8.5章 間章〜記憶の夢




麗利は夢を見ていた。

まるでそれはビデオを再生してみているようでここでの麗利は只の傍観者に過ぎなかった。

とても・・とても不思議な・・懐かしい夢だった。












そこはどこかの屋敷だった。

(まるで時代劇に出てくるお屋敷みたい)

夢の中の麗利は縁側に座って柱にもたれかかり中庭を見つめていた。

着ているものは薄赤い着物で古典の教科書でよく見た"水干姿”という形に似ていた。

でもこの身体は女の人のものだ。

胸元には青い勾玉がぶら下がっている。

中庭には睡蓮が浮かんだ橋のかかった池があった。

『何と世界の美しきこと・・・』

夢の中の麗利の口から麗利ではない別の誰かの声が漏れる。

(この声・・・・どこかで聞いた気が・・・)

『このようなところで何をしておられるのですか?』

後ろから男の人の声がかかった。

しかし"私”は振り返らない。

その男の人をよくしっているから。

『まだお体の調子は充分ではないのですよ。お部屋にお戻り下さい。風邪を召されます』

『花を・・見ておりました』

『花?』

『このような御時世でも自然はいつでも美しいものです。花を見ていると私達は何と醜悪で愚かな

生き物なのだろうと思えてしょうがないのです』

ふっと視界が翳り何も見えなくなる。

男に目隠しをされたのだ。

『?』

『ならば見なければよいのです。そうすればそのようなことは感じずにすむのですから』

"私”は男のその言葉にコロコロと鈴がなるように笑い声を立てた。

『何をそんなにむきになっているのですか?龍寿(リュウジュ)殿、貴方らしくもない・・・・・冷えてきまし

たね、部屋に戻ります』

男の手をはずすと"私”はすっと立ち上がり部屋の中へと戻っていった。




場面がきり変わた。




今度はどこかの雑木林の中。

麗利は木々の間に立っていて、雑木林の少し開けた場所に立っている少年を見ていた。

少年は剣を一心に素振りしていたがこちらに気付いたのかその動きを止める。

『鈴鬼那様・・・っ!?何故このようなところに・・!?』

(!そうだ・・あの鏡の女の人・・・・これは鈴鬼那の・・・)

少年がはっとしたようにその場に膝をつき頭を垂れた。

『何か御用でしたでしょうか?』

『いえ・・只』

"私”の口から漏れる声は先程より幼い。

少年が顔を上げて首をかしげた。

『只・・?』

『・・・・・・あなたの動きに見惚れておりました』

少年は面食らった顔をした。

(あれ・・・?この男の子・・・さっきの人と似てる・・でも髪の色が違うわ・・さっきの人は黒髪でこの

人は茶色・・・兄弟・・なのかしら?)

『ご冗談を。鈴鬼那様』

『冗談などと・・本当ですよ。貴方の剣の腕は素晴らしい』

ふと、視線が下に下がった。

『・・でもそれだけでは駄目。あなたは"力”に頼りすぎている節があります』

顔を上げると困惑気味の少年の顔。

『では・・私めに一体どうしろと?』

『貴方の兄君と同じように私のところへ来ませんか?』

『!?鈴鬼那様のお屋敷に・・ですか!?』

『えぇ。元服前とはいえ貴方にはその資格が充分にあります。そしてこれからも十二分に成長するで

しょう。私はそれを見てみたい。本家に来ていただけますか?"鬼狩り”の先発隊である私達の元に』

鈴鬼那が手を差し伸べると少年はゆっくりとその手をとった。

『共に闘いましょう。雷寿(ライジュ)殿』




また場面が変わった。




次は薄暗い部屋の中。

麗利は―・正しくは鈴鬼那は灯火の下、物思いにふけっていた。

カタッ

『誰・・・?』

声は"少女”の声ではなく最初と同じ"女性"の声に戻っていた。

音がした方に目をやるが薄暗くてよく見えない。

誰かがいる気配だけはしたが。

『誰?―・・雷寿殿?』

その気配が雷寿のもののように感じたから名を呼ぶ。

影がピクリと動いた。

『雷寿殿なのですか?暗くてよく・・・灯りを―・・』

灯火に手を伸ばそうとした瞬間、火が素早く消されてしまった。

『雷寿殿・・?』

抱きすくめられた。

『どうしたのですか?何をそんなに震えているのです?』

男の身体は小刻みに震えていた。

まるで泣いているかのように。

鈴鬼那はその行動に戸惑いながらもそっとその背中に手を回した。

『何をそんなに悲しまれるのですか?大丈夫です。大丈夫』

男の腕に力が入る。

鈴鬼那は痛さに顔をしかめるが何もいわずに只、抱きしめ返すだけだった。

ふと力が弱まった。

男が身体をわずかに離しその顔を鈴鬼那の顔に近づけてきた。

その時今まで隠れていた月が雲間から顔を出した。

部屋の中に月明かりが差し込む。

近づいてきた顔に自然と目を閉じようとした鈴鬼那は月明かりによって照らし出された顔を見て驚愕

した。

『あなたはっ・・・!?』

口がふさがれる。

『んっ・・・・・・・』

男の手が着物の中へと入ってくる。

『嫌っ・・・・・!!』

力の限りに男を押しのける。

目じりに涙が溜まってきた。

『龍寿殿・・っ・・何故・・・何故貴方がこのようなことを・・・・』

龍寿と呼ばれた男は悲しげな目でこちらを見てきた。

(この人・・・最初に見た人・・)

『何故・・・・・・・ではないのですか?』

龍寿の口がかすかに動く。

『え・・・?』

しかし聞き取れず、聞き返すと龍寿は鈴鬼那の肩を掴みゆすりながら声を荒げた。

『何故私ではないのですか?何故弟なのですかっ?一つ年が離れているだけで顔も身体も声もそっ

くりだというのに・・・・っ!私のほうが貴女の側に長くお仕えしているというのにっ!!・・・何故・・・

何故なのですか・・っ!?』

『落ち着いてください龍寿殿っ!!』

物音を聞きつけて誰かがやってきた。

『鈴鬼那様!!如何なさいましたかっ!?』

雷寿の声だ。

"私”は自分の血の気の引く音を聞いた。

『雷寿殿!?いけない!入ってきては駄目です!!』

しかし遅い。

雷寿は鈴鬼那の制止の声と共に襖を開け部屋に入ってきてしまった。

『兄者・・・?何を・・・』

『何故・・・何故お前なのだっ!!』

龍寿の形相が般若のように変化した。

雷寿ははじめてみる兄のその顔に驚き目を見開いている。

『いつだってそうだ・・・・お前ばかり・・・・お前さえいなければ・・・っ』

ぶわっと部屋の中に突風が起きた。

龍寿を中心に"力”の渦で作られた小さな竜巻ができる。

『だめっ・・・!!駄目です龍寿殿っ!!憎しみにかられてはっ!!負の力を集めては駄目!!その

ままでは・・・っそのままでは貴方は鬼になってしまう!!龍寿殿っ!!』

しかし"私"の声は届くことはなかった。

”力”の中で龍寿が変化していった。

耳がとがり、牙が生え、髪が更に伸び・・・・そして頭に突起物が二本生えた。

額には肉の裂ける音と共に三つ目の瞳が開かれた。

バンッ-・・

光がはじけたかと思うと彼の姿はそこから跡形も無く消えていた。

"私”は力なく崩れ落ちた。

『何と・・・何ということなのでしょう・・・"鬼狩り"のものがみずら"鬼”になってしまうなどと・・』

『鈴鬼那様・・・』

『私は・・・・私は一体どうしたら・・・・・・・・・・』

鈴鬼那は雷寿の腕の中でただただ泣き続けた。








空間が砕け散った。

まるでガラスが割れるように。

麗利は虚空に放り出される。

鈴鬼那のあの時聞こえなかった言葉を急に思い出した。

―・・やはり貴女は私ね

意識がまどろんだ空間から一気に浮上していく。