6.
「あっ!この香水でたんだぁっ!!ん〜いい香り、買っちゃおっかなぁ・・・?あれ?麗利ちゃんどうかした?」
首をきょろきょろさせている麗利に暁美は首をかしげる。
「いえ何か・・・変な感じがして・・悪寒っていうんですかね?さっきから背中の辺りがゾクゾクして落ち着かないん
ですよ・・冷房の効きすぎなのかな・・・??」
勿論それだけではない。
みんなの憧れの先輩二人を独占しているのだ。
緊張もしている。
(でもやっぱりそれとは違った感じが・・・)
「多分そうじゃないかしら?私もちょっと肌寒いのよ。あっ!アレじゃない?麗利ちゃんがいってみたかった
お店って」
「あっ本当だ!」
麗利は暁美の指差した方向にある雑貨店に入っていった。
意気揚々と走っていく麗利の後をゆっくりと追いながら暁美はにこやかな笑顔は変えずに横にいた流に小さな声
で話しかける。
「流、気配はする?」
すると流もひょうひょうとした表情は変えずに―・・硬い声で答えた。
「いや、今のところは。でも、血の匂いはするな」
「そう・・気をつけたほうがいいわね。彼女、昔から敏感だったから。私達でも気付かない気配を感じているなら
結構な物だって事ね」
「そうだな・・・いっそのこと俺達で片付けちまうか?」
「そうね・・出来ることならそうした方がいいかもしれないわね。でもその前にその存在を見つけなきゃ・・」
雑貨店に入ると麗利は既に買い物を終えていた。
「欲しい物はあった?」
笑顔を向けて聞くと麗利は嬉しそうに「はい」と頷いた。
その仕草が可愛らしかったものだから暁美は思わず麗利を抱きしめた。
顔を真っ赤にし慌てふためく麗利をようやく解放すると暁美は「疲れちゃったから喫茶店にでもいきましょうか。」と
誘った。
「あの暁美さん・・その前に私ちょっとお手洗いに言ってきてもいいですか?」
暁美の耳にこそっと話しかける。
「えぇいってらっしゃい。そこの階段の横にあるから。あっ荷物はもっててあげる」
「ありがとうございます」
「じゃ先にいってるわね」
「はい」
待たしてはいけないと走っていく麗利を見送りながら二人は喫茶の中へと入っていった。
―・・今だ!!
獲物である少女が連れから離れた。
更に都合のいいことに人気の無い階段のお手洗いへと入っていく。
(どうする?中で喰らうか・・?いや・・今回は少し遊ぶとするか・・・・くくっ・・試しに力を使うのも悪くは無い・・)
男は階段の方へと足を踏み出す。
最高の食事が得られる満足感と共に、自虐感が溢れ出して来た。
だから男は気付かない。
二つの視線が男を追っていることを。
麗利は手を洗うと洗面所の鏡に映る自分と目が合った。
「私みたいなのが生徒会にはいってもいいのかな・・・?」
思わず独り事がでてしまう。
顔は・・・まぁ自分で言うのもなんだが整っている方だと思う。
文武両道・・・といっても中身はそこそこだし特に自慢できるようなことは何一つ出来ない。
「大丈夫なのかなぁ・・・?」
自然と溜息までもでてくる。
あれだけ壮絶なメンバーに囲まれていては肩身が狭いというものだ。
(そりゃあんだけ素敵な人たちと一緒にいられるなら・・・嬉しいけど)
バシャリと顔を水ですすぐ。
(だけどやっぱりなぁ・・・・)
水の冷たさが心地いい。
鞄の中からタオルを取り出し顔を拭く。
「はぁ・・・・でももう話しうけちゃたし・・今更断っても悪いし・・成り行きとはいえこういうことは最後までやらなきゃ
駄目よね・・・」
それに他の生徒に言わせればまさに棚から牡丹餅、うらやましい話なのだろう。
「私ってば贅沢なのかしら?」
そりゃそうだ。
これで断ったりしたらそれはそれで周りから何を言われるか分かったもんじゃない。
持ち前のポジティブ精神で麗利はとりあえずこのことについてはウジウジ悩むのは辞めることにした。
「まっ何とかなるでしょ。がんばれっ私!!」
ピシリと頬を叩き気合を入れると、少し気分が楽になった。
暁美たちと一緒にいると緊張するもののあちらもあちらでこっちに色々時を使ってくれているのが感じ取られる。
あんな良い先輩達がついていてくれるなら何とかなるだろう。
(あっいそがなきゃ・・!暁美さんたち待たせてるんだった!!)
お手洗いの外へ慌てて出る。
と・・・
「あれ・・・・?」
妙だ。
麗利が今いるのは少し奥ばったところだ。
だから人気が少ない・・・が人の声ぐらいは聞こえるハズだった。
なのに―・・
麗利は駆け足で通路へと出る。
誰もいない。
親子連れやカップルや若者の姿。さっきまでここを確かに行き来していた沢山の人影が忽然と消えていた。
店員すらいない。
走ってさっきの雑貨屋までいってみるがそこにも誰もいない。
(閉店は十時のはずなのに・・・)
暁美と流がまっているはずの喫茶店にも駆け込む。
やっぱりいない。
「何で・・・?何で誰もいないの・・・?」
麗利は恐怖に駆られる。
(誰でもいい・・人の姿を見たい・・・!)
麗利はエレベーターまで走る。
乗り場には窓がある。外の景色が良く見える窓が。
(今の時間帯なら車が沢山通ってるし、人だって―・・)
「い・・・ない?」
道路を走る車も、通りを行きかう人々も−・・いない。
明かりはついているのに人の気配も姿も無い。
沈黙だけがその場を支配する。
「はは・・・・何コレ?たちの悪い冗談・・・私・・夢でも見てるのかなぁ・・・?」
途端吐き気がこみ上げてきた。
(ここは嫌・・・・ココは気持ち悪い・・・)
この場の空気が嫌。口元を押さえる。
「ここから・・・・出なきゃ・・・」
「ほぉ・・やはり極上品だけとあってココを感じ取れるか・・・」
「っ!?」
麗利の後方10mばかりの位置に人が立っていた。
刈り上げられ染められている金髪。健康そうな日に焼けた肌。背は190ぐらいだろうか・・
一見どこにでもいそうな今時の若者。
(でも・・・・コレは違う・・・)
コレハ危険。
麗利の中で何かがそう告げた。
(逃げなきゃー・・!!)
麗利はエレベーターのボタンを無我夢中で押し続ける。
後ろで男が笑った。
「逃げるか。面白い。では逃げるがよかろう。娘、お前は兎だ。そして私はそれを刈る狩人」
チン
エレベーターの扉が開くと同時に中に駆け込み”閉”のボタンを押す。
「30秒数えよう。そうしたら遊戯が始まるぞ。くくっ・・・楽しい”鬼ごっこ”の始まりだ!」
男の言葉が終わると同時に扉が閉まった。
麗利は無意識のうちに頭の中で数を数えていた。
(29,28,27,26,25,24、・・・・)
エレベーターは上昇する。
ボタンを何個か押し適当に止った階でおりる。
エレベーターは尚も上がり続ける。
これでアレはだまされてくれるだろうか・・・?
(・・・・15,14,13,12,11・・・)
階段まで走って屋上へと上がっていく。
(5,4,3,2,1―・・0!!)
エレベーターが5階で止まり、7階で止まり、10階で止まり、最後は最上階で止まった。
どの階で娘は降りたのか。
男にはすぐに分かっていた。
(娘は7階で降り階段を登っている)
手に取るようにその行動が分かる。
その呼吸音も。
足の運び方も。
必死な形相も。
何せここは男の生み出した結界の中なのだから。
「くくくくく・・・せいぜい恐怖するがいい。それほど上手いものはない」
男はゆっくりと階段を登り始めた。
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