7.
静まり返った中で自分の息遣いが酷く響いた。
なるべく音を立てずに、だが素早く階段を登っていく。
(すぐ隣に同じ高さのビルがあったはず・・・間だってそんなにあいてなかったから跳べる―・・)
そんなことを考えながらひたすらに階段を登っていくと屋上へと続く扉が見えた。
ゆっくりと開ける。そこには子供向けの屋内遊園地が広がっていた。
麗利は扉を閉めると近くにあったベンチやゴミ箱を扉の前に運び扉が開かないようにした。
(これで暫くは大丈夫・・)
踵を返し遊具内を突っ切る。
人のいないそこは何だか不気味だ。
普段なら愛らしくみえるキャラクターものの乗り物やらが今はおぞましくみえてしょうがない。
震える身体を叱責して走る。
と。
突然に全ての遊具が動き始めたではないか。
「!!」
百円で動く乗り物が陽気な音を立てながらぐわんぐわんと動き、ミニゴーカートが操縦者もいないのに柵
の中を疾走する。
小さな子供用の列車は汽笛を鳴らしながらレールの上を走り回る。
「なっ・・・・」
その光景に麗利は思わず足を止めてしまった。
「なにこれ・・・・」
「見ーつけた」
「・・・・!?」
悪意がこもった笑みを浮かべ若者が立っていた。
麗利のすぐ目の前に。
「嘘・・・・」
扉に目をやるが障害物がどけられた様子は無い。
先回りしたのかとも思ったがそんな気配はなかった。突然にそこに現れたのだ。
(そんな・・・どうやって―!?)
「案外呆気なかったな。まぁ退屈しのぎにはなった・・もう充分だ。娘、喰われろ」
男の手が伸びてくる。
―・・ダメッコノ手ニ捕マッテハダメ。喰ワレルカラ。
麗利は反射的に身体を沈めて男の手をかわし、足払いをかけた。
「ぐっ・・・・!?」
まさかここまできて反撃してくるとは思わなかったのか男は前向きにバランスを崩した。
「小娘がっ―・・!!」
男の手が逃げようとした麗利の足をつかむ。
「嫌!!離してよ!!離せ!!この変態!!」
足を振るが男の手は離れない。
どんどんと足をつかむ力が強くなる。
(痛い―・・!!折れるっ!!)
足を引っ張られ男の下へと麗利の体は引きずり寄せられた。
麗利の上に馬乗りになった男はにぃっと笑った。
麗利はこのとき男の瞳が赤く―・・血のように赤く変色しているのに気付いた。
そして男の歯も変化していった。
まるで狼のように鋭いものへと・・
口が開かれる。中は真っ赤だ。血で塗りたくったように真っ赤だ。
麗利は"死”を感じた。目の前の赤い穴は黄泉への道。
(殺されるっ―・・!!)
「ねーちょっとそこのお兄さん〜?俺達の可愛い愛娘になぁに手だしてんのさ」
ぎゅっと目をつぶった麗利の耳にその場に不釣合いな声が聞こえてきた。
「小島先輩っ!?暁美さん!?」
誰もいないと思っていたこの場所に二人は現れた。
暁美は優雅にベンチに座って。
流は・・・・
「やっほー麗利ちゃぁ〜んv」
ミニ列車の上に立っていた。
「これ結構楽しいなぁ。麗利ちゃんもやってみるぅ?」
カコーンっと音を立ててその頭に空き缶が投げつけられた。
「何馬鹿やってんのよ。アンタは」
「痛っ!!投げんなよ暁美〜」
「五月蝿い黙れ。今は麗利ちゃんのほうが先でしょうがっ!!」
そんなことを二人がやっている間に男は素早く麗利の上から体をどけ態勢を整えていた。
「貴様等何者だっ!?私の結界の中に入り込むとは中々やる・・・何処の鬼狩りだ・・・?」
「あら。教えてあげてもいいけどまず自分から名乗ったら?それが礼儀ってもんでしょ?それとも礼儀
すら分からない新参者の鬼なのかしら?あなたは」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いいだろう。我は古より四天王・氷雪の将刹那様に使えし側近が一人羅近。
さぁ貴様等も名乗れ。言霊はかえられんぞ!」
暁美は立ち上げるとスカートの裾を直す。
流は走る列車の上から飛び降り暁美の側へと歩み寄る。
「私立辰波学園生徒会書記、高矢暁美」
「同じく小島流。ついでだから鬼狩り師としての名前も教えてやるよ」
二人はこれからイタズラでも起そうとする子供のような目でお互いに合図を目配せしにやりと笑った。
「私は"暗闇の緑妃”」
「俺は"魔刀の隼人”!!」
その名乗りに羅近と名乗った男は愕然とし、同時に怒り・憎しみ・喜びがこみ上げてきた。
「何とっ!?・・・そうか・・・やはり貴様等"七鬼狩り”も目覚めていたか・・・・・くくくくく・・・・」
羅近は肩を震わせて笑った。
「よぉ羅近、久しぶりだなぁ。相変わらずしけた顔してやがんなてめぇも」
「隼人!!貴様に味合わされたこの傷の借り今日こそ返してくれるわっ!!」
「羅近よぉ、しつこい男は嫌われるんだぜ?五百年も待ってくれて悪いんだけど、今度はちゃぁんと跡形も
無く消してやるから安心しな」
「ほざけ!!調子に乗るなよ隼人!!まだ完全とはいえないが見たところそれは貴様等も同じことだろう
!!勝機は私にもある!!」
「そうね。あなたのこの結果。中に入るのには中々骨を折ったわ。でも・・はいられたことにも気付かれない
奴に勝機なんてあるのかしらね?」
嘲け笑うように言い放った暁美に対し、羅近は顔を染め激怒した。
「おのれ言わせておけば!!」
まさに鬼の形相の羅近の顔が麗利のほうを見た。
「この娘喰ろうてから貴様等の相手をしてやる!!」
「ちっ!!」
(挑発に乗らなかったか!!)
流は舌打ちすると麗利を頭から喰らい付こうとする羅近に飛びつこうと駆け出した。
が。
「うわっ!?」
コンクリートの地面がぐにゃりと伸びて流の前に立ちはだかった。
「馬鹿!!ココが奴の結果内ってこと忘れてんでしょ!!」
暁美は流を叱責すると麗利のほうにむかって手を伸ばした。
(駄目!間に合わないっ!!)
暁美は叫ぶ。彼女の"名前"を−・・
「麗利ちゃん!!!―・・鈴鬼那!!」
もう既に人間の顔とは呼べないその顔がこちらを向いた。
「この娘喰ろうてから貴様等の相手をしてやる!!」
男が再び近づいてきた。
麗利は混乱していた。
この男と二人が知り合いのようだということ・・・三人とも普通じゃないということ・・・
(五百年って何・・・?それに鬼狩り師って・・・)
緑妃と隼人。
二人がそう名乗った時、反応をしたのは羅近だけではなかった。
(知ってる・・私もあの名を知ってる・・・)
とても懐かしい響き。
(どこかで聞いた・・・何処で・・・?)
男の口が大きく開き両側から鋭く伸びた爪が振り下ろされた。
暁美の声がした。
「麗利ちゃんっ!!―・・鈴鬼那っ!!」
その時麗利の視界が一変した。
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