11.
部屋の中で行われている総勢七名の”麗利ちゃんをこれからどうしようか?”会議は早くも一時間を経過しよう
としていた。
対立している意見は二つ。
曰く、滝と京介の
「本家に住まわせるべき」
曰く、暁美と流の
「学園内の寮に住むべき」
だ。
裕と雪、そして当事者である麗利は完全に傍観者に徹している。
「彼女の安全を考慮するならば本家に私達と共に住むのが一番いいだろう」
「京介さん!だから本家は遠すぎますって!!学校に通うのが大変じゃないですか!!」
流が反論すると京介はサラリとそれを流した。
「だったら彼女には申し訳ないが学校に行かなければ良いんだ。家庭教師で学業は充分補えるだろう?」
「そういう問題じゃないの!貴方仮にも理事長でしょ!!麗利ちゃんだって一、”女子高校生”なのよ!!
”学校”っていう雰囲気が大事なのよ!私達と一緒に寮に住めばちゃんと学校にも行けるし学園の”守り”も
あるわ。」
「でもそれも四六時中九木本さんを”学園”に縛り付けることになるだろう?確かに学校に通えるのはいいかも
しれないけど・・・」
「滝。お前まで何を言うんだ。彼女の安全を最優先に考えたら神域だけの学園よりも何人もの鬼狩りがいてかつ
何重にも結界が張ってある本家の方が安全だろう?」
「麗利ちゃんをあんな陰険なところにおいてけっていうの?嫌よ!絶対にい〜や!!」
「中々終わりそうにないねぇ〜・・」
雪がポソリと隣で呟いた。
「はは・・・そうですねぇ・・」
「僕はどっちもどっちだと思うけどぉ・・う〜ん・・」
「しかし何故第三の場所という発想が出てこないんだ?」
裕がポツリと呟いた言葉に雪がハハハと笑った。
「だってやっぱり安全面を考えたら本家か学園かってことになるじゃないか。それとも何か良いとこでもあるの?」
「ある」
「へ〜そうなんだぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・ってえ?」
他の四人もさりげなく傍観者達の会話は耳に入れていたらしくピタリと会話をやめた。
「ここだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
「裕君・・・・・・なにいってんの?」
皆が不思議そうに首をかしげる中、裕も何を言ってるんだといわんばかりに首をかしげた。
「九木本はこのままここでくらせばいいといってるんだ。見たところ一部屋あいているようだが?」
「え・・?えぇ・・確かに使ってない部屋が一つありますけど・・」
「じゃあそこに誰か一人入って一緒に住めば良い。それにこのマンション自体空き部屋が幾つか会ったようだ。ここに
うつれるものだけがそこに移動して住めばいいだろう?結界がないなら俺達で張れば良い。
学園のある聖域はここからだと裏鬼門に当たる。ならば後は鬼門に当たる場所を強固に固めて四方十六方に要を
置いていけば聖域自体よりも安全で本家と同等の結界を作り出すことが可能ではないのか?」
至極当然といったように応える裕。
麗利にはまったくもって何の話かわからなかったが他の五人にはわかったようでおぉ・・と頷いていた。
次の瞬間暁美が嬉しそうに手を上げた。
「はいは〜い!!だったらここに麗利ちゃんと住むのは私しかいないわよね〜vナイスよ!ナイスアイディアよ裕
君!!もうっ本当!何で気付かなかったのかしら〜vまったくもってその通りじゃない♪」
「裕って普段ぱっとしないけど時々凄く良いこというよね〜」
さらっと結構酷いことを笑顔で言う雪に裕は軽くうなだれた。
「雪・・・・・”ぱっとしない”は余計だ。」
「で?そっちのお二人さんはどうなのよ?俺としては全然OKだけどね〜」
少し考えこんでから滝が頷いた。
「うん。俺も依存はないよ。確かに裕の言うとおりだね。そっちの方が俺達にとっても、それに九木本さんにとっても
都合が良い。兄さんのほうはどうだい?」
京介はやれやれと肩をすくめると両手を軽く挙げてみせる。
さっきまでの固い口調が嘘のように彼は冗談めいた口調で軽やかに笑いながら喋った。
「わかったよ。皆の意見が一致しているのに一人だけ反対するのは野暮ってもんだ。でもこれだけは言わせてもら
うよ。九木本さんを本家にってのは本家の古狸たちからの命令だったんだよ。断じて私や滝の心からの意見では
ないからね」
暁美がもうっと嘆息する。
「あんな古狸たちの意見なんか聞かなきゃいいの。本家からまともに出れやしない口だけのご老体たちは放って
置けばいいのよ京介さん」
「そういうわけにも行かないんだよ暁美。私達が自由に動けるのも、彼等に無理を通してもらってるんだから。
多少は彼等の顔を立てなきゃいけないんだよ。君達と違って私と滝が彼等と一番接触するんだからそこらへ
んもわかってやってよ。さて・・皆の意見そろったことだし・・・まぁ最終決定は九木本さんしだいだからね。どう
する?」
皆の視線が一斉に麗利に集まる。
それに少し後ずさりながらも麗利は何度も頷いた。
「私は全然大丈夫ですっ。ここも一人で住むには広すぎるかなって思ってたとこなんで。暁美さんと一緒なら
楽しそうだし・・」
「やんv麗利ちゃん嬉しいこといってくれるわ〜」
「よっしゃ決定!!」
流が勢いよくガッツポーズをとった。
「じゃ、早速行動を開始しようか。早いことに越したことは無い」
滝がそういって京介に目配せすると、京介は携帯をとりだす。
そして電話をしながら一番の年長者の性質か素早く皆に指示を出していく。
「ここのマンションに越してくる男メンバーは後で決めるとして今はとりあえず暁美の引越しと、結界張りを優先させ
るよ。暁美と流は私と一緒に来なさい。裕と雪は結界張りに徹してくれ、私たち三人も戻ってきたら手伝うから。滝と
九木本さんはここで暁美の荷物を受け入れる準備と、滝、念のため室内にも結界を施しておいてくれ。さっ解散」
京介に促され、一時間近く続いた会議は終わり、皆はいそいそと各自の行動へと移ったのである。
(般若の奴・・・)
玄関に塩と水で作った小さな山をおいて結界を作る。
そう難しいモノではない結界だ。だが単純といってなめてはいけない。
きちんとした作法で作ればコレだけで充分なのだ。
次はベランダだ。
もくもくと作業をしながら滝は心の中で京介に毒づいた。
今、この家には自分と麗利が二人きり。
涼しい顔して京介はしっかりと謀を残していく。
あぁいうとこも”般若”だったときからまったく持ってかわらない。
だからこそなのか・・・”今”の自分が京介の弟なのは確かだが、どうにも京介をしっかりと”兄”と認識できない
のは。
口では”兄”といってもやはり内面的には”兄という名の肉親”ではなく”共に戦った仲間”という意識の方が強
いのだ。
滝は絶対に後で帰ってきたらしめてやる。という思いを頭の片隅に残しながらも、視界に入ってきた、空き部屋
で雑巾がけを楽しそうにしている麗利の後ろ姿を見つめた。
(馬鹿兄貴の謀など当然知らないだろうな彼女は・・・)
顔には出してはいないが滝は動揺していた。
(彼女と何を話せば良い・・?)
ほんの少し前の生徒会長と女子生徒というだけの関係ならとめどもなく普通の会話が出来ただろう。
だが今は?
鬼狩りの―・・七鬼狩の生まれ変わりとしての滝と麗利。
この短い間にいろんなことが起きすぎて彼女自身もとまどっているのだろう。
先程から時折見せる困ったような顔がそれを物語っていた。
何を話せば良い?昔の―・・前世のことか?
(果たして彼女がどこまで思い出しているのかが問題だがな・・・)
何を思い出してそして何を思い出してないのか。
仲間のこと、屋敷でのこと、戦いのことなどを覚えているのだろうか・・・
いや、それよりも・・
(俺と彼女の関係を思い出しているのだろうか?)
生まれ変わっても、俺の気持ちは変わらない。
生まれてから俺は”滝”として育ってきたが確かに俺は”雷寿”でもあるのだ。
本質は変わらない。俺は彼女を愛している。
でも彼女は?
麗利はどうなのだろう?
確かに自分のことを好いてはくれているようだ。
でももし拒絶されたら?
俺は”雷寿”として”鈴鬼那”を愛している。
そしてそれとは別に”滝”として俺は麗利を―・・
不安。
その思いだけが滝の心を支配していく。
「あの〜・・滝先輩?」
「っ!!」
考え込んでしまったようだ。
目の前に彼女が近づいてくるまで気付かないなんて・・
その手にはにごった水が入ったバケツが握られている。
どうやら道をふさいでしまっているようだ。
「あっ・・・あぁっ・・ごめんごめん。あっ重たいでしょ?貸して」
何とか誤魔化すように麗利腕からバケツを受け取ると一緒に洗面台の方へと歩き出す。
「あっすいません」
「いいよ。このぐらい大したこと無いから。あっ、俺の方も後一つで終わるからもうすぐそっち手伝えるから」
「はい、ありがとうございます」
暫く、じゃばじゃばと水の音が流れる。
その静寂を突然破ったのは麗利だった。
「あのぉ・・滝先輩。お聞きしたいことがあるんですけど」
「!何・・?九木本さん。俺で応えられることなら何でも聞いていいよ」
予想以上にびくりと反応してしまったのを気付かれていないか多少心配になったがそこは普段の生徒会長と
しての振る舞いを思い出して何とか冷静に保とうとする。
「えっと・・あの・・その前に・・ですね・・」
「?」
顔を赤らめてうつむく麗利に滝はおや?と首をかしげた。
「あの・・名前で呼んでもらってもいいですか?」
「えっ・・・」
「あっあの・・・!!なんというかっ・・!滝先輩に苗字で呼ばれると何だか逆にこそばいっていうかっ・・・・・!!
あぁもう何言ってんだろ私ってば・・・!!」
あわてふためく麗利。
その様子に思わず笑みがこぼれてしまう。
何も緊張していたのは自分だけでもなかったようだ。
(大丈夫。君が例え思い出していなくても君は君だから。俺が君を守るという事実に変わりはない・・)
「わかった、呼び捨てでも構わないかな?―・・麗利」
名前を呼ぶとひまわりが咲いたような笑顔で彼女は笑った。
「はい」
その笑顔に心癒される自分は何て現金な奴なんだと自嘲しながらも滝は先程の麗利の話を思い出した。
「えっと、それで?何が聞きたかったんだっけ?」
「はい。あの・・”鬼”についてなんですけど・・・さっき暁美さんから聞いた話だと鬼は今組織的な形を作ってるん
ですよね?どんな風になってるんですか?」
「あぁそうだね・・今後のことを考えるとそこの所詳しく知っておいた方がいいね」
きゅっと蛇口を止める。
「―・・まず頂点にいるのが”妖王”。勿論”鬼”達の中でも最も強く最も力があるモノだ。
そしてその次に力があるとされるのが四天王と呼ばれる四鬼。
四天王には、氷雪の将<刹那>、炎華の将<琥珀>、虚空の将<霧人>、夢幻の将<貴叉>がいるんだ。
そしてその”将”という称号が付いている鬼達にはそれぞれ二鬼ずつ<従者>というものが必ず存在していて、
この<従者>と呼ばれるモノ達は”将”の影のようなもので”使い”の形をとって動物だったり、武器の形をとった
りして常に”将”の傍らにあるんだ。そしてその下に<側近>と呼ばれる”鬼”がいる。
<側近>は各”将”の手下のようなものでその数は”将”によってまちまちなんだよ。俺達も充分には把握して
いない。
でもそんなに数は多くない。数ある”鬼”達の中でも”将”に選ばれた力のあるものだけが<側近>になれるんだ。
昨日、君を襲った”羅近”って奴もこの<側近>に属していて、氷雪の将<刹那>の配下にあたる。
あれでも氷雪の将の側近の中でも一番格下で”若い”鬼だったけどね。それ以上に強い側近がまだまだいるっ
てことだから充分気をつけて。
で、その<側近>の下に<鬼兵><妖兵>と続いて、<妖の者>の中でも一番下級の<妖>がいる。
<妖>が一番数も種類も多いんだ。俗にいう”悪霊”とか弱い”妖怪”と呼ばれる者もここに分類されるね」
ざっとこんな感じかな、と話し終えた滝は目線で何か質問は?とうながしてくる。
「その”将”の”氷雪”とか”虚空”とかって何から来てるんですか?」
「主にその”鬼”の本質―・・属性っていったほうが早いかな?そういうものから名づけられているんだよ。その名
のとおり、氷雪の将は水や氷を、炎華の将は火を操る。この二鬼はそういった自然の力を操ることが出来るけれ
ども厄介なのは残りの二人。虚空の将と夢幻の将は目に見えないものを操る」
「目に見えないもの・・・・・?ですか?」
「そう。虚空の将<霧人>は『無』なんだ。属性を持たず『空間』を作り出す」
「空間・・・?」
「そうだね・例えば・・」
首をかしげる麗利に滝は宙を指差してみせる。
「この指のすぐ先にある”空間”。障害物も何もないここは見えないよね?見えるのはその向こう側に存在して
いる風景だけ。ここをカッターか何かで切っても、紙を切るようには切れないよね?何もない、ただ透明な空気が
あるだけだからからぶるだけ。でも虚空の将はココを切ることができる。そうするとココに空間の”裂け目”が出来
る。虚空の将はその”裂け目”の”向こう側”の空間―・・つまりココとは別の亜空間と呼ばれる場所を自分のテリ
トリーとすることが出来るんだ。まぁ一種の結界のようなものだけど、術者である虚空の将に入り口を開けさせる
か、虚空の将自身を倒す以外には外から壊すことも中から出ることも出来ないんだ」
「何だか凄いですね・・掴まったら最後じゃないですか・・?」
「そうだね。でもそうポンポンと誰かを閉じ込めることは出来ないみたいなんだ。自分自身で亜空間を行ったりき
たりっていうのは容易いらしいんだけど、誰かを亜空間に押しやるには何か条件があるらしくて・・・まぁ今の”空間”
の話が一番大事だからよく覚えておいてね」
「はい」
「で、夢幻の将だけど、こいつは『夢』と『幻』を操る。己の髪を使って夢をつむぎ、幻を見せる。これは気の持ち
様だから精神対決になるね」
そこまで聞くと麗利は首をうなだれた。
「麗利?」
「何だか凄い相手ばかりなんですね。私・・・今まで”鬼”とかそういうのは空想の産物なんだと思ってました・・でも
確かに存在してるんですよね・・・何だか信じられないことばかりで・・・本当に・・私・・・何にも知らなくて・・・・・鈴鬼
那としての記憶もほとんどないし・・・でも先輩達と同じ仲間だって言ってもらえたとき凄く嬉しかったです・・あぁ戻っ
てきたんだな・・って心のどこかで懐かしくて暖かい気持ちも湧き上がってきました・・・だけど今の私は何も出来ない
・・・暁美さんは徐々に思い出せばいいって言ってくれましたけどそれでもやっぱり私・・・先輩達のお荷物になるのが
嫌です、凄く迷惑をかけそうで―・・」
気付くと滝は麗利を抱きしめていた。
「迷惑なんかじゃない。お荷物なんかじゃないよ麗利は。むしろ何も知らない君を巻き込んでしまった俺達にも
非があるし、君を再びここへと導いた運命も恨めしい。でも俺はその運命にも感謝している。再びこうして君と
出会えた。君が覚えていなくても俺達が覚えている。焦らなくてもいい。麗利・・君を守るために俺達は―・・俺
はいるんだから」
「滝先輩・・」
「―・・俺が絶対に守るから」
麗利を抱きしめる腕に自然と力がこもる。
その腕の中で麗利はそっとまぶたを閉じた。
何故だろう、とってもなつかしい。
そう・・・こうやって抱きしめてくれるのは始めてじゃない。
私はこの腕を知っている。
この暖かさを知っている。
とても懐かしくてとても落ち着く・・・
「はい」
心のもやもやが晴れていく気がした。
じんわりと暖かくなってとても優しい気持ちになっていく。
本当に何故だろうか。凄く凄く・・・懐かしいあなたの体温・・
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