鈴・・那も・・・何故・・・?』

二人とも目から大粒の涙を流している。

白霊が悔しそうに思い切り畳を叩いた。

『そんなのっ・・・そんなの当たり前だろ!!』

『あたり・・前なの・・か・・・?』

『沙覆流に死んでほしくないからっ!!沙覆流がいなくなるのがいやだからっ・・だから泣いてるんだよ

!!』

『何を・・愚かな・・所詮我はモノでしかない・・心なき人形は・・・役にたたなくなれば捨てればよいのだ・・』

『あなたは人間です!!そのような馬鹿げたことっ・・そんなことをいうのは私が許しませんよっ!!』

『そうだよ!沙覆流っ・・僕等は仲間だろうっ!?』

『仲・・・間・・・・・・・?』

白霊が涙を流しながらふふっと笑った。

『何だよ・・沙覆流・・偉そうなこといって・・・君だって泣いてるじゃないか・・』

『何・・・・?』

いつもよりも白く、冷たくなった頬に流れ落ちる熱いもの。

涙。

「あの時。そう・・ほんの少しだけだが・・捜し求めていた答えが見つかったのかもしれない・・」 

過去の―・・生きていた頃の自分を静かな眼差しで見つめる沙覆流の横で麗利は一粒の涙を流し笑っ

た。

「すぐに・・全部見つかりますよ」

その声に沙覆流は目を伏せた。

「あぁそうだといいな・・」

ボゴッ―・・ベキッ―・・

その時肉が裂け何かが泥水の中から這い出てくるような不快な音がした。

『きゃぁっ!!鈴鬼那様ぁっ!?』

「何?」

視線を元の戻すと何とも異様な光景がそこにはあった。

叫び声をあげたのは巫女の誰かだろうか・・

血が流れでていた沙覆流の腹から血で赤く染まった大きな手が出ていた。

その無骨な手は鈴鬼那の手をがっしりと掴んで離さない。

『ホホホホホホホホ・・・・』

くぐもっと女の嘲笑が沙覆流の―・・体内から響いた。

『縛っ!!』

鈴鬼那が呪を唱えるとその赤い手は弾かれる様に鈴鬼那の手から離れ、白い煙をあげた。

『ぐっ・・・』

沙覆流は痙攣するその手を掴むと更に血が吹き出るのも構わずに素早く立ち上がる。

『沙覆流!?』

『来るな白霊!!鈴鬼那を頼むぞ!!』

『沙覆流!!』

沙覆流はそのまま庭へと降りていってしまった。

「今のはっ・・・・・!?」

「ゆくぞ」

「はいっ」

二人は走り去った沙覆流の後を追った・・・










                    戻