結局、あの後どうなったかといえばさすがにお咎め無しとはいかないものの、

 ただでさえ神界行きが近づいて忙しいこの時期に人手が足りなくなるのは軍も

 騎士団も避けたかったものだから、双方一週間の自宅謹慎と三ヶ月の減俸処分

 が下された。

 それでも騎士団の一部の面々からは”咎めを受ける理由はない”と騒ぎ立てよう

 とする輩もいたようだが、二将軍が仲裁に入ったこと、それに後日陛下からの

 ご進言(というよりは権力という名の圧力)によってまたたくまにその声も摘み取

 られたようだ。

 そして事後処理と使節団の準備におわれるうちにそれから一週間が経過した頃、

 リーシェの元をある人物が尋ねてきたのだった。


                        *


 「此度は部下が色々と迷惑をかけたようで、申し訳ない。」

 自分に客人だと聞いて来客用の談話室へと入室した途端、訪問者はそういって

 白髪交じりの頭を下げるものだからリーシェは慌てふためいた。

 「メッケン殿!?どうか頭をお上げください・・」

 「いや、しかしだなー・・」

 「こちらのほうにも責はあります。私も部下たちの教育が行き届いておりませんで

 した。もっとうまく対処できていればあのような騒ぎにはならなかったでしょう・・・

 こちらのほうこそ、色々とご迷惑をおかけしました」

 彼はー・・メッケン・ベン・ハイドワークはその一見して冷たい印象を持たせる三白

 眼の目尻をふっと和らげた。

 細かいシワが刻まれるがそれだけで彼の印象を柔らかなものへと変える。

 「そういってもらえるとありがたい。息災のようで何よりだ、リーシェ殿。先の遠征

 での傷は癒えたとみえるが?」

 「はい、おかげ様で。メッケン殿もお変わりないようで、何よりです」

 本当に久しぶりだ。同じ城内にいるとはいえこうして間近で、かつ個人的に話を

 するのは年に2.3回程度だろう。

 突然の来訪者に驚きはしたものの、ようやく落ち着ける空気になったのでその向い

 側のソファへと腰を降ろす。
 
 「―・・しかし、団長自らお出でになるとは思いもしませんでした」

 先王陛下の時代より王城騎士団長を勤めあげるメッケンは大貴族の一人であり

 ながら”良識”にあふれ偏見をよしとしない、平民出のリーシェたちにとっては貴重

 な人物だ。

 誰よりも貴族らしく、そして誰よりも騎士である。

 ゆえに味方も多いが、敵も多い−・・色々と苦労が絶えない方だ。

 「忙しいところ申し訳ない」

 「いえそんな、こちらこそもっとしっかりとしたお持て成しができればよかったので

 すが・・」

 「なに、気にされるな、連絡もなしに押しかけたのはこちらのほうだ。たまたま時間

 が出来たものでな、所用ついでに立ち寄ってみた次第だ]

 会えなければ退散しようと思っていたところだ。とメッケンは笑ってみせた。

 「どうだ?準備のほうは進んでおられるか?」

 「はい、出立までもう日がありませんからね。なるべく仕事は残さないように片付

 けてはいるのですが・・・」

 「相変わらず東方将軍は勤勉すぎるな。雑務など部下にまかせておけばよいだろう

 に。ハロルドなぞ、書類にはもっぱら手をつけないという噂だぞ」

 「ー・・人のいないところで変な噂を流すな、メッケン」

 タイミングよく談話室へ入室してきたのはとうの本人であるハロルドとバディだ。

 どうやら騎士団長が来訪したことを聞きつけたようだ。

 「おぉハロルド、久しいな」

 「貴公も相変わらずのようだ―・・私だって書類ぐらい整理するんだがな」

 「本当か?怪しいな、お前は昔から書き物が苦手じゃないか。大方、副将軍にでも

 やらせた書類に判子を押すぐらいしかしていないだろうが―・・バディ殿も一緒か

 ちょうどよかった、此度は貴公にも迷惑をかけたようだ、感謝する」

 「いえ、迷惑などとは、当然のことです、メッケン殿」

 メッケンの言葉にバディは頭を下げる。

 「こらメッケン。私の話を聞いているのか」

 「あぁ五月蝿いぞ、ハロルド。−・・しかしあれだな、”北方”が空席の今、軍職は

 色々と苦労が耐えないだろうに、これほど優秀な若手がよく二人もそろったものだ。

 うらやましいよ、ハロルド」

 「あぁ、経験が浅いなりに二人ともよくやってくれている。”北方”がいなくともこれ

 だけ軍が安定しているのは二人の努力の賜物だ」

 「全く・・先代の東方と西方が相次いで流行り病に倒れたとき、一時はどうなるもの

 かと肝を冷やしたがこの分だと安泰のようだな」

 普段聞くことのない年長者二人の賛辞の連続にリーシェとバディはただただ恐縮

 するのみだ。

 「何だか照れくさいような畏れ多いような・・」

 「あぁ、評価していただけるのはありがたいが逆にプレッシャーを感じるよ」

 「―・・おぉ、そうだった!!話が弾んですっかり忘れるところだった」

 年かな、と笑いながらメッケンはあたまをかいた。

 「いかんな、年をとると物忘れが激しくなる」

 「馬鹿をいうな、まだまだ現役から退く気などないだろう?」

 「勿論だとも。さて、また忘れないうちに所用をすませるとするか−・・折角三将軍

 全員がそろっているんだ、皆に紹介しよう」

 入って来い、と談話室の外へとメッケンが声をかけると付き人として来ていた騎士

 の一人が入室してきた。

 「出立式の前に一度は顔合わせをしておいたほうがいいと思ってな−・・リーシェ殿」

 メッケンの斜め後ろに立った青年と目が合う。

 バディと同じぐらいの身長だろうか、自然と見下ろされる形になってしまう。

 さも女性にもてはやされそうな外見に薄紫色の髪と瞳。

 目元が誰かに似ているような−・・

 「もう宰相閣下からは聞いておられるだろう?うちの副官補佐をしていてとても

 優秀な人材だ。貴公になら安心して任せられる、よろしく頼むよ」

 何を−・・とまでは聞くまでもなかった。

 見たことがある。あぁそうだあの目元、なんてそっくりなんだろう。

 青年は三将軍にむかって敬礼をすると、あらためてリーシェに向き直り、”父親ゆ

 ずり”の”作り笑い”で話しかけた。

 「このたび神界使節団護衛隊副隊長の任を拝命仕りましたアルベルト・キューレ・

 レクンウェルトと申します。出立式よりの着任となりますが以後、よろしくお願いいた

 します、リーシェ東方将軍」


 
 
 




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