-・・暗い 暗い暗い・・・真っ暗な世界が何処までも続いている。 -・・体が重い 意識があるのかさえもわからない程に思考が曖昧だ・・・・ ―・・体が引きちぎれそうだ。四肢が激痛に喘ぐ・・イタイイタイイタイイタイ・・・・ ふとこのままこの暗闇に全てをゆだねてしまえば楽になるのではないかと思った。 このまま闇の中に溶けてしまえば・・・この痛みもなくなるのではないかと。 何も考えず・・・何も感じず・・・そうすれば楽になるのではないかと・・ 頭のどこかで誰かが囁いている。 -・・楽ニナッテシマエバイイヨ。モウ何モ辛イ思イヲシナクテモイインダ・・ あぁ・・そうか・・・そうしてしまえば私は・・・ でも又別の場所から誰かの声がした。 「しっかりしろ。」 力強い声。あれは誰の声・・? ―・・楽ニナッテシマエバイインダヨ・・・何モ考エナクテイインダ・・サァコチラニオイデ・・ 闇が私を優しく包み込む。 甘い言葉を耳元で囁く。 ―・・でも 「戻って来い。」 ―・・イッテハイケナイヨ・・・ 私を呼ぶその声は一体・・・・・だれ・・・・・・・? ―・・イッテハイケナイ・・・コチラニオイデ・・苦シムダケダヨ・・ 尚も闇がしつこくまとわりつく・・・・・私はソレを大きく振り払った。 ―・・後悔スルヨ・・ココニイレバ 「いいえ。」 いいえ―・・と。闇の中で声にならない自分の"声"が響いた。 「いいえ、私は残らない。私はあちらに戻らなければ・・」 前に足を踏み出す。 体が軋む。 激痛が走る。 それでも前に進まなければ―・・ ―・・何故? 何故・・と闇が問うた。 それは勿論 「―・・私を呼ぶ方があちらにいるからですよ」 それきり闇は何も語ろうとはしなかった・・ * それは突然だったー・・と東方軍の副将軍であるセスは語った。 * 天を覆っていた厚い霧の"雲"が晴れたのは突然のことだった。 長らく差し込んでこなかった日が燦々と駐留地を照らしていく。 「どうやら晴れたようですね。」 その声にはっとして振り返れば何時の間に起き上がってきたのか将軍の姿があった。 「将軍!・・もう宜しいのですか?」 「えぇ、充分に休息をとらせていただきましたよ。ありがとう、セス。」 主の晴れ晴れとした顔に思わず自分も顔が綻んでしまう。 「はい。―・・それで、将軍。どうなされますか?すぐにでも?」 「そうですね・・・・空を見る限り暫くは持つでしょうがこの期を逃すこともないでしょう。すぐに出立の 準備をさせてください。半刻の後、登山します。」 「はっ―・・各個隊長!及び伝令班ここへ!!」 号令をかけ騎士たちを集める。 即座に騎士たちは集まった。時間が惜しい・・早速将軍から下った命令を伝えようとセスは口を開 こうとする。―・・が 「―・・いけないっ」 かすれた呟きが背後で聞こえた。 「将ぐ・・・?」 「総員直ちに第一戦闘配備!!急げ!!第六部隊前へ!!第三部隊急ぎ結界を強めよ!!」 普段中々声を張り上げることのない雪髪の麗人の鬼気迫るその様子に一同は気圧された。 周りが一気に慌しくなる。 「一体何が・・・・・・・・っ!!」 セスは将軍の視線の先にある光景をみて戦慄した。 「なんてことっ!?」 そびえ立つ山脈。 日の光に照らされたその山脈の一部分が大きく崩れ白い波が迫ってくる。 そして―・・ その波に続くようにして多量の黒い"群れ"が山脈の向こうから続々と姿を現したのだった―・・ * 彼女自身も決して浅くはない傷の手当てを受けながら目の前にいる宰相たちにことの詳細を 語ってくれた。 「押し寄せる雪崩と魔物の大群に一時は場も騒然としましたがすぐに態勢を整え直して応戦しまし た。ですがあまりにもその数が多すぎたのです・・山脈の向こう側からは絶えることなく次々と魔物 があふれ出してきました。兵の一割が雪崩に飲み込まれ、もう一割が雪崩に紛れ込んでいた魔物 の餌食となりました。竜も数を減らされ・・・戦況としては最悪の状態でした。」 血にまみれ傷を負い。 白い地面は真っ赤に染まり、同胞と魔物たちの死体がごったがえしていた。 剣をふるい、敵を切っては次の敵へと―・・だが一行にまえに進むことが出来ない。 数が多すぎる・・ 『皆、下がりなさい』 凛としたその声に一同は一度剣を振るうのをやめると一斉に後ずさった。 最前列にでるのは白銀の将軍―・・ 「何度も将軍はそのお力を使われました・・多くの魔物が吹き飛び・・・散っていく・・でも・・それでも ・・・・」 減らなかった。 山脈の向こうからゾロゾロと増えていく・・ 数だけで言えばいつもの遠征の倍・・・いや10倍20倍の魔物を討伐していたのだ。 やがてリーシェにも疲れが見えてくる。 「"もうおやめ下さい"といっても無駄でした。将軍はそれ以上私たちを先に出すことを許されず・・」 * 轟く轟音。 「将軍!!お願いです!!まだ我々も闘えます!!」 「下がっていなさい!!これ以上陛下よりお預かりした大切な我が戦士達を死なせるわけにはい かないのです!!」 爆風にその銀髪がなびく。 所々に返り血がこびりついているがその姿は更に美しさを増していた。 「しかしそれでは将軍が―・・!!」 「セス!!皆を一箇所に集めてください。」 「え?」 「早く!!」 叱咤されセスは動いた。 沢山の犠牲者を出したとはいえまだ多くの兵士達が残っている。 だがだれもかれも無傷な者などいない。 なるべく固まるようにと指示を出したセスはリーシェのもとに走りよった。 「完了いたしました!!」 「宜しい。では全体に結界を張りなさい。―・・セス、貴女も早く。」 「なっ・・・しかし!!」 「早くなさい!死にたいのですか!?」 リーシェの怒鳴り声が響く。 「っ・・・」 「これは命令です。」 リーシェの言葉に、セスは唇を強く噛締める。 「・・・・・・・・・・はっ。」 背を向け後方に集まる部隊へと合流する。 「結界を!!」 力の限りそう叫ぶセスの声にこたえ一団の周りに青白い光で結界がつくられた。 (将軍はっ―・・!?) 前を見る。 血に染まった雪化粧の上に返り血を浴びても尚、雪のように美しく光る白髪をもった麗人。 その向こうには既に白かった雪山は無く、それを全て埋め尽くすほど集まった黒い影。 ―・・白い影が握っていた長剣をゆっくりと地面に突き立てた。 (何を・・なされるおつもりなのか・・・) 胸元から小刀を取り出したその人はソレを高々と掲げる。 そして―・・ 「将軍っっ!!!!!」 ・・・・・・・・鮮血がその喉元から飛び出し溢れた。 「いけませんっセス様!!」 結界の外へと飛び出そうとしたセスを近くにいた騎士たちが数人がかりで押しとどめる。 「っ放せ!!―・・将軍!!おやめください!!」 多量の血液をボタボタと流しながら尚もその場に立つその人。 「将軍!!!!」 ゆっくりと・・・その人は振り返った。 その顔にはいつものように―・・優しい笑みがともっていた。 ―・・そして辺りに光が溢れた。 Back NEXT |
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