2.
私立病院の特別棟はひっそりと静まり返っている。
麗利は廊下を歩く自分の足音がカツーン、カツーンと廊下に響く音が心底不気味だと思った。
目的の病室前へと辿り着く。プレートにはマジックで事務的にこうかかれていた。
『410号室 原田 裕』
その下に赤い文字で書かれた札がつるされている。
『面会謝絶』
他人を寄せ付けないための処置とはいえ、やはり今の裕の現状をそのまま伝えているようなものだ。
麗利は一呼吸するとドアをノックしようと手を構える。
と。
スライド式のドアが先に開かれた。
目の前にあるのは陽気な流の顔。
「いよっ!!麗利ちゃんおはっ!!意外と早かったね〜」
そのにこやかな笑顔はとてもこの重く静まり返った病棟にはそぐわないものだ。
「あっ何持ってんの?おぉっメロン入ってるじゃん!!あっ林檎もあるね〜おいしそぉ〜」
「あっあの・・一応お見舞いということで・・・」
「そっかぁ〜裕のかぁ〜・・まっでもぉ、今裕起きれないしぃ、ただおいといても勿体無いからここは俺が
ありがたく頂くとし―・・」
ガシッ―・・
「な〜が〜れ〜・・・・・・?」
傍目から見てもドス黒いオーラがかもし出されているのが見える程の怒りを身にまとった暁美がユラリと
現れ、流の肩をつけ爪が食い込むほど掴んだ。
暁美は麗利に目をやるとうってかわって天使のような表情で微笑んだ。
「麗利ちゃん、ちょっと待っててね」
「は・・・はい・・」
ドアがスーッと閉められる。
ドスッ―・・バキッ―・・
中から何とも表現しがたい痛々しい音が聞こえる。
それが10秒ほど続いたかと思うと再びドアが開き、中から先程と変わらぬ様子の暁美が現れる。
「さっ麗利ちゃん。中に入って」
「あの・・・・小島先輩は・・・・・?」
「さ〜?こっちよ、麗利ちゃん」
さらりと麗利の質問を流して暁美はどんどんと奥へ進んでいく。
・・・・・・・・・・何故だろう・・あの笑顔が凄く怖い・・
本能的にその笑顔に逆らってはいけないと直感した麗利は、入ってすぐ横にあったロッカーからはみでる
見覚えのある服の裾やら、所々に散っている血痕などは見なかったことにした。
ガラス越しに見える光景。
凛々しい顔立ちをした青年が真新しいシーツがひかれたベットの上に仰向けに横たわっていた。
「身体の方はそうたいした傷じゃないの。鬼狩り特有の回復力で傷の方はほとんど癒えたわ。でも・・・」
「でも・・・?」
暁美の横顔が苦しそうに―・・悔しそうに歪む。
「”心”を侵されてしまった」
「”心”・・・?」
「”鬼”と戦う”鬼狩り”にとって力や能力は勿論のこと”精神力”もなくてはならないもの。じゃないと鬼に心を
喰われて殺されてしまうから。かつて鬼狩り最強と呼ばれた私達七鬼狩りだけど今の私達にはかつてのよう
な力はまだ無いのよ。悔しいけれどね・・覚醒しきれていない所に付け込まれた。しかも厄介なことに相手は
夢幻の将。もっとも精神力が必要とされる相手だわ・・」
「裕さんは・・」
「今はまだ大丈夫。さすが裕だわ・・夢幻の将に仕掛けられた瞬間、とっさに防御策をとったみたい。本能と
でも言うのかしらね?精神を完全に侵される前に裕は自身で意識を冬眠させたの。その後すぐに鬼狩りの
救助班が来て溜まった毒気は抜いたんだけど・・意識は戻らないまま。多分、夢幻の将の残った毒気と術が
”夢”を見せているのね。裕は”夢”に囚われている・・・この状態が長く続くのは芳しくないわ。早く意識を呼び
戻さないともっても一週間で命を落とす」
「そんなっ・・」
「そのためにあなたに来てもらったのよ、麗利ちゃん」
「私が裕さんを”起す”んですか・・・?」
「えぇそうよ。飲み込みが早くて助かるわ」
暁美は裕が寝かされている病室への扉を開け麗利を招き入れる。
「出来ることなら麗利ちゃんには頼みたくなかったわ・・・まだ貴女には早すぎる・・・危険すぎる・・貴女を危険な
目にあわせたくない・・でもコレは貴女にしか出来ないことなの、麗利ちゃん」
暁美の真剣な眼差しに貫かれて麗利はぎゅっと胸元を掴んだ。
「私は貴女を危険にさらしたくはない。でも仲間である裕も失いたくない。思い出して麗利ちゃん。鈴鬼那である
あなたにならできる。頭で考えるのではなく心で感じて思い出して。裕を連れ戻して。あなたなら大丈夫。お願い
麗利ちゃん」
「はい」
暁美の真摯な視線に麗利は強く頷いた。
怖くないといったら嘘だろう。
手だってかすかに震えている、でも。
ぎゅっと拳に力をこめ震えを飲み込む。
(ここで立ち止まって何もしないなんて絶対嫌っ)
裕の隣まで進む。
その顔は表情も無くただ昏々と眠っているようだったがどことなしに苦しく見えた。
何と無しに体が動いてその顔の上に手をかざす。
その様子を見て暁美がクスリと笑った。
「私がサポートするから安心して。”道”をつくるからその先に進んで裕を探してね。・・・無事に帰ってきてね、
麗利ちゃん。待ってるから。裕と一緒に絶対に帰ってきて。―・・いくわよ!」
暁美は素早くその白く細長い指で印を組む。
「”我ここに道開かん。我が声を聞け。我が声を響かせよ。汝が扉を開け放て―・・」
麗利はその声を聞きながら意識をゆっくりと手放した。
「みたか?今の彼女の顔」
「あぁ・・」
ガラス越しに立つのは京介と滝。
京介の懐かしむような声に滝も相槌を返した。
「鈴鬼那だった・・・」
「懐かしいなこの光景も。彼女は―・・鈴鬼那様はあの優しいお顔で幾人もの”鬼狩り”を死の淵より救ってこら
れた。我等も大分世話になったものだ」
「彼女が全てを思い出すまでそう時間はかからないだろうな・・」
滝がぼそりと呟いたその言葉に京介は暫し沈黙すると僅かに眉をしかめて言葉をつむいだ。
「・・・・・・・・・・・なぁ、滝、お前は・・」
「何?」
「・・・・・・・否・・・・何でもないよ・・」
そのまま押し黙った京介に滝は首をかしげる。
言葉を切った京介の横顔は何処かしら寂しげで何か遠くに思いを馳せているようだった。
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