どうやら今夜は入る店を間違えてしまったらしい。 そう感じたのは自分だけではなかったらしく同僚たちも皆、店の奥を陣どる集団を みて、あからさまに顔をしかめていた。 かといって別の店を探すといってもこの時間帯どこも混み合ってしまっているだろう し、何よりも仕事明けの体は一刻も早く酒がほしいと訴えていた。 幸い顔しかめる原因となった集団からは離れた場所に空いている席があるのがせ めてもの救いだろうか。 しょうがない。ここは彼等のことは気にせず(あちらもこちらに気づいていないようだ し)しばらくここで飲んでから少し時間を置いて別の店で飲みなおそう−・・ということ になった。 時折奥からは彼ら−・・王城騎士団の若い連中の喧しい程の馬鹿笑いが聞こえて くるが無視できないほどではない。 軍とは違い貴族のボンボンが寄せ集まってできた実戦経験の乏しいお飾り騎士団 ―・・それが王城騎士団だ。 中には実力者もいるようだが半分近くは自分の家柄だけしか誇れるものがない 阿呆どもの巣窟だと軍に所属するものたちからは馬鹿にされている。 あちらもあちらで軍人を見下している節があるからお互い様、といえばお互い様 なのだが−・・ 飲みが進みさぁそろそろ次の場所に移動しようかと思っていた矢先のことだ、笑い 声に混じってガラスの砕ける音と女の悲鳴が聞こえた。 振り返れば給仕の女が騎士団の若造に絡まれている様子が目に入る。 「はっ離してください−・・!!」 「おいおい、折角俺たちが一緒に飲んでやるって言ってるんだ。こっちに座れよ」 そういいながら女の手を掴むその腕は無遠慮にその体のいたるところを触りはじ めた。 「いやっ!!!」 抵抗した女がその手を振り解こうともがく−・・とその手が偶然にも男の顔を引っか いた。 「っ!!−・・この女!!いい気に成りやがって!!」 「きゃぁっ!!!」 たいした傷ではないにしろ逆上した男は女を張り倒した。 さすがにこれには黙っていられない。 「おい!やめないか!!」 あまり騎士団の連中と揉め事はおこしたくないのだが見てみぬふりはできないだ ろう。同僚らと共に立ち上がるととめにはいる。 「無理強いは関心せんな。騎士たるもの紳士たる態度を崩すな−・・王城騎士団で はそんなことも教えてないのか?」 「あぁ?」 彼等の標的が自分たちへとうつる。 「これはこれは−・・東軍の」 制服を一瞥し警戒しだした彼らだったが胸の階級章を見た途端ガラリと態度を変え た。 「はっ!小隊長風情が何のようだ?」 明らかに馬鹿にした笑い−・・確かに騎士としての地位で言えば彼らのほうが上に なる。 自分たちも騎士の位を授かっているとはいえ小隊長は下級騎士クラス−・・対して 貴族の彼らは実力がなくとも騎士団に入団したその日から中級騎士の位を戴く。 だがそんな階級如きで怯むほど自分たちは臆病でもないしそんなことで人を見下 すことしかできない貴族の若造になめられるほど弱くもない。 「酒を飲むなとも騒ぐなともいわんさ。だがな、権力を振りかざして民を害するのだ けはやめろ。ましてや女性に手を上げるなどとは・・騎士団の風上にも置けないぞ」 「ははっ!!おい、きいたか?小隊長殿たちは我らに説教をしにこられたらしい」 「流石は東軍!やることが一々女々しいな」 「なに?」 騎士団の言葉に仲間の一人が反応するがそれを手で制する。 「・・・どういう意味だ?」 「そのままの意味さ。お優しい将軍を持った軍ってーのは皆が皆女みたいに口うる さくなるらしい」 酔いの回った赤ら顔で騎士団の連中は下卑た笑いをあげる。 「おいおい、実はお前ら全員玉無しだったりしないよな?」 「そりゃいい!!いままで”どっちつかず”だったあのお綺麗なだけの将軍殿もつい に女になったっていうんだからな!!東方軍総出で性転換ってわけだ!!」 ぎゃはははと高笑いが響く。 「じゃ、これからは剣や魔法よりもお得意の色仕掛けっていうのを訓練しなきゃい けないわけだ?」 「っ、貴様ら!!いわせておけばっ!!!」 「我らのみならばいざしらずっリーシェ将軍までを愚弄するかっ!?」 今度はとめなかった。私自身も彼等の言葉には腸煮えくり返る思いだったからだ。 「何だ本当のことだろう?あの将軍は色仕掛けで陛下に取り入ってるってな」 「そうそう、今回の分化だって陛下に"女”にしてもらったって噂だぞ?」 「それは貴様らくだらない貴族が勝手に流した噂だろう!!」 くだらない!!あぁ本当にくだらない!! くだらなさすぎて笑い飛ばせもしない−・・!! 「自らの命を賭して我々を救ってくださったあの方を辱めるなど言語道断!!」 「今すぐ撤回しろ小童ども!」 殺気立つ自分たちに彼等の半数はおののくもののすぐに余計なプライドとやらで持ち 直すと体裁を取り繕った。 「なっ何故貴様らのいうことなどきかねばならんっ!!!」 「平民出風情が生意気だぞ!私たちに楯突いてどうなるかわかっているんだろう な!?」 ―・・このガキどもっ 一同の頭にはそれしかない。ここまでいわれて引き下がれるものか。 ついに同僚の一人がブチ切れた。 「知るかクソガキ!!てめぇら頭ん中わいてんじゃねぇのか!?貴族がなんだって いうんだ!!その腐った根性たたきなおしてやる!!」 その拳が勢いよく一人の顔面に叩き込まれる。 「うぐっっ!?ひっ−・・ひひゃまぁっ!?」 殴られた当の本人は鼻血を出しながらよろよろと立ち上がると怒り心頭といった 様子で腰に佩いた剣に手を伸ばす。 「ゆっ許さんぞ!!」 あわや店内の中で抜刀されようとしたその瞬間−・・ 「はい、ストップ」 どこからともなく両者の間にわりこんできたのは長身の男。 全身を黒のマントで隠しているがフードの中からのぞく口元は整っており、にやりと 笑っていた。 男の指は今にも切りかからんとしていた騎士の額に置かれその動きを完全に止め ていた。 「何だ貴様っ」 「いやいや、店内はまずいでしょ。それに剣。ナンセンスだねーこういう喧嘩は外で かつ拳でやるもんが相場だってーのに。空気よめよお前」 「なっ何だと!?元はといえばそこの東軍のやつらが−・・がっ」 「口応えすんじゃねぇよ」 裏拳を再び顔面に受けた鼻血男は盛大にテーブルにつっこっむと今度こそ完全に のびてしまったようだ。 「”元はといえば”?そりゃお前らのほうだろ?言葉の暴力はんたーい」 ちゃらちゃらした男の言い分は−・・だが彼らに聞き入られることはなかった。 仲間を一人倒された他の騎士団の面々はマントの男と突然の状況変化にすかしを くらった小隊長たちを殺気だった目で取り囲んだのだ。 「おいおい嫌だねー。無駄に若いっていうのは血気ばっかり盛んで後先考えない」 「五月蝿い!貴様−・・それにお前らも!!五体満足で帰れると思うなよ!!」 「・・・おー、どこぞのチンピラみたいな台詞」 「おっおい!あんたいいのか?・・こりゃ俺たちがおっぱじめた喧嘩なんだぞ?」 突然現れた余裕綽綽のマント男は私の言葉ににぃっと口角を上げてみせる。 「こぉんなおもしろそうなイベント逃す手はないだろう?」 * 野次馬をかきわけると派手な殴り合いが間近に見えてきた。 争っているのは王城騎士団と東方軍の兵士−・・なるほどリーシェが血相かえて 飛び出したわけはこれか。 数では圧倒的に騎士団のほうが勝っているはずなのにその数はどんどんと減らさ れている。 東方軍の兵士に混じって何やら楽しそうに騎士団の面々を殴り倒している黒マント のおかげだろうか。 ―・・しかしあの男、どこかで見たような・・ と、先いくリーシェが野次馬を通り抜け喧嘩のど真ん中へと躍り出た。 「そこまで!!」 その細い体のどこから出てくるんだと疑いたくなるような大きくよく通る声が響き渡 るとピタリとその乱闘騒ぎはおさまった。 ある者は唖然とある者はいぶかしげに乱入してきたリーシェを見る。 それぞれが戸惑いながらも違う表情を浮かべていたが彼女がかぶっていた外套を はずすと同時に(なんとも皮肉なことだが)その顔面は一斉に凍りついた。 彼女は一瞬にして凍りついた皆の視線などものともせず一人の兵士へと静かな声 で呼びかけた。 「レニール小隊長」 「はっはい!!」 まさかこんなところで喧嘩の発端ともなったともいってもいい本人と出会うなどとは 想定外だったのだろう。 名前を呼ばれたレニール小隊長の顔はさらに白くなる。 「怪我人を中へ運びなさい、仔細は後で詳しく聞きます。−・・そちらも動けるもの は他のものを中へつれて介抱してください、いいですね?」 有無をいわせないリーシェの言葉に黙ってうなずくしかないのは騎士団の面々も 同じようだ。 「バディ、店主へ話をつけてきてください。それと少しの間、後を任せてもかまいま せんか?」 「あ?あぁかまわんが・・」 「すぐに戻ります」 するとリーシェは一目散にこっそりとその場を離れようとしていた黒マントの男の元 へとむかうとその腕をがっしりと捕らえた。 「うわっ!?」 「・・・・逃がしませんよ?」 そのまま男を人気のない路地へと引きずりこむ。 「俺何もしてなー・・」 「いわけないでしょう!こんな所で何をしていらっしゃるんですか!?」 怒鳴られた男は肩をすくめて見せた。 「何って・・いやぁ・・まぁ・・・・・・な?」 「な?じゃありません!!―・・陛下!!」 リーシェの剣幕に押され彼は降参だとばかりに両手を挙げて見せるとそのフードを おろした。 まぎれもなくそこにあるのは魔王陛下の顔。 「全く・・・万が一怪我でもされたらどうするおつもりだったんですか?」 「いやいや、俺負けないよ?」 「たっ確かにそうですけど・・そういうことではなくって・・・・あぁもうっ!宰相閣下 がお知りになったらどれほど嘆かれることか・・」 嘆くどころの話ではないだろう、ますます増えていく上司の心労を思うといたたまれ ない。 「大丈夫大丈夫。昼間と違って夜は抜け出してもバレにくいから」 あっけらかんと言い放つ陛下に脱力感を覚える。 「・・・・とにかくご無事で何よりです。但し、この後は私どもと一緒に城へお戻りいた だきますが宜しいですね、陛下?」 「わかったわかった、おとなしくしとく」 本当にわかっているのだろうか?と疑いたくなるがまぁ信じるしかないろう。 「先ほどの乱闘騒ぎの経緯もお聞きしたいので少しお時間を戴きますが宜しいです か?」 「あぁ問題ない。ー・・そうだ、リーシェ」 「はい」 「心配したか?」 突拍子もなく出た陛下の言葉に一瞬きょとんとなってしまったものの「当たり前です !!」と頷いた。 「そうか・・・悪かったな」 苦笑しながら陛下の手が私の頭をなでた。 「陛下?」 いつもと変わらない陛下の筈なのに何だか少しだけ・・ほんの少しだけ違って見え るのは気のせいだろうか? 「ん?どうした?」 「え、いっいえ・・」 気のせい・・なのだろう。うん、そうだ。そうに違いない。 だってそこにあるのはいつもと同じ陛下の笑い顔。 「お願いですからもう二度とああいうことはなさらないでくださいね。」 「あぁわかってるよ、しつこいなリーシェも。だんだんハールウェイに似てきてない か?」 「ふふっ、そうですか?」 部下は上司に似るものなんですよ、と返したらとても嫌な顔をされた。 −・・ほら、やっぱり。気のせいだ。 Back NEXT |
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