1.






夜もふけた頃。

眠ることを知らないこの街は今日もネオンの光とやむことのない喧騒に包まれていた。

そしてその片隅。

少し路地に入るだけでその喧騒は、はるか後ろのものとなり、そこは静寂と暗闇に包まれていた。

そこに立つ二人の男。

背の高い一人の男がもう一人の男の胸倉を掴んでいる。

喧嘩だろうか?

だがしかし、暗闇の中よく目を凝らしてみると、掴まれている男は白目をむいて意識が無い様だ。

「ちっ・・・これもハズレか」

男―・・炎華の将・琥珀は苛立たしげにその器を乱暴に放り捨てた。

「若様、そういきりたってはいけませんぞ」

「そうですわよ琥珀様。九留の言うとおりですわ」

苛立つ琥珀の後ろに出現したのは二人の女性。

「阿留(アル)に九留(クル)か。新しい器を見つけたようだな」

「はっ」「はい」

二人の美女はその場に膝を突き頭(コウベ)を垂れた。

この二人―・・阿留と九留はそれぞれ琥珀の”従者”である。

二人の手にはそれぞれ日本刀が握られている。

これこそ、炎華の将が武器でもある妖刀<九留><阿留>である。

「どうだ?新しいからだの居心地は」

投げ捨てた男のことなどもう頭に無いようで、琥珀は従者の新しい器を眺めた。

阿留がそれに応える。

「中々でございますわ。私のほうは一週間ほど前に器に致しましたから大分組織との結合も進んで

おりますけれども九留のほうはつい今しがた器と致しましたので・・」

「人の身体を器としたのは半世紀前のこととはいえ、まだまだなれませぬ。若様のお好みの器を選ん

でみましたがいかがでしょうか?」

「あぁ大層な美人だよ。もうまさに俺好みってかんじだな。まぁそれとは別に内から染み出てくるお前ら

の美しさがあってこそ更にその魅力がますってもんだ」

その琥珀の言葉に二人は嬉しそうに顔を赤らめる。

「なぁ、そうは思わないか?―・・霧人」

「「!?」」

「あれ?ばれてましたか」

ふっと空気が揺れてすぐ側の闇の中から虚空の将・霧人が姿を現す。

「何のようだ?霧人?」

「”何のようだ”とは心外ですねぇ・・・何時までたっても妖王様の器を見つけられない貴方に助言をしにき

てあげたんじゃないですか」

チャッ―・・

何時の間に近づいたのか・・・霧人の首筋に九留の刀が当てられる。

それをみた阿留のほうが悲鳴に似た声で片割れの名を呼んだ。

「九留っ!?」

「ご無礼をお許し下さい。しかし四天王のお一人、虚空の将様といえども、我が君を侮辱するような言動

をとられるのはやめていただきたい」

「九留。下がれ」

やれやれといった感じで琥珀が九留の名を呼ぶ。

「しかし若っ―・・」

「”下がれ”といった。聞こえなかったか?」

二度目の琥珀の声。

九留ははっとなると刀を鞘に納め阿留の隣へと下がる。

「申し訳ございません、若様」

「暫く二人にせよ」

「・・・・・・・・はっ」

「失礼致します」

阿留は九留を抱きかかえるようにして、後ろへと下がっていく。

その姿はすぐに闇に溶けて消えていった。

カチッ―・・

琥珀は煙草に火をつけると深く吸い込みその煙を吐き出した。

「彼女達には悪いことをしてしまったようですね。でも事実だから仕方が無い」

「五月蝿いぞ霧人。何だ?お前俺になんか恨みでもあるのか?」

勘弁してくれといった感じで頭をかく琥珀に霧人は笑みを崩さずにえぇとうなずいた。

「思い返せば沢山ありますねぇ。妖王様の器を見つけられないこととか、昔僕の食事を横取りしたこととか、

僕の側近の女の子に手をつけたこととか、僕が折角一晩かけて仕掛けた対七鬼狩用の計画を途中でめ

ちゃくちゃにしてくれたこともありましたねぇ・・あぁそうだ。いつでしたかねぇ、僕の城を半壊させてくれたこと

もありましたよね〜。いやぁあの時は大変だったなぁ・・どうして壊れちゃったんでしたっけ?あぁ思い出しま

した。あれはあなたが―・・」

「わかった!!わかったからもうやめてくれ。俺が悪かったよ・・・ったくそんな昔のことほじくり返しやがって

・・・そんなに言うと俺ないちゃうぞ・・」

「・・・・・・いい年して何いってるんですか、気持ち悪い」

「お前はノリってもんがわからんのか!!・・・・ったく、で?虚空の将殿は俺様に一体何を助言しに来てくれた

んだ?」

ヒュウッ―・・

夜のビル風が二人の間をすり抜けた。

「”鬼狩りは―・・”」

やけに霧人の声が響いた。

「”鬼狩りに還る。”」

「はぁ?どういうことだ?」

「そのままの意味ですよ。コレだけのヒントがあれば充分でしょう。じゃぁ僕はコレで。ちゃんと自分の仕事は

こなしてくださいね」

「あっおい・・・!!」

琥珀の呼び止める声も聞かずに霧人は来たときと同じように物音も立てずに早々と消えていってしまった。

「ちっ・・・まったくどういうつもりなんだあいつは?」

琥珀はしばらく物思いにふけるが、煙草の火を足で踏み消すと同時にそれを止めた。

「まぁいい。今は一刻も早く器を手に入れなければならんしな」

琥珀は髪をかきあげると従者達の名を呼んだ。

「九留、阿留。あるか?」

「「はっ。お側に」」

「今、使える側近達は幾ばかりいるか?」

「若様が御前に参上いたせませるのは十余りでございます。」

「そうか・・・ではすぐに集めよ。命を下す」

「「承知いたしました。」」

従者達は再び闇に駆けていった。

琥珀はそれを見送ると煙草をもう一本取り出し火をつけながらビル壁にそっともたれかかった。

夜空を見上げるとスモークでかすれた夜景の中、朧ながらに月が見える。

「・・・・・・・・・・・・・・・・さて、帰ってワインでも傾けるか」

そう呟くと炎華の将・琥珀は夜の繁華街へと姿を消していった。











月明かりの下、微笑するのは男がいる。−・霧人だ。

でもその笑みは何処か悲しげで。

「もうすぐです・・・」

つぶやく言葉は疲れたようにも聞こえる。

「もうすぐ・・・もうすぐあなたに・・・・」

強い風が吹いて彼の呟きをかき消した。