「それで?その後どうなったんだ?」

 「もちろんバディに説教されましたよ、何でもっと早く言わなかった!と」

 メッケンたちが帰った後"よりによってアレの息子が副隊長だと!?"と即座に詰め

 寄ってきたバディをハロルドが何とか押さえ込んでくれたからあれですんだものの

 ・・・正直二人だけだったらあと何時間お説教が続いていたかわからない。

 そのときのことを思い浮かべてむむむっと眉間にしわを寄せたリーシェを尻目に隣に

 座る陛下は腹を抱えて笑った。

 「ははは!!災難だったな!!」

 「笑い事じゃありませんよ!本当はもっと早く彼にも伝える予定でしたが・・・・誰か

 さんが余計な騒動を起こしてくれたおかげで言いそびれてしまっただけです」

 「俺は過ぎたことはさっさと水に流す主義なんだ」

 しらっと自分に責任はないと言い切る陛下にリーシェはため息をついてあきらめた。

 「・・・・・・・・・ところで、陛下。自然と隣に座っていらっしゃいますがご公務の最中

 では?」

 今二人がいるのはいつもの東屋だ。

 一人考え事をしていたリーシェの隣にいつの間にかやってきた陛下が座っていた。

 「いやぁなに、可愛い部下がなにやら深刻そうに考え込んでいるから様子を見に

 −・・っと」

 「―・・たっ」

 ピンっとおでこを小突かれた。

 「??」

 「今は俺とお前しかいないだろ?減点1だ」

 微妙に痛いおでこをさすりながら、はて何のことだったかと考え・・・・・・・思い出し

 た。

 「・・・・・・ノイン、お気遣いはありがたいのですがそれは”抜け出してきた”っていう

 んですよ?また宰相閣下の胃を痛めるようなことをなさって・・・」

 「人聞きの悪いことをいうな!今日の分の仕事は片付けてきたから今は正真正銘

 自由の身ってやつなんだぞ−・・おいおいおいおい、何だその目は、疑ってるな?

 いや、本当だって今日は!!」

 日ごろの行いが行いだけに疑いの眼差しを向けずにはいられないリーシェだが必

 死に弁解する陛下を前にしぶしぶ頷いた。

 「ひっでーなー。俺にしては珍しくマジで仕事終わらせてきたのに・・」

 肩を落とす陛下にリーシェは苦笑する。

 「すいません。ですがいつもそうしていただけるのであれば私もすんなり納得できる

 のですが・・・あぁそうだこれを機にもう二度と公務中に脱走しないと誓っ」

 「ごめん、無理です」

 リーシェの言葉が終わる前にすかさず答えがかえってくる。

 「ノイン」

 「だってさー、絶対無理だって!俺事務作業とかむいてないし!ちょっとぐらい自分

 で息抜きする時間作らないと死んじゃうって絶対!!」

 陛下に限ってそんなことでは死なないんじゃないかな、とは思ったけどまぁこれ以上

 は意味がない話し合いが続くだけになってしまうのでそこであきらめた。

 心の中で宰相閣下に謝りながら。

 すいません閣下・・・陛下の意識改革はまだまだ当分長引きそうです。

 「まぁそんなことはどうでもいいんだよ」

 おっ無理矢理話を脱却させましたね陛下。まぁ今回は目をつぶりますが・・・

 「リーシェはまた暗い顔でなぁに悩んでんだ?−・・あれだ、あの狸爺のとこのドラ

 息子の件だろ?」

 「・・・・・正解です」

 あったりーと喜ぶ陛下に、クイズじゃないんだけどなぁ・・と論点のずれた考えが頭を

 よぎってしまった。

 「仕事もできるし腕も立つとメッケン殿からは太鼓判を押されていますが−・・残念

 なことに彼も父親のレクンウェルト卿同様、貴族至上主義ですからね」

 将軍になりたての頃に一度だけ父親と共にいた彼を見たことがあるが、そのときも

 父親そっくりな目で怒りのこもった目で睨まれたことがある。

 「仕事にさえ支障をきたさないでいてくれればいいんですけれど・・・」

 貴族の出ではない者の下について果たしてどれほどスムーズに命令を聞いてくれ

 るだろうか。

 「狸爺どもの一派は頭がかちんこちんだからなー、自分たちが一番と思ってやがる

 ところが腹立たしいよな。−・・でもそんなやつらにも気をつかわないといけないって

 ところがまた情けないな」

 「ノイン・・」

 すまん、と申し訳なさそうに陛下は頭をかいた。

 「お前とあの狸爺が特に折り合いがつかないってのは知ってたんだが・・何分一つ

 を通すと別の所でしわ寄せがくる。今回の使節団の代表はマリィだし、あいつに

 とってもはじめての神界だろ?だったら一番気心が知れてるリーシェが隊長にふさ

 わしいって押したんだが・・・どうにも使節団の上のほうに

 自分の手ごまをねじ込みたかったらしくってな。ハールウェイも調整に尽力してくれ

 たが−・・まぁ結果はご覧のとおりだ」

 宰相閣下に副官の話を切り出されたときを思い出す−・・心底すまなさそうな顔

 だった。

 「お気になさらないでください、今更どうこういう問題でもないですし、私の任務は

 レディ・マリアの身をお守りすることと、使節団の一員として恥じることなく職務を

 全うすることなのですから」

 そう、悩む必要なんてなかった。彼がどういう態度で私に接しようとそれは関係な

 い、二の次以下のことにすぎないのだから。

 「彼も騎士であることに変わりはないでしょうから、職務を全うしてくれることを信じる

 だけです」

 「そうか、そういってもらえると助かる。だがあんまり無茶をしたりするなよ、あと色々

 と溜め込むのも禁止な」

 「溜め込む・・ですか?」

 「あぁ、リーシェは何でも自分で解決しようとしてあんまり他人に相談しないだろ?

 嫌なこと言われたりされたりしてもそいつら全部溜め込んでる」

 そう・・・なのだろうか?

 よくわからないで首をかしげると「そうなの」といってまた小突かれてしまった。

 「そういうの溜め込むのはよくないぞ。バディとの時だって限界くるまで我慢して

 ただろ?もうああいうのは禁止だ。いいな?」

 「・・・はい」

 「あれだ、何かあったらマリィに愚痴れ。チクったっていいぞ?そしたらそりゃぁもう

 陰湿かつしつこいぐらいの勢いで何倍返しにしてくれるから」

 レディ・マリアならやりかねない。それはもう見ているほうが悲惨なぐらいに相手の

 プライドまでズタズタにしてみせそうだ。

 「そう・・ですね、確かに私は”溜め込む”ほうなのでしょう。レディ・マリアさえ許して

 いただけるのであれば"愚痴"ってみようかと思います−・・後者のほうはなるべく

 使わないように心がけますよ。守るべき方に守られているようでは騎士としての

 沽券にかかわりますから」

 「おっ!かっこいいこというなー!!さすがリーシェ!」

 「ひっひやかさないでください、ノイン!!」

 「ははははは!!いいじゃないか!―・・でもまぁ」

 と、笑いをとめた陛下の手がリーシェの耳元へと伸びた。

 「おっ、ちゃんとつけてるな」

 指先が黒水晶のピアスを揺らす。

 「はい」

 もちろん、毎日−・・という言葉は続かなかった。というよりはいつもより優しく微笑

 む陛下の顔を前にして何だか照れくさくなって続けられなくなった。なんとなく。

 「一応俺の魔力が練りこんである一品だ−・・だからといっちゃなんだがな」

 ピアスをなぶっていた指先がそのままリーシェの髪を梳いていく。

 「お前は一人じゃない、いつでも俺がそばにいる」

 そのいつもの陛下らしからぬ言葉と仕草に心臓が強く脈打った。

 脈打つ鼓動を抑えるように自然と胸に手がいく。

 ドクンー・・ドクンー・・

 心音と共に陛下の言葉が体に染み渡っていくようだ。

 「・・・・はい、ノイン」

 嬉しい気持ちが半分、後半分は−・・なんだろう胸の奥がポカポカ暖かくてちょっと

 痛い・・不思議な感じで何だか戸惑ってしまう。

 今までにない感情を理解できないでいる私にお構い無しに陛下の手はそのまま髪

 をいじり続けていた。

 「綺麗な白だな。水晶がよく映える」

 「あっ、ありがとうございます」

 「何だ?あんまり嬉しくなさそうだな。マリーも雪のようで綺麗だと絶賛してたぞ?」

 陛下の手からさらさらこぼれる髪は確かに雪のようにも見えるが光の加減によって

 は灰色にもみえる。

 「色を持たない危うい色です、私はあまり好きではありません」

 それよりも陛下の髪のほうが美しい。

 その輝く漆黒はまるですべての色をつつみこむようにそこに存在している。

 「色を持たないというのは悪いことじゃないだろう?それはどんな色にも合わせられ

 るってことだ。それに・・・」

 と持ち上げられた一房の髪が陛下の黒髪と絡まされた。

 「黒には白が一番映える。その逆もだ」

 「!!」

 顔が近い。目線がかち合う。一瞬にして顔に血が上って頬が火照ってしまった。

 「ノイ・・・ン」

 「リーシェ、俺は」

 陛下の空いているほうの手がリーシェの顎を捉えた−・・まさにその瞬間。

 「〜・・キザねーお兄様」

 耳元から聞こえてきた声にリーシェはハッと我に返ると立ち上がった。

 「マリー様!!」

 「はぁい、リーシェv」

 東屋の手すりにもたれかかり手を振っているのは紛れもなくレディ・マリア。

 その顔はしてやったりという面持ちで陛下のほうへ向けられた。

 「・・・・マリー・・・・・お前な・・・・・・・」

 「あら、お兄様なぁに?マリーわっかんなーい」

 「???」

 酷く落胆する陛下に嬉しそうなマリー。そしてあまり状況を理解できていないリー

 シェは首を傾げるばかりだ。



 
 





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