10.
特に抵抗を感じることも無く麗利はその話を受け入れた。
鈴鬼那は私。私は鈴鬼那。
―・・やはりあなたは私ね
鏡に映った鈴鬼那の言葉がこだましながらよみがえる。
「あまり驚いてはいないみたいね。よかった・・・鈴鬼那としての記憶はある?」
記憶。
(あの夢・・・・?)
「記憶とはいえないかもしれませんけど・・夢を見ました」
「どんな夢?」
「えっと・・兄弟みたいな男の人が二人出てきて・・・確か雷寿と龍寿って読んでた気が・・・」
「龍寿か・・・」
流が苦々しげに呟いた。
「あっ・・!後っ、その夢を見る前に私・・鏡に映った鈴鬼那に会いました」
「本当に!?彼女何かいってた?」
「うっすらとしか覚えてないんですけど・・”最初のうちは戸惑うかもしれないけど彼等が付いていてくれる"
とか、”全てに対抗しうる力を欲しますか”って・・」
「あなたは何て応えたの?」
「”欲しい”って・・」
「そう」
暁美は考え込むように押し黙ると携帯を取り出してどこかへとかけはじめた。
「もしもし?私、暁美だけど―・・」
暁美はそのままベランダへと出て行ってしまう。
「あの・・・私なんかまずいことしちゃいましたか・・?」
不安げに聞いた麗利に流は大丈夫大丈夫と笑った。
「多分今後の対策を相談してるだけだと思うから」
「対策?」
「そっ。何せ麗利ちゃんは鈴鬼那の生まれ変わりだ。でも記憶が無い上に、力はある。イコール力の使い方
を知らない。ってことは今の麗利ちゃんは”鬼”たちにとってかっこうの”餌”なんだよ」
「餌・・」
「”鬼”は人を食らって存在していく。血肉を味わう奴もいるけど基本的には人間の生気・・いわゆる魂を喰らう
んだ。あの羅近もそうさ。ほら、最近連続通り魔事件があっったっしょ?アレ。全部あいつの仕業だったんだよ
ね。ここ最近”鬼”たちの動きが活発でさ〜」
「どうしてですか?」
「ほら、さっき暁美の話の中でも出てきただろう?俺達の前世―・・”七鬼狩”が倒した”妖王”って奴が復活する
らしいんだよね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
流はコンビニ袋の中からペットボトルのお茶を取り出しずずずっとすする。
ブラウン管から『只今の時刻は七時五十分です。』とかって女性キャスターが喋った。
外では小鳥がチュンチュンと・・
「そんなさらっといっちゃっていいんですかぁっ!?それって物凄く大変なことなんじゃ!?」
「あはははははははははははは」
「何で笑ってるんですか!?そんな他人事のようにっ!?もうっ小島先輩!!」
「はははははっごめんごめん!!」
「・・・・・・でも何で復活しちゃうんですか?倒したんじゃないんですか?」
「倒したわよ。二度と目覚めないように」
いつの間にか暁美が部屋に戻ってきていた。
「といっても止めを刺したのは雷寿なんだけどね」
「雷寿・・・滝先輩がですか?」
「そうよ。あの戦いでは双方大きな痛手をおったわ。”鬼”方は”妖王”を討ち取られ四天王とその側近をはじめ
とする”鬼”は壊滅状態。”七鬼狩”も雷寿と鈴鬼那を除く五人は相打ちという形で戦死したわ。
・・・あの戦いから五百年がたった。」
暁美は何処か別の場所を見ているような瞳で宙を見ていた。
「深手を追いながらも四天王を中心に”鬼”達は徐々に自分達の傷を癒し、身体を再構築させ日本各地に散った
妖王のカケラを集め始めたの。再び妖王と共に人の世を支配するために。まぁ雷寿が”二度と世に出ないように”
と無意識のうちにかけた”呪”がきいてるみたいでそれも時間がかかっているみたいだけどね。
”鬼狩り”もそれだけは邪魔していたみたいで、今尚妖王は不完全のまま。そしてその前にこっちは鬼狩り最強の
”七鬼狩”生まれ変わりが全員揃った。これはまたとないチャンスよ。油断大敵だけれどね。あちらが妖王を復活
させようとしていてもこちらにだってまだまだ打つ手は沢山あるのよ。だから大丈夫」
「そう・・・・・なんですか・・」
麗利はただただ頷くことしかできなかった。
分かるのに分からない。
知っているのに知らない。
そんなもどかしさが自然と胸の奥からこみ上げてくる。
ピンポーン・・
その時、突然にチャイムが部屋に響いた。
「?こんな朝早くに・・?はーい。」
麗利は半ばその場の空気から逃れられることにほっとしながらも玄関へと走っていく。
その後姿を見て流はふぅっと溜息をついた。
「まだ・・・麗利ちゃんに知られるわけにはいかないよな・・・」
「えぇ・・・記憶が戻っていないなら尚更よ。教えるべきではないわ」
暁美は麗利の後をゆっくりと追っていった。
再びその後姿を見ながらもう一度流は溜息をつき頭をかいた。
「”鈴鬼那”自身が奴等に狙われているなんて・・・な」
(誰かしら・・・?)
のぞき穴からそっとのぞいてみる。
「―・・!?滝先輩!?」
慌ててもう一度確認する。
そこいるのはまぎれもない滝本人の姿だった。
滝の制服姿しか見たことがなかった麗利には滝の私服の姿というものは新鮮でより一層かっこよくみえた。
麗利は自然とほてった顔を何とか冷ましながら鍵をゆっくりはずして開ける。
「おはよう九木本さん」
「おっ・・おはようございます滝先輩」
にっこりと微笑まれて冷ましたはずの熱が再び浮き上がった。
「驚かせてごめんね麗利ちゃん。私が呼んだの」
「暁美さん・・」
「突然押し掛けて本当にごめんね。さっき電話で暁美と話しあったんだけど皆で集まって話し合ったほうがいい
と思って。後三人来るけど・・・大丈夫かな?」
「いっいえ!全然構いません!!どうぞ上がってください!!」
「ありがとう。お邪魔します」
顔を真っ赤にして慌てている麗利を見て滝は可愛いなぁと思いながらクスリと笑うと、中へと入っていく。
すれ違いその背中を視界に入れた瞬間麗利はふとめまいを覚えた。
(あれ・・・・・?)
滝の背中に別の中にかが重なる。
腰まである長い茶髪。薄い浅黄色の着物。
胸が痛い・・
「―・・雷寿殿」
滝の方がピクリとはねた。
驚いたような顔で彼は振り返る。
「雷寿殿・・」
「鈴鬼那・・・?」
ぐらっと視界が傾いた。
「っ!?九木本さん!?」
気付くと滝の腕の中に抱きとめられていた。
「えっ・・・・・?」
「九木本さん大丈夫?」
「あっ・・・はい」
いまいち状況を飲み込めずに応えると滝の顔に安堵がにじみ出た。
「よかった・・・」
「!すっすいません・・!!私重いからっ・・・!もう大丈夫です!立てますから!!」
慌てて立ち上がろうとするがかすかによろめく身体を再び滝が支えた。
「無理はしないで。ほら、ゆっくりと落ち着いて」
よろよろと立ち上がりながらふと麗利は視線を感じる。
滝の”星”の宿った鋭く何処か寂しげででも温かい瞳が麗利を見つめていた。
二人の視線が絡み合う。胸がどきどきする。
そこへ。
「・・・・・・・あのねぇお二人さん。ラブラブなのはわかるけどさぁ場所を考えてね。俺見てると寂しくなるデショ」
流の茶化すような溜息と共に吐かれた言葉に、二人は顔を赤らめ慌てて目をそらした。
「若いわよねぇ・・」
などと暁美が更においうちをかけるように茶化すものだから二人は更に顔を赤くしていったのだ。
山深く深い緑に囲まれるようにしてその里はあった。
昔ながらの家々が立ち並び穏やかな風景が広がっている。
その中でも一番大きな家―・・この場合屋敷といった方が的確だろう―・・の庭に人影が一つ。
余程腕の立つ庭師が手がけたのだろうこの美しい日本庭園もその佇む人物に比べたら雲泥の差があると
いったところか。
男か女か分からない中性的な美しさ。
少年のようで青年のよう。少女のようで熟女のような顔。
青みがかったつややかな髪は背の中ほどでばっさりと切りそろえられている。
白く透き通った陶器のような肌は紫色の衣で覆われていた。
庭を眺めているように見えたその真っ黒な瞳はただ虚空を見つめているだけだった。
「―・・御館様っ!!」
静寂を破るように屋敷の中から一人の青年が出てきた。
「どうしました?透」
御館様と呼ばれたその不思議な人物の口からこぼれてきたのは聴くものを魅了するテノールだった。
その声からこの人物の性別が男だということが分かる。
「先程、緑妃様よりお電話がございまして、鈴鬼那様の生まれ変わりである九木本麗利様がお目覚めになら
れたと。緑妃様より伝言もことずかっております」
「緑妃は何と?」
「はっ。”神魔の巫女は未だ眠りの淵にありその力は不安定な状態にあり。至急こられたし”と」
「そうですか・・・わかりました。ご苦労、透。下がりなさい」
「失礼致します」
音もなく透はその場から立ち去る。
風が吹く、花の匂いを持ち合わせた風が。
男の神が僅かにたなびいて顔を隠した。
だから見えない。だから聞こえない。
そのときの男の顔が泣きそうに歪んでいたのが。
その唇が僅かに動いて言葉をつむいだのが。
「鈴鬼那」
と、苦しげに呟いた言葉。
それは春風と共に空へと吸い込まれていった。
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