「―・・血を媒介にした大規模な空間転移・・か。まったく・・アレは無茶をしますな。」 薄暗い回廊で宰相の報告を聞いたハロルドはグルルと喉を鳴らしてうなり声をあげた。 「それに加えて、自らを瀕死の状態に陥らせることによって奥底に眠っていた魔力まで呼び出させ てソレを一気に解放したようです。一歩間違えればその体ごと消し炭になっていたとしてもおかしく はない状態でしたがね・・それで、ハロルド将軍。現場の様子はどうでしたか?」 「はっ―・・急ぎ竜騎士を偵察に向かわせました所、戦場となったクリィスト山脈には魔物の影も無く ・・・その・・」 「どうしましたか?」 部下からの報告書を読み上げながら、一度口を濁したハロルドは宰相に催促されその続きを口に した。 「・・・クリィスト山脈すらも跡形が無かったとか。」 「それは・・山ごと吹き飛ばされたということですか?」 「はぁ・・そういうことになるのでしょうね。」 うむむと二人は揃って首を傾けた。 あのクリィスト山脈を消し飛ばすほどの魔力があの細い身体に宿っているのかと思うと何とも信じ がたい話だ。 「―・・しかしてアレの容態はどうなのです?宰相閣下。」 「そうですね・・身体の傷の具合ですが、困難な治療ではなかったようですぐに直るとのことです。 しかし何分"魔力"を多量に使いすぎました。―・・一時は魔力がつきかけて心停止まで起こしまし たからね。」 「それでは・・」 「いえ。命の方には別状ありません。それに魔力のほうも今、陛下御自ら彼に分け与えておいでで す。すぐにでも失われた魔力は戻ることでしょう。―・・ただ・・」 「ただ?」 「後は彼自身の魂の問題なのですよ。」 * 一人で寝るには大きすぎるベッドの上。 そこには痛々しいほどに所々を包帯で包まれたリーシェの身体があった。 そしてその傍らにはリーシェの右手を硬く握る陛下の姿―・・ 「―・・どうした?入ってこないのか?」 突然投げかけられた陛下の言葉にピクリと反応する気配がひとつ―・・扉の向こうにあった。 驚き、戸惑い―・・そんな気配を感じ取り、陛下はくっと喉で笑った。 「お前、さっきからずっとそこに立ったままだろう?人払いしてあるからとはいえ誰かにそんな姿をみられたりしたら どうする?―・・いいから、入ってこい。」 ようやく観念したのかゆっくりと扉が開いた。 陛下は振りかえることもせず、背後に近づいてくるその人物に言葉を投げかけた。 「こいつは何でこんなにも無茶をするかな。」 「・・・・・」 「"死にたくない"からか?少しでも"生きたい"からか?」 「・・・・・」 「ふっ―・・違うな。こいつは死にたがっている。」 「っ・・」 「何故だか判るか?」 「・・・・・・・・・・・・・わかりかねますな。」 後ろに立つ人物が始めて口を開いた。 冷静さを装ってはいるがその裏に隠された感情を読み取ると陛下は再びくくっと喉を鳴らした。 「そうだな、俺にもわからん。俺もお前もこいつじゃない。」 "だがな"と陛下は続けた、 「こいつは一人で全てを背負い込みすぎる。見ていて呆れるほどにな。―・・それだけはお前にだ ってわかることだろう?」 「・・・・・・・・・・・・・私はっ―・・」 「んっ・・」 だが陛下の言葉に反論でもしようとでもしたのか声を荒げたその人物の言葉は、小さなうめき声にさえぎられた。 「!?」 「リーシェ?」 銀の睫がふるふると震える。 少しの間をおいてゆっくりとその瞼が開かれた。 長い間闇の中にいたためか上手く視界が定まらないらしい。何度も何度も眼球を細かに動かして やっとその灰色の瞳が陛下を捕らえた。 「へ・・・い・・・・・?」 「無理をするな。まだ声を出すには辛いだろう?」 「わた・・・・い・・たい・・・?」 一体何が起こったのか?とその目が尋ねている。 「まずはゆっくりと休め。話はお前がもうすぐ元気になってからだ。」 だがリーシェはまだ何かいいたげに陛下の瞳を見つめる。 その様子に陛下は苦笑して見せた。 「安心しろ。お前の空間転移は無事に成功した。―・・兵たちは無事だ。」 そういってやるとリーシェはやっと肩の荷が下りたのか微かに安堵の息を洩らした。 「よか・・」 再びゆっくりとその瞼が落ちていく。 そしてすぐに安らかな寝息が聞こえてきた。 「これでひとまずは安心できるな・・」 陛下はそこでやっと後ろを振り返った。 だがそこにはもう誰も居ない。 僅かに部屋の扉があいている。 ふっ・・と陛下は笑った。 「まったく・・この城には手のかかる奴が多すぎるな。困ったものだ。」 宰相がこの場にいたら"あなたがいいますか。あなたが。"とつっこまれそうな発言をしながら、陛下 は肩をすくめた。 Back NEXT |
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