12.






「雪、札と塩」

「はいはい」

場所はマンションの真東に丁度位置する神社―・・といっても小さな道祖神のものだが−・・そこに裕と雪は

五つ目の結界を張っていた。

東西南北、更に鬼門、裏鬼門を含めた北東、西北、東南、南西の四方、そして更に細かくわけた十六方にも

結界を施していかなければならない。

それぞれ天地の陣で呪法を組んでいく。

雪に手渡された塩で小さな山を作りそれを水で固めていく。

その間雪は複雑な印を何度も何度も組んでいた。

裕も山を作り終えると札をかざしブツブツとなにやら呟き始める。

雪の手の動きもそれに合わせてだんだんと速度を増していく、細かく慎重に。

繊細な織物を仕上げていくように丹念に丹念に気と気を編んでいく。

「―・・この地にその御身おろしたまへ。木気を司るその御身、我が呼び声に応へたまへ。我が名は沙覆流。

ここに御身の力と天地の理をもって要をつくりしもの。我が声に応へんことをかしこみかしこみ申す」

周りの空気が札に凝縮されていく。

裕はふぅっと息をつくと額に浮かんだ汗をぬぐった。

「終わったぞ」

「じゃっ要と塩うめちゃうね」

雪はスコップをとりだすと塩が置いてあったその下を徐に掘り始めた。

「後、幾つあったっけぇ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「あっ、今考えてうげっとかって思ったでしょ?」

雪は裕から札を受け取ると塩と共にその穴に入れ、その上に再び土をかぶせしっかりと固めた。

「そんなことは思っていない」

「でもしんどいでしょ?」

「このくらい大したことではない」

ポンポンとスコップの背で土をならす。

「・・・んじゃ、後の作業全部裕にまかせよっかなぁ〜・・」

鉄面皮を維持していた裕の顔が微妙にひきつった。

「次に行くぞ。時間が惜しい」

多少慌て気味に歩き出した裕をみて雪はクスクスと笑った。

「天地の理で基礎を作る所は後は西だけだね」

「あぁ」

「何処に仕掛けようか?」

ポケットに差し込んでいた地図を広げる。

「う〜んと・・ココからだとこの川沿いにある公園が一番風水的にもいいかなぁ?どう思う?・・・・・・・

ってどうかした?」

裕は雪から五歩ほど離れた場所に立っていた。

彼は目を見開いて何かに驚いているようだ。

「裕?」

「雪、合図をしたら伏せろ」

微かな声ではあったがその言葉は霊力を含めて放たれたため雪にはよくきこえた。

「―・・今!」

反射的に身体を沈める。―・・と頭上を何かが二つ、掠めて行った。

それらは二人の頭上を通過するとブーメランのように飛んできた方向へとかえっていった。

態勢を立て直しながらソレを目で追う。

パシッ―・・

ソレは二つの手に吸い込まれるようにキャッチされた。

女が三人、そこにいた。

一人の女を守るようにその前に、雪たちと同年代と見られる女の子が二人。

髪の色がありえないほどの赤と青とで染まっている違うことを除けばその二人は鏡にうつったようにそっくり

だった。

先程の浮遊物は左側の青い髪の女の両手におさまっていた。

「久しいわね沙覆流」

後ろの女が(前の二人よりは年が上のようだ)艶かしい声で裕の前世の名を呼ぶ。

「その隣にいるのは白霊かしら?本当に久しぶり」

雪も裕も息を呑む。

ウェーブのかかった淡い色の髪。白いワンピースを着て清潔さを出して一見するとどこかしらの令嬢

のようにも見えるが、いくら外見をそう装ってもその内から出てくる禍々しい気がソレを裏切っていた。

昔と姿かたちが違うもののその本質は見間違いのないもの。

「夢幻の将・・・・貴叉か・・っ」

「覚えててくれて光栄だわ、沙覆流・・私があなたにどれだけ会いたかったかわかるかしら?」

貴叉が一歩足を踏み出す。

それと同時に雪と裕は一歩後退した。

「あら?どうしたの?何故下がるの?こちらへ来なさいよ。久しぶりですもの、積もる話でもあるでしょう?」

「何を小賢しいことをっ・・・」

「いいじゃない。私はただ、貴方とお喋りしたいだけなのよ?」

「誰がお前などとっ・・・」

「そう・・」

吐き捨てたように言い放った裕の言葉に貴叉は腕を組みながら残念そうに溜息をつくと、すっと目を

細め、二人から視線をはずし西の方へと顔を向ける。

「じゃぁ今回はあちらにいこうかしらね。―・・鈴鬼那様の所へでも」

(知られていたのかっ!?)

「させるものかっ!!」

「裕っ!!」

雪が裕を押しとどめようとするが遅い。

裕は貴叉の元へと飛び込んでいく。

(だめだっ!!だめだ裕!!まだ僕達は完全ではないんだからっ!一人で”将”相手に突っ込むなん

て無謀すぎるっ!!只でさえ結界作りに力を消耗させてるのにっ・・・!くそっ・・・そもそも何でいきなり

”将”がおしかけてきてるんだよ!!)

雪は一瞬遅れて裕の後に続こうとする―・・が。

「あなたのお相手は私、夢幻の将様側近が一人・夏木と」

「冬木がいたす。お覚悟を、破魔の白霊」

「くっ・・」

赤髪の夏木。青髪の冬木。

(確かそんな名前の鬼がいたというのは昔、他の鬼狩りから聞いたことがあるな・・・)

それは前世の記憶。鬼狩りに翻弄していた頃。

妖王が現れてまもなくの頃、京の東山に出没する二匹の双子の鬼。

二対で一つの鬼。

旅人を襲っては二鬼で仲良く喰ろうらしい。骨まで残さずぺろりと。後に残るのは血の跡だけ。

その討伐へと出向いたのは鬼狩りの一族の分家の者。

五人で向かったうちの二人が倒され残りの三人も深手を負いながらも双鬼を倒すまでに至った。

(何故だ・・・?完全に滅したはずじゃなかったのか・・?)

倒したはずの双鬼がここにいる。

はたまた身体が扮してもカケラが残っていたのかもしれない。

夏木、冬木の両の手からそれぞれ光る何かが飛び出る。

「よっと・・」

交互に飛び交うそれを雪は軽快な動きで避けていく。

それは地面にささっては地面を縫うようにもぐってから地上に飛び出してくる。

彼女達の武器は先端に小刀のようなものが付いており、白銀色の細い糸のようなもので手とつながっ

ていた。

(あの糸を切ればいいのかな・・・?あれを切断すれば彼女達の鬼力が小刀に伝わらなくなってこの飛

び交う攻撃をやめさせることが・・)

雪は大きく上にジャンプする。

(何だった・・・彼女達の弱点。何か・・・何かあったはず・・・なんだ?)

雲に隠れていた太陽の日差しが背後から降りかかる。

雪の足元にはりめぐされた白銀色の糸が輝いた。

「!?しまった・・・!!」

そこに出来ていたのは巨大な蜘蛛の巣。

重力に従い雪の身体はその巣の中へと降下を始め抗うことも出来ずにそのまま巣へとおちていった。

「ほほほほほほ。獲物が罠にかかりましてよ」

「我等の本質。破魔の白霊殿はみぬいておられなんだようだ」

双鬼が近づいてくる。

雪は身体を動かそうとするが粘着性の糸によってそれも制限された。

目だけ動かすと数十m離れた糸の上に異形のものがいた。

上半身は先程と代わらぬ女の身体。

だがその下半身は―・・蜘蛛。

人間二人分の丸い下半身の両脇に生えた八本の足。

それは巨大な蜘蛛そのものだった。

(そうだ・・・この二鬼は土蜘蛛だ・・・)

「他愛もない。さて、どうしてくれようか?憎き鬼狩りの一族であり七鬼狩りの一人でもあるこやつを」

「喰べちゃいましょうよ。美しくて勿体無いけど、鬼狩りの一族。ふふっ・・・おいしそう」

「力も上がるであろうよ。心の臓は二つに分けようか」

「そうね、上半身は私が頂いてもいい?」

「構わぬ」

「決まりね」

二鬼がシャカシャカと足音を立てて近づいてくる。

「さようなら白霊殿。大丈夫安心してくださいな。肉の欠片一つ残さずに綺麗に食べて差し上げましょう」

笑顔でいうその顔は異形のもの特有の狂気の笑み。

双鬼は大きく口を開く。

バキッバキッ

大きく鋭い牙が生えてくる。

赤い口から滴り落ちる唾液。

雪はソレを見て―・・笑った。

いつものように穏やかな笑み。

それは決して死を覚悟をした笑みではなかった。

まだあきらめていない笑みだ。雪は口を開き、そっと呟く。

長年共に闘ってきたモノの名を。

「おいで、シラギ」

天空から一条の光が雪めがけて落ちてきた・・・・
















「あぁ・・そうやって怒っている貴方を見るのも悪くないわ。ぞくぞくしちゃう」

裕の攻撃をあっさりとかわすとスカートの裾をなびかせて貴叉は笑った。

「千草(チグサ)っ来いっ!!」

裕の左腕に黒く光る鉄で出来た手袋のようなものが現れた。

爪の部分には銀色に輝く長爪の刃が五本。

「あら、千草じゃない。本当に懐かしいわぁ。それでここを―・・」

と、貴叉は自分の胸を指でポンとつついた。

「―・・貫かれたのよねぇ。痛かったわよ、あの時。えぇとっても痛かった」

貴叉の目が細められる。

気高き夢幻の将はその身を凍りつくような怒りのオーラで包んだ。

「ここまで再生するのに何百年立ったと思って?・・・惨めだったわ。かつては四天王の一人として栄華を

極めていた私がこの数百年・・・こそこそと鼠の様に隠れて、自分の魂が再生するのを待つしかなかったの

だもの。そしてその私のたった一つの心の支えは―・・貴方」

風もないのに貴叉の髪がたなびく。

貴叉を中心に巨大な力の渦が出来ていた。

「相打ちという形で貴方を道連れにしたわ。でもたりない。私の受けた屈辱を晴らすのにはそんなことでは

足りない。貴方を何度殺しても飽き足りないわ」

「ではもう一度死ね。今度は復活など出来ぬように討ち滅ぼしてやる」

「ふふ・・・そういう貴方も好きよ?ねぇ、この身体いいと思わない?」

自分の顔に掌を当てて微笑んだ。

「魂が復活した次は器だったわ。身体を何回も何回も変えながら”力”の回復を待ったのよ?」

「一体今まで何十人の女を喰らった?」

「三十人といった所かしら?器はやっぱり美人でなくちゃねぇ。ただ力を回復させるために使った人間の

数も合わせるとその倍は軽くいくわよ?」

今度は髪をとかし始めた。

「今までの器の中でこの子が一番良いわ。生まれ年の星の巡りの相性が一番私に適していたもの。髪

もサラサラ。沙覆流、私、貴方も絶対に戻ってくるって信じていたわ。だから貴方達が目覚めているって

聞いたときどんなにうれしかったことか・・今日だって貴方のためにおめかししてきたのよ?どう?私、美し

いでしょう?」

「ふざけるなっ!!」

千草の爪が宙を斬る。

「そうせかさないでよ」

貴叉の声は耳元から聞こえた。

「くっ―・・!!」

身を反転して攻撃をするがやはりそれも宙を斬るだけだった。

「どうしたの?前よりも動きが鈍っているんじゃない?やはり前とは違って今は完全に人のカラ―・・」

「黙れっ!!」

強く振った左腕から無数の風の刃が放たれる。

その風は貴叉の目の前まで到達するがあっさりと霧散した。

だが・・

ビシュッ―

白い頬に赤い筋が現れる。

「あら・・・・・?嫌だ、よけそこねちゃったわ」

ペロリと手についている血を舐めとる。

「ふふ、そうこなくちゃ・・・・でも駄目ね」

「何?」

「今の貴方では駄目。全然面白くも何ともないわ。昔と違って人間味があってそれはそれで素敵だけど

・・・五百年前の貴方のほうが強くて素敵だったわ」

先程髪をすいたときに抜いたのだろうか?

貴叉の手には数本、髪が巻きついていた。

「久しぶりに使うから。はずしたらごめんなさいね?」

ふっとソレに息をかけると瞬時にソレは太く、そしてより長く変化し、”鞭”へと変化した。

ヒュッ―・・

何かが風を切る音。

何が起こったのかはわからなかった。

全身に切り裂くような痛みが走る。

自分の体の皮が線状に破れそこから自分自身の血が吹き出してくる。

立っていられなくなってゆっくりと視界がかわっていく。

「すぐには殺さないわ、また会いましょう沙覆流。今度会うときはもっと強くなって頂戴ね。時間はあるわ、

じわじわと後悔させながら殺してあげる。楽しく殺りあいましょう?良い夢を―・・沙覆流」

女の気配が消えた。

視界がだんだんと薄暗くなる。

(こんな所で・・こんな・・・・)

「裕っ!?」

誰かが近づいてきた。

見知った・・・慣れ親しんだ気。

「ゆ・・・・・・?」

「裕っ!?」

そこで裕の意識は途切れた。








                                    *








「そう・・・忌々しい破魔の矢”新城(シラギ)”によって夏木が・・・」

都心の夜景をガラス越しに一望しながらその身をソファに横たわらせながら貴叉は、後ろで片腕をな

くし控えている冬木に言葉を投げかけた。

「はい」

「片割れがいなくて心が傷むでしょう?可愛そうな冬木。必ずその敵はとりましょうね・・まずはその腕を直し

なさい」

「御意」

冬木は闇に消える。

貴叉は窓ガラス越しの向こうを見据える。

眼下に広がる愚かで脆弱で下等な人間達が住む世界。

「さて・・どうしてくれようか・・・」

その問いに答える者はそこには誰もいなかった。








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