夜になると空からは明かりは消え、かわりに無数の光が大地に灯される。 昼間とは違う顔を見せる大通りには、昼間と比べれば人波は少ないようにみえる が喧騒は似たり寄ったりだろう。 その大通りを西区画に進む脇道に入りしばらく行くと飲屋ばかりが軒を連ねる通り に出、そのすぐ右手には見かけこそ質素だが中々に趣のある"青雉亭"という看板 を掲げた店がある。 少し不恰好な亭主自作の木彫りの看板が少し傾いたままかわらず入り口にかかっ ているのを見て少しほっとした気持ちになる。 「・・・・らっしゃい」 扉をくぐればカウンターの中から目もあわせず低くぶっきらぼうな声がかけられる。 ・・・・・・・・これもかわらない。 「今晩和ご主人、お久しぶりです」 そう声をかけるとよくやくこちらに顔をむけた亭主と目が合う。 その目は一瞬見開かれるとついで少し目を細め(表情はほとんど変わらなかった が私にはそれが笑っているように見えた)すぐまたいつもの仏頂面に戻った。 「いらっしゃ−・・あら!リーシェ様!!」 奥から明るい声と共に現れたのは亭主の奥方−・・青雉亭の女将だ。 「ご無沙汰していました女将さん、お元気そうで何よりです。」 「そういうリーシェ様こそまた一段とお綺麗になって−・・あらやだしばらく見ない内 に少しお痩せになったんじゃありません?もう少し食べなきゃだめですよ」 「・・・・・・そういうお前のほうが食べすぎなんだよ」 「何かいったかい!?」 「・・・・・・・」 亭主からの横槍に女将は手にしていたお盆を構える−・・そのやりとりもよく見慣 れた光景だ。 「相変わらず仲がよろしいのですね、安心しました」 苦笑するリーシェに女将は顔をしかめる。 「よしてくださいなリーシェ様−・・所で今日はお一人で?」 「いえ、後からバディとハロルドが−・・いつもの場所は空いていますか?」 「えぇ、もちろん。どうぞお掛けになってくださいな」 女将にすすめられるまま三人の定位置ともなっている店の奥−・・丁度角にあた る場所だ−・・のテーブルへと座る。 やがて夕餉の時間となり他のテーブルが徐々に埋まりはじめ店内がざわつき始め たころ、バディがやってきた。 「何だ、随分と早いな」 「少し懐かしかったものですから。おかげで女将さんたちともゆっくり話ができまし た」 「そうか」 「ハロルドは一緒ではなかったのですか?」 「ん?あっあぁあいつは・・・少し遅れてくるそうだ」 「?そうですか」 なにやら歯切れの悪いバディの言葉に首を傾げるがまぁ彼が遅れてくるのはいつ ものことだろう。 「はい、お待ちどう!!」 ごとんっと音をたててテーブルの上に料理が並べられていく。 湯気が立ち美味しそうな匂いは胃袋を刺激する−・・が何やら注文したよりも量が 多い気がする。いや、確実に多い。 顔を見合わせ困惑する二人に女将は盛大に笑うと「ご心配なくサービスですよ! !」といった。 「いや、しかし・・」 「あらやだバディ様、遠慮なんかしないでくださいな。変わらずうちの店にきてくだ さったほんのお礼です。それにね」 ここだけの話ですよと女将は小声になる。 「あの人ったら久しぶりにお二方が来てくださって張りきっちゃってるみたいでね。 いつもよりご機嫌なもんだから料理をつくりすぎちゃってしょうがないんですよ。ど うか食べてやってくださいな」 そっと厨房のほうへ目をやれば仏頂面のままの亭主が忙しそうに料理をつくりつ づけている。 「はい、ありがとうございます」 「お礼なんてとんでもない!・・・そのかわりといっては何ですけどね、これからも うちをご贔屓にお願いしますよ」 茶目っ気たっぷりな女将さんに目を細めながら「はい、必ず」と返した。 「女将は商売上手だな」 「あら、ありがとうございます」 「ふふっ」 たった数年前までは当たり前だったこんなやりとりですら幾十年も前のことのよう に懐かしく思い、それと同時に心のそこからこの空間に安堵した。 * 折角の料理が冷めてしまわないうちに、と並べられた料理を頬張っていく。 他愛もない世間話に花を咲かせハロルドを待っている間にやがて今度の神界行き の話へとうつった。 「そういえば護衛隊の編成はどうなっているんだ?やはり東軍を中心に組まれて いくのか?」 「いいえ、各軍と王城騎士団の中から選りすぐったものたちで結成されるそうです。 本当はセスも連れて行きたかったのですが彼女には私が留守の間の東軍をお願い しなければいけませんからね。明日にでも宰相閣下から名簿を受領する手筈に なっていますのでその時にはわかるでしょう。」 「選抜は宰相閣下が?」 「そうですね、議会で候補が選ばれるようですが最終判断は宰相閣下がくだされ るようですよ。一応、私の部下も何人か組み込んでいただけるようですが・・」 「どうした?」 言葉を濁すリーシェの顔は先程までとは打って変わって少し沈み気味だ。 「何だ、お気に入りの副将軍が連れて行けないからって落ちこんでいるのか?」 「違います!」 茶化すバディにリーシェはむっと眉をひそめた。 「確かにセスがいてくれれば大いに助かりますけどね・・・そういう彼女だからこそ 安心して後をまかせていけるんです!」 「知っているさ、悪かった。確かに彼女は有能だからな、うらやましい限りだよ。 ―・・と話がそれたな、それで?何を気落ちすることがある?」 両手を挙げて謝りつつも改めて尋ねなおすとうっ・・とリーシェは唸った。 「・・・実は昼間宰相閣下にお会いしたときに副隊長だけ誰か教えていただいたの ですが」 と続けようとしたリーシェだったがそこで言葉を切らざるおえなかった。 外がやけに騒がしい。 「何だ?」 バディもそれに気づいたのかすぐ横の窓から外に目をやる。 忙しい声、怒声、時たまあがる悲鳴−・・ 「−・・喧嘩ですよ。嫌だ嫌だおっかない」 外の様子を見てきた女将は肩をすくめている。 「ここいらも最近店が増えて前より活気付くのはいいんですけどね、酔っ払いが 見境もなしに喧嘩おっぱじめるもんですからさわがしくてしょうがないんですよ」 確かに、依然訪れたときよりも飲み屋が増えている気がする。 さじ加減を忘れた酔っ払いが問題を起こすことなど日常茶飯事なのだろう。 野次馬が集まってきているようだが・・酔っ払い同士の喧嘩だ、そのうち騒ぎもお さまうだろう。目配せすればバディも同じ考えらしく、「放っておけ」と返された。 しかし偶然野次馬の間からのぞいた喧嘩の当事者たちを目にした瞬間、リーシェ は席を立たざる終えなかった。 「おい?」 突然立ち上がったリーシェにバディは心底面倒そうな顔になる。 「お前が出てくほどのこともないだろうが。その内詰め所の役人が−・・」 「そうなってからでは困るんですよ」 思いため息を吐き出しながらリーシェは外套を羽織ると店の外へと駆け出した。 Back NEXT |
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