3.





気付いたら、そこは何も無い―・・ただ暗闇が広がるだけの場所だった。

いや何も無いというのは少しの間だけだった。

暗闇の中に唯一つ・・白く光る細い道がある。

そしてその上に麗利は立っていた。

(ここが裕さんの心の中・・・?)

麗利の前を白い細道は直線に何処までも続いている。

(この白いのが暁美さんが言っていた”道”ね)

麗利は前進しようと一歩踏み出した。

と―・・

「!?」

辺りの景色が溶ける様に消えたかと思うと別の様々な色彩を持った景色が現れた。

そこはどこかの家の廊下だった。

木でできている。独特の日本家屋の雰囲気。

よくテレビの大河ドラマなどにでてくる昔の武家屋敷のようなところだった。

「ここは・・・?」

『誰っ!?そこにいるのは誰っ!?』

「えっ!?」

突然背後からかけられた甲高い女性の声に麗利は身をすくませる。

振り返ると妙齢の女性がいた。

襖にもたれかかり部屋の中から着物を着た女性が青白い顔をのぞかせている。

元気なときには大層美しいだろうその顔は病的にやつれていた。

「あっあのっ・・・私別に怪しいものじゃないですよっ!!えぇっと私はっ・・」

『裕・・・・?裕・・なの・・・?』

「へっ・・・?」

女は麗利を見ていなかった。

麗利の後ろを凝視していたのだ。

その視線をたどって振り返るとそこには麗利の膝上ぐらいの背丈の着物を着た無表情の子供がいた。

(この子が・・・・・・裕先輩・・・・・・?)

子供とも思えぬ大人びた―・・否、どこか冷めた空気を纏っている。

子供独特の大きな瞳には感情の欠片も無く、ただまっすぐ女性の方を向いていた。

『裕・・・何故此処にきたの・・・・?どうしたの?眠れないの?』

『・・・・・・・・・』

『あぁ・・裕、そんな所にいては体が冷えてしまうわ。こっちへいらっしゃいな』

女性が手招きをする。

(この人、裕さんのお母さんなのかしら・・・?)

『さぁ裕おいで。こちらへおいで。私のかわいい坊や・・・』

子供の裕がしっかりとした足取りで迷うことなく母の元へと歩いていく。

相変わらずその瞳に何も入れないまま。

女の腕が子供の裕を抱き込む。

『裕・・・!私の坊や・・私の大切な大切な坊や・・・可愛い私の坊や・・』

頬ずりをし髪をなで酔った様に同じような言葉を呟く母親の腕の中で、裕は顔の筋肉を少しも動かしもせず

に只、なすがなされるままになっていた。

(人形・・・)

その単語が頭の中に浮かび上がる。

『あぁ裕、裕、裕、裕、裕・・・・私の坊や・・お前は私のものよ。ねぇ?』

両手で裕の顔をはさみその顔を覗き込んだ。

『なんて素敵な子なのかしら!私の自慢の坊や!でも・・・・・何故?』

女の顔が段段と笑みをなくし、その顔に影が差してきた。

『何故あなたはそんな力を持っているの!?何でそんな気味の悪い力を!!何故普通の子じゃないのぉっ!』

その細く白い指がガシッと子供の裕の首を鷲掴みにした。

「何を!?」

『何で!?何でよぉぉぉぉぉぉぉぉ!?』

どんどん指に力が入っていく。

それでも裕の表情は変わらない。

「やめて!!」

麗利は女の方を掴んでとめようとした―・・はずだった。

「きゃっ!?」

麗利の体は一呼吸する間に床の上にあった。

「すりぬけたっ!?本物じゃない・・っ?」

『この化け物!!何故私の裕に転生なんかしてきたのよっ!?私の裕を返してよぉっ!!』

髪は乱れ、顔は般若の仮面のように歪み、涙を流しながら自分の子供の首を絞める様は病的で、さながら

鬼女の様だった。

『お前など死んでしまえばいい!!』

『!?何をしておいでですか美弥子様っ!?』

神主のような服を着た初老の男が廊下の向こうからやってきた。

『お前何かぁっ・・・!!お前なんかっっっ!!!』

『おやめ下さい美弥子様!!沙覆流様を傷つけてはなりませんぞっ!!誰かっ!!誰かあるかっ!!

美弥子様がご乱心だっ!!沙覆流様をお守りしろっ!!』

すぐにその声を聞きつけた何人かの足音が近づいてくる。

現れた沢山の男達に女は押さえつけられた。

『離せぇっ!!そいつは私の裕を・・私から裕を奪ったのよぉっ!!何が転生者よ!!何が七鬼狩よぉ!!

私の裕を返して!!鬼狩りなんて・・・・っ―・・返してよぉっ!!』

『沙覆流様を別室へ!!』

新鮮な空気にむせ返っている裕を大人たちは大事そうに抱きかかえるとどこかへと去っていってしまった。

「あ!裕さっ―・・」

一歩踏み出した途端、再び景色が変わる。

暗い部屋。

少しあいた襖の間から隣の部屋の明かりがもれ、大人達の話し声が聞こえてくる。

そっとその隙間から隣の部屋を見る。

『沙覆―・・裕様は?』

『お眠りになりました。』

『そうか・・』

『いやはやどうしたものか・・』

『美弥子様にも困ったものだ・・まさか裕様を手にかけようとするなどと・・』

『もはや正気ではございますまい。やはり母屋でお暮らしになったほうが宜しいでしょうな』

『そのことは本家に指示を仰ぐしかあるまい。此処に美弥子様を住まわせろと命じたのも本家なのだから。

まぁ、裕様とはもう二度とお会いすることができなくなるのは確かだろう』

『まったく美弥子様も美弥子様だ・・・。七鬼狩の転生者を生むということは大変な素晴らしいことだというの

に・・』

『本当に不思議なものだ。化け物などと・・・我等分家から転生者が出たことは大変な名誉であり栄光でもあ

るというのになぁ・・折角、転生者の母としての地位を手に入れたのに・・惜しいことをするものだ。雅之殿もさ

ぞお怒りになるであろうな』

男達はそう喋りながらそのまま去っていってしまった。

「何あれ・・・?」

カタッ―・・

「?」

麗利は音のした方を見やる。

子供の裕がいた。

裕は踵を返すと外へと続く障子をあけ庭へと降りていってしまった。

(もしかして今の話聞いてたの・・・?)

麗利も慌ててその後を追う。












「入ってもう三時間か・・」

滝は腕時計を見てそう呟いた。

「やけに長いわね・・」

「あぁ・・・暁美、他の皆は?」

滝の後ろに立つ暁美は髪をかきあげながらこたえる。

「外よ。病院を中心に結界を張っているわ。いくらここが一族の管理下にある場所でも、鬼狩りの里ではな

いわ。微弱とはいえこれ程長く鈴鬼那の力が解放されていれば奴等も気付いてしまうでしょう?」

「あぁ」

暁美は一つ溜息をつく。

「さっきからずっと座りっぱなしじゃない。外の空気でもすってきたら?」

「あぁ」

だが滝は動かない。

眠り続ける麗利をじっと見つめている。

また一つ暁美は溜息をつく。

心配なのは自分だって同じだがこうも寄り添っていられると・・・・・・・まぁ何というかお邪魔虫の様な気がして

微妙に居心地が悪いのだ。

(今のこいつに何言ってもだめね・・)

「ジュース買ってくる」

「・・・・・・・」

暁美の気配が遠ざかる。

滝はそっとイスから立ち上がると麗利の側へと更に寄っていく。

彼女の意識は今此処にはない。

裕の横たわるベットに倒れこむような形で頭を乗せている。

サラッ―・・

長い黒髪がサラサラと落ち顔にかかってしまう。

そっと指でかきあげてやると眠るように穏やかな麗利の顔があった。

「麗利・・」

顔をゆっくりと近づけていく。

「早く・・思い出してくれ・・・・」

その淡い桃色の唇に、そう呟いた滝の唇がそっと重ねあわさった。












ピッと白い指でボタンをおすと暫くしてガコンッという音と共に缶ジュースが出てくる。

上半身を傾けて缶をとろうとすると、それよりも先に自分よりも太く逞しい腕が伸びてきて缶をとりだし、暁美の

目の前へと突き出す。

「ほれ。」

「何やってんのよ流」

「だめでしょ暁美ちゃん!ミニスカなのにかがまずにとるなんて!!パンツがみえるでしょうが!!」

「阿呆でしょあんた。誰もいないっつーの」

呆れる暁美に流は至極真面目な顔で続ける。

「駄目なの!!何処で誰が見てるかわからないんだからな!俺以外に見せちゃ駄目なの!その水色の

―・・ぐはっ!」

鳩尾に暁美の膝蹴りが見事にきまる。

「こぉんのドスケベ!変態!!」

「違う!違うぞ暁美!変態とは変態性欲の略であって俺は断じて変態では―・・」

「五月蝿いっ黙れ!此処は病院よ!!あんたみたいに不潔な奴が入ってくる場所じゃないの!!」

「ひどい・・・」

暁美は流からジュースをひったくると勢いよく飲み始めた。

「まったく・・で?そとはどうなの?」

「ん〜・・まぁ今んとこ何も異常なしだな。雪ちゃんち京介さんが南北守ってて他の要に分家の奴等がついて

る」

「本家は?」

「あぁまだだ。何しろ”館様”が里の外に出るからな。いろいろと準備があるんだろう?・・・・さて、俺たちも行く

か?」

「そうね。東西の守りにたたないと」

「そういやぁ滝は?」

「上の空よ。昔から彼女のことになるとあぁでしょ?あいつ」

流は頭に手をやり盛大に溜息をついた。

「ホンット・・心配性なところは昔から変わんないよなぁ・・」

その言葉に暁美はクスリと笑う。

「そうね」