8.








気付くと周りは何処までも続く闇。

足元には闇と同じ色に染まった水が広がっている。

麗利はその上に立っていた。

(ここは・・どこ・・・・?)

夢のような・・でも何処となく現実感があるこの場所を麗利は孤独だと感じた。

『あなたは力を欲しますか?』

鈴のような細い女性の声が響いた。

「誰っ!?」

麗利の正面の水面が揺れる。

ゆっくりとその下から姿見が現れた。

ふちが無いその鏡は麗利の全身を写すほどの大きさだった。

明かりも無い暗闇が続いていると思ったのにこの鏡はやたらはっきりと見える。

やはりこれは夢なのだろうか・・?

麗利はその鏡に映った自分を見た。

−・・いや、違う。

そこにうつっているのは麗利ではなかった。

麗利とは別の。だが双子のようにそっくりな女性が移っていた。

麗利がもう少し大人になったらこんな顔になっているのではないだろうか?

どこか憂いを含んだ落ち着いた大人の顔。化粧なのか両頬には紅い筋が入っている。

簪をさし高く結い上げた髪。

神社でよく見る巫女さんのような格好をしている。

「あなたは・・・誰?」

ふっとその女性は笑った。

『私は鈴鬼那。神魔の鈴鬼那』

鈴鬼那と名乗った女性は鏡越しに手を差し伸べてきた。

『あなたは力を欲しますか?』

「力・・・・・・?」

『全てに対抗しうる力を。例えどのような思いをしても欲しますか?』

「力・・・」

チカラ・・

(どういう意味・・・?)

でも。

「・・・・・・・・・・欲しい」

何故こんなわけのわからない状況でそんな言葉が出てきたのか不思議だったが・・・欲しかった。

自分自身を守れる力を。

守りたいものを守れる力を。

きっとこの女性が与えてくれる力はそういうものなのだと思うから。

何故だか知らないけれどもそう感じた。

だから

「欲しい」

もう一度答えを口にすると、鈴鬼那の悲しげだった瞳がふっと優しくなった。

『やはり貴女は私ね』

「え・・・・・・・・?」

囁くように発せられたその言葉は麗利の耳にはっきりと届くことはなかった。

鈴鬼那は苦笑してかぶりをふるとそれ以上は何もいわなかった。

『手を。鏡につけて私の手と合わさるように』

いわれるがままにそっと近づける。

すると水の中に吸い込まれるように鏡の中にすーっと手が入っていく。

自然と恐れはなかった。

鈴鬼那の顔が近づいてくる。

『あなたが力を・・・私を求めてくれてよかった。断られたら覚醒できなくなっていたところだったから』

笑った顔は少女のようで、今の麗利そのままだった。

『でもすぐに全てが戻るというわけではないの。最初のうちは戸惑うかもしれないけど・・大丈夫ね。

彼等が付いていてくれるのだもの』

身体の半分以上が鏡の中へと入っていく。

『でも"力"には気をつけて。使い方を誤れば仲間をも傷つけてしまうから。闇に決して溺れないで。

自分を見失っては駄目よ・・』

顔が重なり体が重なり・・・・・・・・・・段々ろ鈴鬼那の声が遠くなっていく。

―私は鈴鬼那。神魔の鈴鬼那。私は貴女の―・・

そこで全てがブラックアウトした。















羅近の腕が振り下ろされる。

まるでそれは映画のワンシーンのようにスローモーションで見えた。

「だめ―・・!!!!!」

あわや絶望的かと思われたその時。

閃光がほとばしった。

そう、麗利の体から。

「ぐぉぉぉっぉぉっぉぉぉっぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」

その閃光を浴びて羅近が苦しみもがいた。

その皮膚は見るも無残に爛れ、シューシューと音を立てながら煙を上げている。

苦悶する羅近は体を苛む痛みにもがきながらも驚きに目を見張った。

(まさか!?この娘―・・いやこの方は!?)

光が徐々に薄れていく。

「ぐっ―・・がっ・・」

所々皮膚の下が見え隠れする何ともグロテスクな格好になった羅近は身をよじらせその口内からおびただ

しいどす黒い血を吐き出した。

と、ぐにゃりと周りの景色が”ぶれた”。

「流っ!!そいつを逃がしちゃ駄目よ!!」

「ラジャ―・・!!」

流は跳躍する。

「来い!!風月!!」

何ももっていなかった流の右手に柄が青い日本刀が”顕れる”

「チェストォォォォォォ―!!!」

空中で鞘を投げ捨てるとそのまま羅近めがけて刃を振り下ろす。

爆音とともに煙が舞った。

煙が消えた後には、小さなクレーターができたコンクリートの中心に刀をつきたてている流の姿があるだけ

だった。

「ちっ・・・逃がしたか・・・」

(まぁ最後にあんだけくらわせられりゃもう存在するのも時間の問題だと思うけど・・)

ブ・・ン

空間が揺れる。

「流。結界が破れるわよ。人に見つからないうちに場所を移動するわ」

「麗利ちゃんは?」

「寝ちゃったみたい」

三人はその場から静かに去っていった。

後には先程のクレーターもない、いつもの屋上と人々のざわめきがあるだけだった。
















羅近は闇をかけていた。

自分の死期が間近に近づいてくるのが分かる。

もうこれでは再生もままならない。やがてこの身には完全なる死が訪れる。

(その前に・・消える前にお知らせせねばっ・・・)

どのくらいの時間闇をかけていただろうか。

唐突にそれは現れた。

―・・我等が王のおわす城への入り口。

その中に羅近は半ば突っ込む形で入城した。

「無礼をお許しくださいませっ!!羅近にございます!!」

入った瞬間そう大きな声で叫んだのはいいが傷が深いためかバランスを崩して転倒し、そのまま広間の

真ん中へとすべり落ちた。

そこには四つの影がある。

すぐさま態勢を立て直そうとするが思うように身体が動かない。

急がなければ・・急がなければ・・

「御前を汚すことお許し下さいっ・・しっ・・至急我等が妖王様にお伝えしたきことがござまするっ!!」

「羅近。妖王様は未だ長き眠りについておられる。用件ならば我が聞こうぞ。我が忠実なる側近・羅近よ。

何があった?」

四つの影のうち一番小さい影が動いた。

その声はまだ幼かった。

容姿も幼い、十歳を過ぎた頃だろうか。

ニット帽に青い柄もののTシャツ、半ズボン。色素の薄い髪をショートにした少女だ。

だがその氷のように鋭い目だけは大人の―・・長く生きたものの目をしていた。

そのものこそが羅近が使える氷雪の将・刹那その人であった。

「もっ申し上げます・・"神魔の巫女"を発見いたしました・・」

ザッ―・・

その場の空気が揺れた。

羅近の言葉に反応した四天王の気のゆれでもあった。

だがそれよりも大きな空気の乱れが部屋の奥からも感じられる。

この部屋の奥に眠るのはこの城の主。

その気に羅近は圧迫されるように更に床にはいつくばった。

「・・・・・・・・・羅近、その傷は"神魔の巫女”にやられたのか?」

刹那の視線が羅近を貫く。

「はっ、しかし未だ完全には覚醒なされておらぬ・・よ・・うで力を充分に操られてお・り・・ませ・・・ぐっ・・」

(だめか・・もう自分は終わる・・もっとお伝えせねばならんのに・・・)

「・・・刹・・那様・・私を・・・私を・・・」

羅近のいいたいことを理解したのか刹那はそっと頷いた。

「大儀であった、羅近。我が側近として存在したことを誉れに思い、そしてその身朽ち果ててもお前の力、

永遠に我の中で行き続けることを光栄に思え」

刹那は羅近の耳元でそう囁く。

そして―・・牙をむき首につきたてた。

「あ・・・りが・・たき幸せ・・・・にご・・ざい・・」

がくりと力が抜け羅近は事切れる。

ぬけがらと化したその器は砂のようにさらさらと崩れ跡形も無くなくなった。

刹那はその様子に一瞥もくれず口を袖でぬぐった。

「で?何か詳しいことは分かったのかしら、刹那」

よく澄んだ、どこか艶のある声で白いワンピースを着た女―・・四天王が一人夢幻の将・貴叉(キサ)

がいった。

「気安く名前を呼ばないで欲しいな夢幻の将」

「相変わらず冷たいなぁ、氷雪の将殿は」

そこに割ってはいる男の声。

日憎げなその言葉は良く響く低音で赤いスーツを着ていた。影の中で一番の長身のこの男は炎華の将・

琥珀である。

「馴れ馴れしいのが嫌いなだけだ。特に女臭いのは嫌いでな」

「腹の立つ餓鬼ね。可愛げってものがないわ。それに今のあなたのその器、中身とギャップがありすぎる

わよ。ねぇ?貴方達もそう思わない?琥珀、霧人(キリト)」

今にも一発触発しそうな二人に琥珀は首をすくめて見せる。

「さぁな?その気持ちは男にはわからんのだよ。残念なことにな」

「とりあえず先に進めませんか?その話は後でゆっくりと論争いたしましょう」

と、その場を落ち着けたのが四天王最後の一人・虚空の将・霧人であった。

黒と白のTシャツを重ね着してチノパンを履いている。どの器に転じてもいつも顔が笑っているのが特徴的だ。

「それで、先程の者から吸い取った記憶から何か分かったことはあったのですか?氷雪の将殿?」

穏やかな顔で霧人に問われ刹那は眉を顰める。

刹那は霧人がはっきりいって苦手なのだ。

(こいつは何を考えているのかわからぬからな)

「・・・・・・・・・”神魔の巫女"の目覚めは突然だった。それまでは少し力がある上手そうな娘に見えた

らしい」

「何?氷雪の将殿の側近は喰おうとしたわけ?わぁ命知らず」

「"神魔の巫女”の側には”鬼狩り”の一族の・・・・・ほぅ・・"七鬼狩り”も目覚めたようだ。”暗闇の緑妃”

と魔刀の隼人”がついていたようだな。おそらく覚醒していなかった"神魔の巫女”を我等妖の者から守

るために護衛としてついていたのだろうな」

「あら?ということはやっぱり"神魔の巫女”は完全ではないのね?」

「"妖の者”とあってもそれが何か分からない。本来ならば羅近程度の"妖の者”ならば一瞬で消し去る

ことが出来る"力”を充分に発動させることが出来なかったということからもその可能性が大ですね」

「まだ"神魔の巫女”であったときの記憶もないってか?そりゃ好都合だな」

「今回はこちらに利がありそうね。ふふっ・・・楽しみ」

「後は・・」

四人の視線が奥へと注がれる。

風が吹いてくる。

重苦しい"気”の風が。

「妖王様の完全なるお目覚めを待つばかり・・・」

「後ちょっとなのにねぇ・・・・・・・琥珀、器の方は見つかったの?」

貴叉がじ〜っと隣に立つ琥珀を睨む。

「いじめないでよ貴叉ちゃん。こっちも色々大変なんだよ?君達はもうノルマクリアしたわけ?」

「私のほうは基準値を超えましたよ」「我もだ」「私もよ」

三人の責めるような解答に琥珀はうなだれる。

「・・・・・・・・・だったら手伝ってくれてもいいじゃないか」

「駄目よ。それにこっちはこっちでやりたいことが出来たしね」

貴叉は魅惑的な笑みを浮かべる。

「七鬼狩りたちも目覚めているんでしょ?だったらやることは一つよ」

「もしかしなくてもアレか?ご執心だねぇ」

「えぇそうよ―・・五百年待ったのだ。待って待って待ちくたびれた。このはやる気持ちいかようにして抑え

ることが出来ようか」

そこにいるのは気高く美しい夢幻の将。

瞳に宿るは血の様に真っ赤な炎。

「楽しくやりましょう」