黒々と光る支柱が左右に六本ずつ、規則正しく立ち並ぶその大広間には詰め込む

 ように多くの気配があった。

 彼らは大広間のほぼ中央を両断するように敷かれた真紅の天鵞絨の絨毯を挟む

 ように立ち居並んでいる。

 重臣や師団長以上の騎士、一部の有力貴族たちを筆頭に列はなされる。

 この大広間―・・名を”暁の間”と称される。

 十二本の柱に支えられた天井の東西にはこれは見事なステンドグラスがはめ込ま

 れており、日が差し込む間、この広間を燃え立つような朱色に染め上げることから

 その名がつけられたという。

 その暁の間の北側には玉座―・・気が遠くなるような昔、混沌からこの界が生れ落

 ちたときより数多の王をその身の上に座らせてきた水晶で出来た玉座がある。

 光によって様々な色をうつしながら輝くそれに座るは今生の魔王―・・この界の歴

 史を紐解けど右に出る者はいないであろう魔力を有する麗しき魔王陛下。

 程よく引き締まった体躯は極上の絹で織られた、まるで夜空を集めたような色の

 衣服で包み隠され、その上には漆黒が惜しげもなく垂れ流されている。

 観るものを圧巻させる存在力を魅せ付けながら、彼の口が静かに開いた。

 「東方将軍、前へ」

 「はっ」

 名を呼ばれ居並ぶ列の中から一人、天鵞絨の上へと足を踏み出したのは白銀の

 美女。

 ドレスで着飾ればどこの夜会でも主役をはれるだろうその身は、惜しいかな軍服に

 包まれていた。

 雪のように白い髪は一括りにされ、その片耳には白い雪の中その存在を主張する

 かのように黒水晶のピアスが揺れていた。

 シンプルのようで実は細かに刺繍がなされている銀色の軍服に身を包んだ彼女は、

 凛とした態度で玉座の前へ進み出ると、その場に跪き、頭(こうべ)を下げた。

 重々しい空気―・・暁の間に集まった全ての視線がその華奢な身に降り注がれる

 が彼女は動じることもなく主の言葉を待った。

 「リーシェ・ヴァン・ベトヴェニス・ラードン・シンシア、汝に神界行きを命ずる」

 ざわー・・と観衆の一部がざわめいた。

 陛下のすぐ側に控えていた宰相が手を一振りすると、そのざわめきもピタリと静まり

 返り、静寂が戻る。

 そのまま宰相が言葉を引き継いだ。

 「我が魔界と神界との和議がなり1000年あまり―・・両界より一層の交友を深める

 ため友好の証としてレディ・マリア様を親善大使とし神界へご遊学していただくことと

 此度の議会で決定づけられた。よってその護衛隊長として東方将軍を任命する。

 意義があるものはこの場で申し出よ。」

 広間に響く宰相の言葉に―・・反論するものはいない。

 「よいな、東方将軍」

 「謹んで拝命仕ります」

 リーシェはより深く頭を下げた。


 こうして東方将軍リーシェ・ヴァン・ベトヴェニス・ラードン・シンシアの神界行きが決

 定付けられた。



                                *

 

 「しかし神界か―・・」

 面妖な面持ちで低く唸ったのは左隣を歩くハロルドだった。

 「生まれてこのかた行ったことはないが良いところだとは聞く―・・が、両界のいざ

 こざがなくなったとはいえ、界が違えば考え方も違うというものだ。千年たった今で

 も我らを目の敵とする不届き者もおるやもしれん、充分に気をつけるのだぞ」

 まるで父親のような物言いのハロルドにリーシェは苦笑を隠しきれないでいた。

 「大丈夫ですよ、ハロルド。それなりに貿易やら何やらで交流はあるのです。勿論

 気は抜きませんが今回だって親善が目的で行くのですからあちらもその辺は色々

 と配慮してくれることでしょう。」

 「甘い」

 −・・と厳しい口調で口を挟むのは右隣を行くバディだ。

 「そういう甘い考えでいると手痛い目にあうものだ。レディ・マリアの護衛は勿論だ

 がお前自身、危険が及ぶこともあるんだぞ」

 どうやらここにも一人、保護者がいたようだ。

 バディの言葉にハロルドもそうだそうだと大きく頷いた。

 「・・・・・・・・・私はそんなに頼りなくみえますか?」

 しゅん、とうなだれてみせるとうってかわって二人は慌てる。

 「いや決してそういうわけではないのだがっ」

 「誰もそんなことは言っていないだろう!・・・ただ少しお前が抜けているところがあ

 るから気をつけろと・・何だ!そんな目で俺を見るな!すねるな!!」

 「拗ねてなんかいません。・・・・いいですよ、ちゃんとお二人が私のことを心配して

 くれているのは理解してますから」

 少しこそばゆい。・・・でも悪い気はしない。

 今までは少し世の中を斜めからみていたようだ―・・私にとって世界が・・いや私が

 生まれ変わってからこんな何気ない会話からでも二人の優しさがじんわり心の奥

 底に染み渡ってくる。

 「あぁ、そうだ。久方ぶりに三人で呑みにでも行かないか?」

 そう持ちかけてきたのはハロルドだ。

 「リーシェも出立の準備で忙しくなるだろ?それにどうせすぐには戻ってこれまい?」

 「えぇ、夏至まではあちらに滞在する予定との事でしたので」

 「二ヶ月といったところか」

 「ならばなおのことだろう?お前達が仲違いしてからというものパッタリといけなくなっ

 てしまったからな」

 そういって豪快に笑うハロルドにリーシェは申し訳なさそうに眉を寄せた。

 「ハロル―・・った!?」

 とんと眉間をつつかれた。

 つついた指がそのままぐりぐりと出来たしわを押す。

 「バっバディ・・・?」

 「お前がそんな顔をするな。悪いのは俺だ。」

 でも―・・と反論する前にハロルドの大声が響く。

 「二人とも勿論今晩は空いてるな!!」

 「あぁ」

 「はい、私も大丈夫です」

 「では決定だ、いつもの場所で落ち合うぞ」

 じゃあな!と分かれ道に来たところでハロルドは自分の隊舎のほうへと歩いていっ

 てしまった。

 「相変わらず強引だな」

 「ハロルドらしいといえばそうなんですけどね」

 なつかしいやりとりだ。

 こうやって―・・よく三人で他愛もない話をしながら回廊を歩いていたものだ。

 そしていつもハロルドが二人を城下町やらいろんなところに引っ張りまわしては飲

 み歩いたものだ。

 「青雉亭―・・でしたよね?」

 「あぁ」

 「では、バディまた今夜」

 そういって別れを告げ来た道を戻ろうとするリーシェにバディは首を傾げた。

 「?お前は隊舎に戻らないのか?」

 「はい、宰相閣下に呼ばれていますので」

 それならここまで共にこなくても途中の回廊を右に曲がればよかったはずだ。

 さらに首を傾げるバディにリーシェは少し照れたように笑ってみせた。

 「少し―・・嬉しかったんです。三人でもう一度、こうやって話せる日が来たことが」

 もう二度とこないかもしれない―・・そう考えていたものだから。

 「だから、少しぐらい遠回りをしてみたくなったんですよ」

 そのはにかんだ笑顔があまりに嬉しそうで眩しかったので―・・

 「そうか」

 バディは目を閉じてその言葉をしっかり噛み締めることができたのだった。







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